拍手ありがとうございます(1/10 スティレオver.)




レオナルドが「そういえば来週から二週間、短期の新しいバイトを入れました」と報告したのはベッドの上だった。公私の境が限りなく無いに等しい上司兼恋人は、こんな時に無粋だなんて言うことはなく、「わかった」となにやらスマートフォンに打ち込んだ。
「様子見に来たりしないでくださいよ、子供のおもりじゃないんすから」と釘を刺したのは、言葉の通りの意味でもあったし、配達がメインの仕事だから無駄足を踏ませたくない気遣いでもあったし、話の流れとはいえスティーブンとの恋を相談した先輩――花屋の女性店員さんだ――にその本人を見られるのは、まさかスティーブンが相手だとはバレないだろうけれど照れくさいからでもあった。「えー、覗くくらいでもだめかい?」と不満を見せるスティーブンに「だめです」ときっぱり言い渡し、分かった分かった、と諦めてもらったのは一週間前のことだ。


なのに、今、目の前に、スティーブンがいる。

「なん、なっ、約束! 約束したのに!」
「待て、レオ。偶然だ」
「あら、ミスター、いらっしゃい」

指差して怒るレオナルドにホールドアップしたスティーブンを、先輩が歓迎した。え、え? と二人を交互に見比べるレオナルドに、スティーブンが肩を竦めて見せる。

「僕が贔屓にしてる花屋なんだ。君にバイト先がこことは驚いた」
「あら、お二人は顔見知り?」
「職場の上司と部下……、ってところかな」

ああ、なるほどと先輩が頷くのに、レオナルドは「っす」と小さく頷いた。
接点の無さそうな二人を無理なく結びつける関係といえばそれくらいだ。あんまり多くを語ると墓穴を掘る。レオナルドは自分の性格を熟知していた。

「今日はどうしますか?」
「二〇〇ゼーロで適当にまとめてくれるかな。きつい匂いは好まないご老人だからそういう花は避けてほしい」
「分かりました」
「それと――」

さっそく花を選び出した先輩をスティーブンが呼びとめる。

「青い薔薇の花束もひとつ」
「……ご予算はどれくらいで作りますか?」
「そうだなぁ」

悩むフリをして目尻に笑みを刻んだスティーブンがこちらを見た。仕事中は絶対に見せない甘い色がその灰色の眼差しに滲んでいる。

「レオが抱えやすいくらいの大きさで頼む」
「…――――ッ!」
「レオ君が?」
「うん、そっちは『あとで』持って来てくれ」

配達もやってるんだろう? と訊かれ、レオナルドは向けられる視線から逃げるように「っす……」と俯いた。あとで、がいつを意味しているのか、あれだけあからさまな流し目を食らえばどれだけ鈍くても分かる。顔が耳先からじわじわと火照っていく。

(あとで、スティーブンさんちに行く、時――)

接待に向かうというスティーブンは、最初に注文した花束を受け取って颯爽と去っていく。ありがとうございました、と一応この時間は花屋の一員なので、レオナルドは先輩と並んで見送った。

「…………なんすか?」
「ううん、べつに」

いつも優しく朗らかな先輩が、それとはちょっと違うミーハーな笑顔をチラチラと向けてくる。ショーケースから青い薔薇を数本抜き取った彼女は、くるりとダンスステップみたいに軽やかに振り返った。

「彼の恋人が可愛い子で良かった、ってだけ」

いたずらっぽいウィンクに愛らしくカールした先輩の睫毛が揺れた。

「……えっ、あの、えっ、いや、ちが、えええぇっ?」
(なんで!? なんでバレたの……っ!)



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