※SSL設定。龍鈴。龍之介君視点。超鈍い龍之介君と、彼を餌で射止めようとする小鈴ちゃんのお話。




小悪魔Feeding





 ―――訳がわからない。
 龍之介は、数日前からずっと続いている『不可思議な出来事』に、心の中で密かに首を捻っていた。
 膝の上にある、薄いピンク色の桜柄の重箱。
 正方形の枠の中には、色とりどりのおかずが所狭しと詰められていた。
 主菜のおかずは、こんがりとした狐色の鶏の唐揚げだ。
 一口サイズの6つの唐揚げが、重箱の左下の角をドン!と陣取っている。
 唐揚げの右上の角には、刻んだ胡瓜と人参がチラチラと顔を見せる、ふんわりとしたホイップクリームのようなポテトサラダがサニーレタスの座布団の上に小山を作っていて、そのすぐ下の枠には斜め切りにされた青海苔入りのだし巻き卵が3つ並んでいる。
 更にその下の枠には、赤いソース――トマトだろうか――と一緒に和えた、薄くスライスした赤や黄色のつるりとしたパプリカが、ツヤツヤと輝いていた。
 おかずの入った半分の枠とは、真反対にある枠。
 そこには、紫蘇、鮭、じゃこ、と数種類に分かれて作られた俵お握りが、相撲取りのまわしのように細長い海苔を巻いて、綺麗に収まっている。
 重箱の底から、作業着姿の龍之介の膝へじんわりと伝わっていく、ほんのりとした熱。
 食欲をそそる香りが、どのおかずもレンジで温めるタイプの手軽なものではなく、手の込んだ作りたてのものばかりだという事を無言で知らせている。
 一向に箸を進めようとしないまま、膝の上の重箱とにらめっこをし続けている龍之介の頭に、まるでくず箱にゴミをシュートするような軽さで柔らかな声が飛んできた。

「井吹さん……?もしかして、嫌いなもの、入ってたん?」
「えっ?あぁ、いや!全然!そんな事ない!」

 ハッと顔を上げると、隣に座って紙コップにお茶を注ぎ終えた少女――小鈴が、じっと龍之介を見つめていた。
 大きな瞳がパチパチと瞬きを繰り返しては、龍之介の顔から重箱、また龍之介へと視線を向けている。
 その視線はどこか、不安そうな……ゆらりと揺らめくようなものだった。

「……本当?嫌いなものがあるんなら、食べないで避けてもえぇからね」
「いや、嫌いな食い物なんかない。食えるものは、出された時点で全部食うって決めてるし。今日も……ありがとな。いただきますっ!」
「うん。いっぱい食べて」
「ああ、遠慮なくっ!」

 龍之介はパン、と両手を合わせてお辞儀をすると、重箱に詰められた唐揚げを箸でつまみ上げて、口の中へと放り投げた。
 カリッとした外側に歯をあてると、じゅわっと油が溢れ出て、ジューシーな味わいが口の中いっぱいに広がる。
 揚げる前にきっちりと下味を染み込ませていたのか、噛めば噛むほど醤油の味が染み込んでいて、ピリッとした生姜の風味もきいた旨味たっぷりの唐揚げだ。

(あー……美味いなぁ……!)

 唐揚げを丁寧に味わってから、ごくん、と飲み込んだ龍之介は、ほうっと息をついた。
 一口食べただけで、だらしなく顔がにやけてしまう。
 大好物で、しかも好みの味ともなれば、自然と頬が緩むのも仕方がない。
 舌休めにと、箸の先でポテトサラダを掬って食べてみると、見た目の通りとろけるような舌触りと食感だった。
 青海苔入りの卵焼きも、青さ海苔の香りがふんわりと漂って風味が良い。
 パプリカのトマトソース和えも、酸味の効いたサッパリとした味わいで、夏場にはぴったりの副菜だ。
 おかずを口にした龍之介が「美味い!」と素直に感想を言うと、小鈴はほのかに頬を染めて「良かった」と、嬉しそうに微笑んだ。

「井吹さん。はい、お茶」
「あぁ、悪い。ありがとな」
「うん」

 小鈴から手渡された紙コップには、綺麗な鶯色の冷たい緑茶がなみなみと入っている。
 一口飲んでみると、気持ち良く喉を潤してくれる少し苦みの効いた液体が、ふわりと上品な緑茶の香りと共にするりと身体を内側から冷して通っていった。

(あぁ……飯が美味いって、本当に幸せだよなぁ)

 小鈴が差し入れてくれる弁当は『食事』として空腹を満たしてくれるだけでなく、手の込んだ家庭料理という『人のあたたかさ』も与えてくれる。
 元々『好き嫌い』という概念が存在しない龍之介は、小鈴の『親切心』に満ちた差し入れを心の底から『有難い』と感じていた。 
 夏の陽射しからそっと避けた日陰のベンチに、二人は人一人分のスペースを空けて、少し離れて座っている。
 通っている学校も違えば、共通した趣味がある訳でもない。
 それなのに、こうやって日陰でのんびり過ごす事が当たり前になってきているような気がするから不思議だと、龍之介はぼんやりと考えていた。
 ぬるめのそよ風を受けながら、チラリと視線の端に見えるビルの壁に設置された時計を見ると、しがない学生アルバイトの身である龍之介に与えられた休憩時間は、あと15分しか残されていない。
 小鈴は、手にしている紙コップの中身をこくり、と一口飲むと、弁当の中身をかけこんでいる龍之介を見ては、ニコニコと楽しそうに笑っている。

(一緒に飯を食うって訳でもないんだよなぁ……いっつも、俺一人で食ってるだけだし)

 龍之介が「なぁ、お前の昼飯は?」と問いかけると、小鈴は「家で食べてきたから平気」と、緩く首を左右に振った。






「ごちそうさん!あー、美味かった!」
「お粗末様でした。今日も、全部食べてくれたんやね。ありがとぅ。お重は、帰ってウチが洗うから、えぇよ」
「そうか?何か、いつも悪いな」

 小鈴は龍之介の手から空になった重箱を受け取ると、黒い巾着にしまってから慣れた手つきで自分が持ってきた白いトートバッグに、水筒と一緒に詰め込んだ。

「気にせんといてえぇよ。別に、好きでやってる事やし。今日はご飯やったから、明日はパンにしよかなぁって思ぅてるけど……サンドイッチでえぇ?」
「あ、あぁ」
「うん!ほな、また明日。お仕事、頑張ってな」

 木陰の端ギリギリの場所で、小鈴は白地に濃いピンク色のグラデーションが入った綺麗な日傘をポンと差すと、龍之介に向かってひらりと手を振って軽やかな足取りで去っていった。
 白い蓮華の花のような華奢なシルエットの日傘が、くるりくるりと回転しながら小さくなっていく。

(やっぱ……不思議なんだよなぁ)

 小鈴の後ろ姿を見送ってから、龍之介はスタッフ専用の通用口の前で、はぁ、とため息をついた。

 ―――どうして、毎日昼ご飯の差し入れを持ってきてくれるのか?

 不思議に思ってはいるものの、それがどうしても聞けない。
 質問を投げかける事が何となく怖くなって、小鈴が初めて差し入れを持ってきてくれた日から、もう十日が過ぎようとしている。

(俺が、いつもひもじい思いをしてるって、同情してくれてるのか?)
(……そんな訳、ねぇか)

 単なる可哀想な人への『同情』なら、一度きりの陣中見舞だけで終わる筈だ。
 しかし小鈴は、龍之介のアルバイト先に毎日やってくる。
 手作りの弁当を持ってきて、白い頬を少しだけ赤らめながら「差し入れ」と、笑いかけてくるのだ。

(まぁ、食べ物に罪はないし……な)
(何より有難いし……)
(あいつが作ってくれる弁当だって、すごく美味いし……)


『また、明日』


 高い声にかけられた言葉が、頭の中でぐるぐると回る。
 明日も小鈴は、龍之介の為に差し入れを持ってくるつもりらしい。
 でも……何故なのかは分からない。
 休憩の時間を見計らって、手作りの弁当を持参し、龍之介が食べ終わるまで一緒に過ごす。
 特に会話を交わす事もほとんどない、ごくごく短い時間だ。
 一体、何故―――?


『気にせんといてえぇよ。別に、好きでやってる事やし』


 そう言って、大きな瞳を細めて笑う小鈴が眩しくて、思わず視線を逸らした。
 夏場の気温とか食後の消化作用とか、そういった自然現象以外のものからくる、理由のわからない熱が頬に灯ったような気がして、じわりと汗が滲む。

(うあああああ!)
(訳がわからん!!)
(そもそもなぁ、女の考えている事なんて、俺に分かる訳ないだろ!?)

 何に対して逆ギレしているのかすらも分からず、龍之介は自分では解決しそうにもない【謎】を抱えながら、がりがりと頭をかいた。
 自分の胸の奥に灯る【熱】の答えを知るのは、もうしばらく先の事―――。



-了-

ここまで読んで下さって、ありがとうございました!
もう一度クリックすると、薄桜鬼SSL・左之さんルートの最後あたりのお話「ゼロまでの距離。」を読む事が出来ます。



よろしければ一言お願いします(短くても問題ございません)
お名前 URL
メッセージ
あと1000文字。お名前、URLは未記入可。

簡単メッセージ