「君、可愛いね。これ僕の連絡先」 制服のポケットにおそらくお怒りの言葉が書かれているんだろうメッセージカードをねじ込んで、とどめとばかりに唇の端っこにキスをされた。きゃあと周りから聞こえる黄色い悲鳴。悲鳴を上げたいのは僕の方だ。 最近、新しくバイトを増やした。いかがわしい店ではない、本当の本当に普通のカフェの店員のアルバイト。奇跡的にゲットーヘイツの中にある店舗のバイトの面接に受かった。ゲットーヘイツの中は富裕層の人間が忘れられないニューヨークシティの名残を求めて存在している、ヒューマーしか入ることのできない空間だ。富裕層の人間が客の殆どだと言うことも相まって、アルバイトは基本的に顔採用だ。 そんなところで、ちんちくりんでヒューマーであることと年齢くらいしか条件に当てはまっていないレオナルド・ウォッチが採用されたのは、まさに奇跡と言っても良かっただろう。 ゲットーヘイツの中にいると、ニューヨークシティがまだ存在してるんじゃないかって錯覚しそうになる。 ヒューマーしかはいることができないゲットーヘイツだが、ヒューマーでも暴力を振るうようなタイプの客は警備員に閉め出されるのでいちゃもんをつけてくる客もいない。ビヨンドとの変な衝突もない。アルバイトは順調だった。 スティーブンが来るまでは。 まるで他人の、初対面のふりをして買い物に来たのはまだいい。他のライブラメンバーがバイトは順調?ってたまに顔を出してくれることは珍しい事じゃなかった。 スティーブンはレオナルドのところにやってきて、散々買い物客の女の子たちの視線を独り占めしていった末に、小さなメモ紙とレオナルドへのキスを送ってサンドイッチを買って帰って行った。 取りだしたメモには連絡先ではなくて『今夜うちで』と、メールかLINEで十分だろうと思える一言が書いてある。 (ああああ、もう、あの人は……!) 心の内だけで叫ぶが、顔はどうしたって熱くなってしまう。 周りの視線が痛い。あのさっきの顔がいい男に貰った連絡先はどうするのかって好奇心でちくちくした視線がいくつもレオナルドに刺さっている。レオナルドがどうするかで、おこぼれのチャンスにあやかろうとする女の子も出てくるかもしれない。 そう思うとこのバイトも割が良かったのに、もう続けようとは思えなかった。 「どうしてあんな真似したんですか」 渡されたメモの言うことを聞くようで癪だが、バイトの終わりにレオナルドはスティーブンの家に来ていた。 一言文句でも言ってやろうかと思っていた矢先、やたら嬉しそうな顔をしているスティーブンをみて肩の力を抜いてしまう。 「おいで」とばかりに腕を広げられ、女の人のような柔らかさはない胸板があるそこに素直に歩み寄りぎゅっと抱きつく。 レオナルドの寝癖なのか癖毛なのか分かりにくいブルネットの髪の毛に顔を埋めて、大型の獣が甘えるように顔をこすりつけてくるのを黙って受け入れた。 「やっぱりね、妬けるじゃない」 レオナルドの質問の答えは、聞かずとも分かっていた。やれ「君は少し愛想が良すぎる」だとか「もうちょっとバイトを減らして、何なら僕が給料を出すから」とか本気なのかふざけているのか分からない我が儘を言われること複数回。 我が儘といっても、本気で仕事の邪魔をしてくるわけではない。あくまで客としてふらっと遊びに来て様子を見に来たり、配達地域が違うと言っているのに家までピザを届けさせたことがあるくらいか。 自分も相当に甘いせいで、つけあがってきているような気がする。妹の『お願い』に慣れすぎているというのも要因の一つに上げられるのだろうけれど、生憎妹とは年齢が倍は違うし性別も違う。レオナルドよりも十三年上で大人の男の人だ。 それでも、恋した欲目なのか可愛く思えてしまうのだからいけない。 寂しいからよそ見をしないでくれ、なんて、本当なら彼女に言って欲しいような台詞がスティーブンの口からでる。もっとも、スティーブンはレオナルドにとっては昔出来たらいいなと妄想していた架空の彼女より大事な恋人であるが。 そんな我が儘を見せられる度に「しょうがないですね、スティーブンさんは」ってうっかり許してしまうものだからいけないのだ、きっと。 「ただのお客さんとか友達にヤキモチ妬かないでくださいよ」 「無理だよ。君がにこにこしてるから、すぐに余計な虫がくっついてくる。虫除けはしっかりしておかないと、僕の心臓がもたない」 高い鼻先がキスするみたいにレオナルドの鼻に当たる。のぞき込まれる瞳はどろりと煮詰まっているように見える。どうして好きになっちゃったかな、受け入れてしまったかな。延々と考えているが、求められているからだ。 ゆっくり啄まれる唇を受け入れて、何度もすり合わせて、その内キスが深いものに変わるこっろには怒りが霧散している。 今日もほだされてしまったと思うけれど、悪い気はしない。 (あーあ、割のいいバイトだったんだけどな) レオナルドの溜息はそっと胸の内に消えた。 |
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