そう広い店内ではないが、カウンターは端から端まで一枚板で続いた立派なものでオーナーの自慢だったりする。その光沢ある机上の真ん中付近には、いつも若い女性客が座る。一人だったり二人組だったり、時にはそれ以上。大抵がチラチラとこちらを見たり、密やかに何かを話したり。

目当てが自分を含めた店員だと気付いたのは、働き始めてからだった。言われてみれば、此処で働く中に女性は居らず、変わりに背が高くスマートな野郎ばかりだ。自分が見世物のようになっているのを多少不快には思うが、ある程度力が抜けて何よりまかないの美味いこの店を、そんな理由で辞めるなんて勿体無いとエースは思っていた。

それに最近、「美味いものが食える」以上の楽しみが増えた。

一番端の、カウンターライトから逃れるような少し薄暗い場所。ほとんどの客が其処を選ばないのを知っているその人物は必ず其処に座る。酒は、ほとんど飲まない。料理は、大量に食べる。ああ、それは男ではない、よく食べるが女だ。彼女がカウンターに座る事もあって目当ての店員でも居るのかと思ったらそうでもないらしい。チラリとも店員を見ない人物は正直他の客と違って何を考えているのか毎度分からなかった。ただボーっと過ごす日や、意味も無く携帯をいじっていたりする日、分厚い手帳と睨めっこをする日。

いつからだろう、そんな彼女の近くで作業するようになったのは。

自分が注文を頼まれた事は一度も無い、他の客のようにそれ以上の話をした事も勿論無い。そもそも自分は浮かれた女どもには興味が無く、必要以上の会話をする事自体珍しかったが。

自分でも分からない、けれどどうしてか気になるのは確かで。



『・・・どうぞ』

エースはほとんどアルコールの入っていないカクテルを差し出した。食事をしていた彼女は手を止めゆっくりと顔を上げると、きょとんとした表情のまま首を少しだけ傾げた。「サービスだ」と一言だけ言うと、一度またたいた瞳を細く緩め、次第ににっこりと花が咲くように笑った。

『有難う御座います。いただきます』

初めて聞いた彼女の声。エースは自然と穏やかな笑みを浮かべた。












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