「世話になったね」
「こちらこそ、いろんな話が聞けて楽しかったわ」
「それではまた、運命が導いたときに」
「ええ」
こうやって、俺らは数日間世話になった人形遣いの家を後にした。
目指す方向は分からないが、とにかくこの森をでることから始めないと。
「とりあえず、まずはどこ行く?」
「どこでもいいわ。好きなところへ」
「んじゃ、神社でもいくか。というわけでお人形さん、よろしく」
そういうと人形は反応し、ペコリとこちらへお辞儀をして、ぷらぷらと浮きながら道案内を開始する。
あの人形遣い曰く、案内が終われば自分で勝手に帰るらしい。すごいな、ほんとに操ってるのかこれ。人形遣いってレベルじゃないだろ。
「ようやく、いろいろと調べられるわね」
「バケモンに喰われなかったらいいけどな」
今歩いている場所、というか「世界」と云うべきか、とりあえず今いる場所全てが俺ら二人ともまったく見知らぬ所なのである。
徹夜続きで、相方の手伝いをし、ようやく落ち着いたところで一眠り。そして目が覚めると二人してここに居た。意味が分からないのはこっちの方だ。
whyもhowもなにもかも理由が不明。
ほんとに、「気づけば」ここに居た。
「霧が嘘みたいに晴れてるわね。やっぱりあの時が異常すぎたのかしら」
「まぁ彼女もそう言ってたしな。しかし、いくら辺鄙なところに住んでるとはいえ、外の状況を知らされるまで分からないなんて、引きこもりすぎだろ」
「マッドサイエンティストみたいというところは否定しないわ」
「んなこと言ってねぇよ」
俺らが迷って、彷徨い歩いていたここは、魔法の森と言われる、この世界でもあんまり人が住み着かないところらしい。
道理で丸1日歩き回っててもあの人形遣いの家しか見つからなかった訳だ。
それに加えて、森自体も少々特殊な状態であったらしく、たまたまか故意かは分からないが森自体の「魔」が濃くなっており、まさに「迷いの森」状態であったらしい。
その中で俺らは歩き続け、ようやく人形遣いの家にたどり着いたのである。
「彼女が言うには、森の出口らへんに店が建ってるとか言ってたけど」
「らしいわね。でもまぁ興味ないし素通りね」
「まあそう言うのは予想できていた」
彷徨い続けた先に見つけた家から出てきたのは若い女性だった。
てか見た目は俺らよりと変わらないかもう少し下くらいの、女性というよりも少女の方が正しそうだったが。
実はそのときに一悶着あったのだが、それはまあ語らなくてもいいだろう。
彼女――その人形遣いは、森の「魔」の充満具合に驚いていた。
魔が視覚化できるほど濃く出ており、霧のようであった。こんなことはそうそう無いという。
とりあえず、迷ったからしばらく泊まらせてくれというと、最初は少し渋ったものの、俺らがこの界隈の人間じゃないということを知ると、若干だが興味を表したようで、自身の研究の邪魔をしないという条件のもと、しばらくの間匿わせてもらうこととなった。
「しかし、片言でしか喋れないってだけで、それ以外は家で見た感じでもまさに自律人形だったよなぁ。あいつ、思ってる以上に凄い実力かもなぁ」
そう言うと、褒めたのが分かったのか、片言で人形が言葉を返してきた。何やらツンデレっぽいが、これは持ち主の意向か?
「そうね。全く凄い人よね、彼女」
人形遣いの彼女は人と接することにあまり必要性を感じていなかったようで、飛び込みとはいえ、客人である俺らの世話も全て人形にさせていた。
ていうか、家の中が人形だかけで最初はちょっと怖かったのは秘密。
食事も、研究優先で後回しにしていることが多く、一緒に出来たのは最後の数度だけであった。家に居させてもらった時間と比べると、彼女と喋れた時間は余りにも短かったが、とても有意義な時間であった。
泊まらせてもらった翌日も、まだ魔力の霧は晴れておらず、あの家を出ることは出来なかった。
彼女と喋ろうにも、研究の方に没頭しており、ほとんど相手にしてもらえなかったので、仕方なく乱雑に放置されていた魔法書を片付けながらそれらを読みふけっていた。
俺らのところと魔法の概念というか、魔法の方式や解釈が違うようで、読むだけで新たな発見があり、とても参考になったのは事実であったが、異国の言葉で書かれたものが殆どで、俺らが理解できたのは全体の蔵書の1割にも満たない数であり、2日ほどで読み終えてしまった。
その頃、ようやく彼女の研究が一段落したようで、ここでやっと彼女と時間をとって話をすることが出来るようになっていった。彼女曰く、自身は完全な魔法使いであり本来なら食事や睡眠は必要ではないことや、この森のこと、ここら一帯の話などなど。
ある程度話が落ち着いたところでふと外を見ると、霧が薄まり、晴れかけていた。
「お、出口っぽい」
俺らがそろそろ家を出るということを告げると、道案内をつけると言ってくれた。たまには人と話すのも悪くないわねと、独り言なのか俺たちに対して言ったのか分からないようなことを呟きながらも、彼女が俺たちに見せてくれた数少ない親切であった。
「ようやくこのじめったい森から出られるのね。彼女はよくもまぁこんな所に住んでいられるわ」
道案内が人形だと聞いても、さほど驚かなかった。
本来なら他人に無関心である彼女が俺たちと談話してくれたのも、異邦人で、ここらのことが全く分からないことからの親切心であろう。実際、研究が一段落ついたといっても彼女の作業机には、片付けていない魔導書などが山積みであった。
自分と関わることで碌な事を起こして他人に迷惑をかけさせたくない。
そういう優しさが彼女の無関心である理由の一つでもあるのかなと勝手ながら想像していた。
「そう言うなよ。実際楽しかったからいいじゃん。それに彼女が言うには驚くのはこれからだって言ってたしな」
こうして冒頭の会話へ至るわけである。
「で、これが出口の店か」
目印の一つである、道具屋らしき店が道からまた少し離れた位置に見える。
まぁ相方と同様、俺も興味がなかったのでここは素通りする。もう少し歩けば、人里があると彼女は言っていた。じきに見えるだろう。
「まぁこっから先は一本道みたいだし、もう迷うことはないでしょ」
「かな。神社への道は里でまた聞いたらいいか」
道案内をしてくれた人形にお礼をいい、人形遣いの主人のもとへと帰るようにいう。
すると人形は、お辞儀をした後、先ほど歩いていた道をまたぷらぷらと浮きながら帰っていった。やはりすごいものである。実は自律してるんじゃねと疑いたい。
「で、実際のところ何時までここにいるつもりなの」
いきなり彼女が話題を変えてきた。話が飛びすぎて一瞬理解できなかったのは言うまでもない。
「いつまでっていってもな。この世界じゃ俺らの力はかなり制限されてるし、使える能力も限定されてるからな。ある程度調べてからじゃないとどうしようもないだろ」
「まぁそうよね。聞くだけ無駄だったわ。……で、あれが里ね」
指を指す方向……俺らが向かう先に集落らしきものが見えてきた。あれが人形遣いの言っていた人里だろう。
「神社はかなり離れてるらしいからなぁ。一旦ここで休憩しとく?」
「お好きなように」
そんな会話をしながら人里へ歩いてゆく。
人里にはウサミミをつけたJKのコスプレがいたり、寺子屋らしきところから生徒虐待にも聞こえるような悲鳴が聞こえていたりしていたが、それらをスルーして更に歩いてゆく。
目指すは神社。この閉鎖された空間を管理している巫女がいるという。
その巫女に会えば、俺らの世界に帰してくれるらしい。さすが巫女は違う。
が、その後も俺らは帰れず、この世界の様々な事件に巻き込まれるのだが、それはまた次の機会に語るとしよう。
|