「宜しくお願いします。必ず、必ず犯人を……!」
お願いします、と悲痛な声で再び深く頭を下げてくる女に、高木と佐藤は
無言で返礼した。
自分達に確約などできない。できるのは、全力を尽くしてただひたすらに
捜査を行うことだけだ。
拍手お礼7 (高木&佐藤)
二人が玄関を出ると、もう辺りは暗くなっていた。時刻的にはまだ夕方の
はずだが、やはり冬は日の入りが早い。
手にしていたコートを羽織りながら、佐藤と並んでアンフィニへと向かって
いた高木は、ふとその足を止めた。
玄関を出た右手に広がる庭。そこに、幼い少女が独りで立っていた。白い
息を吐き出しながら、空をじっと見上げている。
この子は確か、今年幼稚園に入園したという――被害者の一人娘。
「もうお家に入らないと、風邪ひいちゃうよ?」
声をかけ、高木は少女へと歩み寄った。寒さの心配はもちろんだが、こう
暗いと危険も増える。高木の声で少女に気付いた佐藤も、続いて庭に入って
きた。
これまでの捜査の中で、何度か顔を合わせていたせいだろうか。少女は
近づいてくる高木達を特に警戒する様子もなく、空を見上げたままポツリと
言った。
「パパ、どれかなぁ」
「え?」
「あのね、ママが教えてくれたの。パパは空のお星様になったんだって」
「……、そっか」
高木はつい、返答に一瞬詰まってしまった。詰まったところで結局、頷く
ことしかできなかったけれど。
まだ幼すぎる娘に、きっと母親は真実を告げられなかったのだろう。
いつかは伝えなければならないだろうが、それでもまだ、今は――。
「……でも」
呟いて、少女はようやく視線を空から下ろした。しかしその視線が正面で
止まることはなく、そのまま地面へと落ちてしまう。
「夜しかパパに会えないの、寂しいな」
「……」
とうとう高木は、かける言葉を失った。
これは、この家庭内のことだ。部外者が、そう軽々しく嘘の気休めを言う
わけにはいかない。軽々しく真実を伝えることも、また。
けれど、このまま少女の表情が曇ったままでいるのを見過ごすのも――。
「そんなことないわよ」
響いた穏やかな声に、少女だけでなく高木も振り返った。
それまで黙っていた佐藤が、高木を追い越し、少女の前にしゃがみ込む。
視線の高さを少女に合わせると、微笑んだ。
「あのね、星って、実は1日中ずーっとお空にあるのよ?」
「え?そうなの!?」
「えぇ。ホラ、見て。星って小さな光でしょう?」
「うん」
「だから、朝や昼は太陽の強い光に負けちゃって、私達の目には見えない
の。でも、本当はちゃんとお空にあるのよ」
だからね、と佐藤は小さな頭をそっと撫でた。
「パパは1日中、空からあなたのことを見守ってくれているのよ」
「……そっか。そうなんだ!」
ぱぁっと少女の顔が輝く。まるで、さっきまでの曇った表情が嘘のように。
その様子に、高木は堪らず両目を閉じた。
あぁ、本当にこの女(ひと)は……――。
門を出て数歩。アンフィニを前にした佐藤が、小さく溜息をついた。
「なによ、さっきからジーっと見て」
振り返りながら向けられた怪訝そうな視線に、高木はようやく自分が彼女
を見詰め過ぎていたことに気付く。
「あぁ、すみません。……ただ」
「何?」
「やっぱり僕、佐藤さんのこと好きだなぁ……と改めて思って」
「……。は?」
高木の返答に一瞬、呆けた顔をした佐藤は。次の瞬間、見る見るうちに
その顔を恥ずかしそうに歪めた。こんな闇の中でなければ、もしかしたら
その色も朱に変わって見えたかもしれない。
「なっ、何言ってるのよいきなり!馬鹿じゃないの!?それよりホラ、さっさと
本庁に戻るわよ!」
喚きながらも視線は高木に合わせず、佐藤がそそくさと運転席へ乗り込
む。その姿に高木はまた愛しさがこみ上げるが、さすがにこの感想を口に
してはマズイだろう。下手をすれば、恥ずかしさが頂点に達した彼女から、
グーか平手が一発ぐらい飛んでくる。
そう判断し、高木は愛しさで緩みそうになる頬を意識して苦笑の形に変え
ると、
「『馬鹿』はヒドイです、佐藤さん」
とだけ返し、自分も助手席へと滑りこんだ。
++++++++++++++++++++++++++
★拙宅の高佐は、相変わらずこんな感じです。(笑)
高木刑事は原作を拝読する限り、「こういう風にしよう(言おう)!」などと事前
に色々と計画を立てていると、大抵失敗したり邪魔が入ったりしますが、何も
考えていない素の状態でなら、こういう台詞もサラッと言えちゃう人のような
印象です。
拍手、本当にありがとうございました!
|