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  マヤ文明の2012/12/21終末論ネタ 人類が滅亡した世界に取り残されたザンスク人形が出会う話







 幸いなことに、自家発電装置が設置されていたおかげで、電気系統は生きていた。

  「で、これがテレヴィジョン」

  カチリ、とスイッチを入れれば、耳障りな音と共に砂嵐が表示される。繋がるチャンネルがあるかどうか延々と試し続けているけれど、どこも雰囲気と濃さが異なるだけで結局はサンドストームだ。
  それなのに、目の前のソイツはただでさえきらきらと眩しく光る星色の瞳を更に輝かせて感嘆の声を途切れさせず、見るからに嬉しそうだ。こちらも使い勝手が分からない為、上手く操作が出来ず焦るのに、そんなことは構わないとばかりに興味深そうにただの砂嵐へのめりこんでいる。
  そのうち顔までめりこんでしまうのじゃないだろうか。きっと本来の色彩溢るる映像を見れば、もっとすごい驚愕の表情を見せてくれるのだろう。
  そう思うと躍起になってチャンネルを回し続けてしまい引っ込みがつかない。というかチャンネル数が多い。知らない間にどこまで多様化が進んでしまったのだろう。技術の進歩は素晴らしいものだけれど、人間が制限できないところまで広げてしまっては意味がないだろうに。そんな暴走を止められなかったから、今があるのだろうが。

  「ザンザス、キカイって凄いなぁ」

  テレビからようやく顔を離して、でもテレビを見つめるのと同じきらめきを宿したまま、スクアーロがにっこりと笑う。
  そうすると何だか、かーっと頭に血が上り、どきまぎしてしまって、返事さえできなくなり、金魚みたいに口をぱくつかせるしかない。そんな俺の微妙な空気を、音高く主張する腹の虫が破った。
  GJ、だがKY。誤魔化し顔の半笑いになってしまう。

  「お、お前も腹減っただろ?キッチンに行けば缶詰くらいあるだろうし、ちょっと待ってろ」

  曖昧な言い方になってしまうのは、ここが俺の家ではないからだ。
  かといえスクアーロの家でもない。誰の住まいか解らない家に、俺たちは空き巣に入ったのだ。でも言い訳がましいかもしれないが、この家にはきっと先住民なんていない。積り積もった埃が、少なくともその不在が数日やひと月程度のものでないことを教えてくれる。

  そしてそれはこの家だけでなく、この家のある住宅地全体、もしかしたら街単位でかもしれない。



  よくは解らないのだが、どうやら世界は一度滅んだか、もしくは丸ごと放棄されたようだ。推定になってしまうのは、俺にはここ百年か二百年の記憶がすっぽり抜けているからである。

  なんと説明したらよいのか、俺は死なない。首をすっぱりと切っても、飛ぶのは大量の血液ではなく火花である。正しく言えば、自律思考型有機的人口生命体ロボット。通称アンドロイド。そういう、もの、らしい。
  しかしながら、そのような体質の癖に、物語であるような特殊能力…強靭な肉体だとか、ビームを出せる超能力だとか…は特に所有していない。
  そして、機械とはいえ痛いのは痛いし、苦しいのも普通の人間と一緒だ。今までで一番苦しかったのは飢餓である。比喩でなく骨と皮だけになっても生きているのだ。たまらない。
  尋常でないくせに、精神は全くか弱い人間であるため、俺は気が狂っている。
  狂い方は何のことはない、己にとっては便利なもので、精神に掛かるストレスがある一定量を越えると、自動的に記憶を失うようになっているようだ。頭部メモリーにバックアップされていたプログラムデータが全て消去される。
  何があったのやら、それが今回起こったらしく、俺が気付いた時にはすっぽりと百年ほど空白が開いたうえで、何もかも解らない場所に佇んでいた。多分、持ち主が目の前で死んだショックだろう。と俺は予想している。
  解るのは自分が非人間で、しかも死ねなくて、たった今記憶をなくしたのだという事だけだった。手元に残っていた一枚の紙きれだけが俺の名前を教えてくれた。『ボス、ごめんな。勝手にこんなの作っちまって。最後にひと目でもアンタを見たかった。どうせ会えないなら、せめてXANXUSと一緒に居たい。許して欲しい。』 どうやら俺の持ち主は、世界の終焉を俺とふたりで迎えたらしい。ボスという人物が何者かは知らないが、何故我が主と共に居てやらなかったのだろうか。手紙には染みがついていた。多分涙だ。

  自覚の内では初めて目に映るそこは町中のようだったが、広い道路が土にまみれて、何より自分が立てるもの以外物音がさっぱりしなかった。ゴーストタウンである。
  建物の間を、声を掛けながら誰か居ないものかと捜し歩いたが、答えは一切返らなかった。人間の姿どころか猫一匹いない。
  ヒトが居ない、という事はつまり、モノを取っても咎められない。という事である。法律を守る必要もないのだから、その為、現状でも別段生きることに不自由はなかったが、人間というのは精神の安定をも求める贅沢な生き物で、つまりは只管に寂しかった。それこそ気が狂うくらい寂しかった。こんな要らない感情まで無駄に搭載しやがって、と生みの親へ対する行き場のない怒りまで湧いてくる始末だ。
  こりゃまた記憶を無くすのもそう遠くはないかもな、と半ば諦めつつも、廃墟と化した街から街へと転々としつつ、生きているものを探す。人はおろか、心を慰めるような動物さえ姿かたちもなく、張り上げる声だけが嗄れていく。
  もしかしたら文明のある場所は何がしかの意図で忌避されたのかもしれない、何ヶ月目かでそう思い、人類が掌握し駆逐していった自然というものの色が濃い場所をうろついていた折である、彼に出会ったのは。






  嘘くさい水の流れを辿って川らしきものに出会い、枯れた滝を見上げ、昔は広大だったのだろう、湖の跡へ行き着いた。最早湖と呼ばうよりも泉と言った方が良い規模になってしまっている水溜りに、爽快さを求めてざぶんと飛び込んだ。
  水は澄んでいて、澄みすぎて魚ひとつ見つけられないのに、さほど深くもない底の方、きらりと光る何かがあった。それはおかしな形をした大きな大きな朽ちかけの金属箱であった。
  どうしてそうしようと思ったのか、その時の気持ちを覚えていないのだが、俺はやけに重いその箱を地上に引き上げて、天井部分を割り開けた。腐食し脆くなっていたらしいそれは空気に触れて一層たやすく、ぱっかりと開き、衝撃でばらばらになって ――中身をごろりと外へ転がした。

  つまりは、それがスクアーロだったのだ。

  白い髪、白い肌。棒のように細い手足は己の体験を鑑みるに正しく栄養失調のそれに近くて、膝を抱えた姿勢のまま硬く転がった姿に、これは確実に遺棄された死体を拾い上げてしまったのだろうと正直うまくない気分になっていた俺の前で、薄い背中がぴくりと動き、ぎしぎしと人間らしくない音を立てながら蠢き始めた。
  思わず後ずさり、声もなく見守ってしまった視線の先で、そいつはいつの間にか四つん這いになり ――猫のように背を反らしてぐぐっと伸びをし―――

  「あれ、」

  ようやく俺に気付いた様子で首を傾げ、

  「…誰だぁ?」

  それはどう考えたって俺の台詞だった。

  「お前こそ誰だ!に、人間か!?」

  ついついと迸った動揺溢れる声は掠れていてみっともなかった。仕方がないだろう、放浪に放浪を重ね、一か月ぶりくらいにようやく発した言葉だったのだ。

  脚を下にして折りたたむ奇妙な姿勢で相対する彼と顔を合わせて話し合うことには、彼の名前はスクアーロ、とある天災を前にして人類が滅亡する前に、せめてお前だけでもと主に眠らされた、アンドロイドなのだという。どうやら彼も同じく記憶を失っているようで、曰く、おぼろげながら何とか覚えているのは、このシェルターに隔離されるまで一緒に暮らしていたとある哀れな男の過去の話だけだとか。

  その男には子供の頃から長年連れ添ってきた掛け替えのない恋人が居たが、それは決して許されない、禁じられた恋であった。絶対に結ばれないと分かっていながらも、それでも二人は愛し合っていた。しかしそんなある日その関係がバレてしまい、男はとうとう父親により政略結婚を命じられる。彼の身分と地位によりそれはどうしても避けられず、二人は結局泣く泣く別の人生を歩む事となる。たった一人の恋人と強制的に引き離された男は悲しみに暮れ、その相手をモデルにした人形を作った。それがスクアーロである。
  手元に残された恋人の遺伝子や細胞などのデータを電気変換によりインプットし、更にそこから分析した脳の思考パターンを最新技術によりプログラムに置き換える事で外見から性格までそっくりそのままコピーされた『スクアーロ』というアンドロイドを生み出した。男のその恋人に対するただただ一途な想い、ひとかたならぬ熱意、根強い意志、加えて鬼気迫る努力の賜物である。スクアーロは、合成繊維と電気信号、それと男の執着と未練からこの世に生まれたのだ。
  そうして迎えた地球の終末。男は人格も容貌もオリジナルとほぼ相違のないスクアーロの頬をまるで本物の恋人のように撫でると、お前は生き延びてくれと言ってそれまでのシステムを消去したのだ。それが、スクアーロの見た最後の光景である。

  ぱちくりと瞬くスクアーロは周囲見渡しては俺を戸惑った顔で見つめる。

  「お前は誰だぁ?家族は?友達は?」
  「…分からない。なにぶん、俺にも記憶がないからな」

  暫くの間、空恐ろしいほどに白けた静寂が二人の間にすとんと落ちた。途方に暮れる、というやつだ。沈黙の饒舌がまっこと救いようのない重圧さで眼前に広がり、そうして、どこまでも温もらない冷たい体を居心地が悪そうに竦めながら、スクアーロは頼りなげにこう呟いた。

  「…手伝ってやろうかぁ?」

  何を言われたのか解らずに、ぽかんと口を開いてしまった俺の手を冷たい指先が掬い上げて、胸の前にぎゅうっと一握りにする。濡れた薄い布越しに感じた肌は石のように硬く、冷たく、拍動が感じられなかった。

  「俺はずっと寝てたから今の、…文明社会?の知識がないし、お前は記憶がないし…一緒に居た方がいいと思うんだぁ!交換条件でどうだぁ?俺もお前の情報を探してやるから!」


  そうして、俺達はふたりで旅をする事にしたのだ。






  いちいちにきょどきょどと辺りを見渡すスクアーロを抑えつつ、適当な建物に入り込み、使用者のいない端末からデータバンクを漁った結果、地球が滅んで軽く百年が過ぎている事が分かった。
  柔らかさのない、柔らかさの戻ることのない、キシキシと突っ張る四肢を動かしながら、スクアーロは「もうアイツは死んじまってんのかなぁ」だとか口にする。出会ってから数日の短い期間でも解った。こいつは天然だ。
  けれど、それでもいい。
  なんたって俺は飢えていたのだ。遺された膨大な食糧のおかげで死にはしなかったけれど、いやそもそも別に食べなくても死にはしないのだけれど。精神の飢餓は如何せんともしがたい。語りかけ、笑い合い、時には抱きしめられる相手が欲しかった。
  ひとりでない、ということが重要だ。ひとりでなければ誰でもいい。それが例え冷たい体温を宿した鉄の塊でもいい。バケモノだって構いやしない。
  なぜなら、俺もまたバケモノなのだから。



  百年後の世界と驚きもしたが、濡れたぼろ布の代わりに無人の店舗のディスプレイから奪い取った服を着つけたスクアーロは、物慣れないように身じろぎ、それでもその程度の動揺ですべてを受け入れた。
  果たして血に肉になるのかも解らない食卓を囲み、これからを共に過ごすのであれば免れないことであると、俺は俺のことを話した。最早どうなろうと逃がしやしないと心に決めていたけれど、身構えた俺に対し、スクアーロはやっぱりぱちぱちと少しばかり素早く瞬いただけであった。

  「実は俺もお前と同じアンドロイドなんだ。言わなかったけど」
  「はぁ、」
  「…それだけ?」

  それを驚くでもなく首を傾げるので、いまいちスクアーロの考えていることが解らない。心拍は止み、脈拍も打つことはないけれど、人間のように瞬くのだ。

  「そうなのかぁ。でもま、それじゃ尚更思い出さねぇとなぁ!お前の開発者の事とか!」

  新しい世界に飽きもせず驚き、好奇心が強く、年端もいかない子どものような無邪気さを見せては、失われた彼にとっての現実をひっそりと悼み、ひどく老成したアルカイックスマイルを浮かべる。くるくると光を乱反射するガラス球に似て、血の気のないスクアーロを彩るのは彼自身の魂の生気だ。
  あまりにも眩しくて目が離せないのは、彼が現存する唯一の動くものだからだろうか。それとも、

  「頑張ろうな、ザンザス」

  少し照れ臭そうに俺の名前を発音するスクアーロのほんのわずかな微笑に、まるで動かない彼の分まで加算したのだとばかりに高鳴っていく心臓を止められない。






  スクアーロと出会ってからも、誰も居やしない空間を渡り歩いて世界を放浪するのは、こうなってしまった現状を正しく把握するために生き残り(もしくは、残留者)を探す為だ、と彼には言ってある。それは必要だなとスクアーロも神妙に頷いて付き合ってくれている。
  けれど本当のところ、ずっと眠らされていて何も知らないスクアーロが未知のものと遭遇するたびにきらきらと瞳を輝かせては、頼るように俺を見つめてくる、その顔がその態度が見たいが為にひとところに留まらず転々としているのだと、勿論そんなことは言えない。俺の性格的に。
  どこもかしこも生存者が見当たらないから、街さえ見つかれば宿にも食事にも不自由はないのだが、俺達はそうやって旅を続けた。

  地面に一緒に寝っ転がって、星空はどこに行っても変わらないんだな、と笑うスクアーロ。家屋を作る冷たい人工の合金やコンクリートを撫で擦っては、人間ってこんなものどうやって作ったんだろう、といつまででも眺めているスクアーロ。

  「いつまでこうしていられるんだろうなぁ」

  入り込んだ民家の台所で、悪びれなく漁った食料を勝手に持ち出した皿に盛り、血に肉に果たしてなっているのかも解らない食卓を囲むうち、何度となくスクアーロはそう口にする。尊い神々の神秘の力か、はたまた悪鬼の悪戯か、死人である彼の体を動かすのは、いかなる奇跡が起こってのことだろう。

  「さあな」

  けれど、そんなことは知らない。スクアーロの体を動かす奇跡が途切れ、それが明日だろうと数十年後だろうと、俺には関係がない。なぜならその瞬間、俺はまたもや記憶を無くすだろうということを確信しているからだ。
  俺は残されたとしても、俺が残されることはない。逝くときは一緒だ。

  そういえば、そんな文言を昔、耳にしたことがある気がした。富める時も貧しき時も病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで ―――死が二人を分かつとも。

  「明日はどこまで行くか、スクアーロ」
  「そうだなぁ…なんか雨が降りそうな気がすっから、もう一日此処で休んでいかねぇかぁ?」
  「ああ、いいな、たまには」

  それじゃあ、砂嵐以外のチャンネルがないかどうか、よく解らない機械に対して、成果の薄い徒労に勤しんでみようか。どこかに記憶媒体が見つかれば、そのデータを見せてやろう。きっとまたきらきらと瞳を輝かせてくれるに違いない。


  急ぐこともない旅だ。明日も、明後日も、意味がない。今この一時だけがありったけのぜんぶ。
  この世界にふたりぼっちで、どこまで行こうか。まあ、それは世界を一周してから、またのんびり考えよう。








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