拍手お礼11(とある村の少年) 「ねぇママ。なんであの人、いつも女の人の格好してるの?」 最近この村によく顔を出す、やぎ乳売り。 木製の荷車にミルク缶を載せてガラガラと音を立てながら前方からやって くるその人を少年が指させば、隣を歩いていた母親から小声で「コラ!」と 手を引かれた。 引き寄せられるまま母親に近づけば、耳元に早口の小声が落ちる。 「ああいうガッシリした体格の女の人だっているの!本人も気にしてるかも しれないから、聞こえるような声で言っちゃダメよ?」 それだけ言うと、母親はパッと手を離し、何事も無かったかのようにまた 歩き出す。 なんと。あんなに男の人に見えるのに、女の人だったのか。世の中には そんな人も存在するのか。 少年は未知との遭遇に驚き、その驚きを隠さないまま、向かいからどん どん近づいてくるやぎ乳売りを興味津津に見詰めた。 「そんなに欲しい?やぎ乳。―― それとも、あたしに見とれちゃった?」 すれ違い様に声をかけられ、少年はようやく自分が相手を見詰め過ぎて いたことに気付いた。 「あっ、えっと……」 「やぎ乳はいいわよ~?毎日飲んだら、君、これからグングン背が伸び ちゃうかも」 眩しいオレンジの髪を靡かせ、バチンと音がしそうなウィンクを投げかけ てくる。 なるほど。つまりこの人は毎日このやぎ乳を飲んでいたから、こんな体格 になったのか。 少年が独り納得する横で、母親はせっかくだからと、硬貨の入った革袋 を取り出すのだった。 「おいおい、もっと安くできんだろー?」 ブランドン達とのヤキュウに行く途中だった。聴こえた大声に、少年は思 わず足を止めた。 この村で数少ない食堂の入口の前で、男が仁王立ちして店の女主人を ねめつけている。 「いえ、これ以上はもう……」 「バカ言え、お前達みたいな“裏切り者”の作る飯を食って、金まで落として やろうって言ってんだぜ?感謝されこそすれ、こんな金額を請求される 筋合いはねぇなぁ」 ニヤニヤとした下品な笑いを浮かべながら、男が女主人の顔を覗きこむ。 「何?純血魔族?」 「文句があるなら食べに来るんじゃないわよ」 少年と同じく足を止めていた女たちが、小声でコソコソと会話をする。 少年は正直、「ジュンケツ」や「コンケツ」についてまだよく分かっていない。 が、少なくとも、これだけは知っている。『魔族の中には自分達“コンケツ”を 嫌っている人達が大勢いる』。 つまり、このわめいている男は、自分達を嫌っている存在なのだろう。 「いいか、王が変わってこの村がちょっと目をかけてもらえるようになった からって、調子に乗ってんじゃねぇぞ!今度の魔王は混血!だからこんな 村にも情けとやらをかけてるだけだ!それでお前ら“裏切り者”の存在が 認められたと思ったら大間違いだぜ?王が変われば、お前らなんかスグ に……――」 「違う!」 気付いた時には、少年の口は勝手に男に向かって叫んでいた。 少年はやっぱり、「ジュンケツ」や「コンケツ」についてまだよく分かって いない。が、少なくともこれだけは言える。 「陛下は!そんな理由で僕たちに優しくしてくれてるんじゃない!僕たちが コンケツじゃなかったとしても、陛下は変わらず優しくしてくれる!!ヤキュウ だって教えてくれる!!」 女店主が慌てたように「ぼく!」と短く声をかけてくるが、少年は止まらな かった。 だって、自分は知っている。実際に陛下に会って、話しをして、ヤキュウを 教わって。その間に見た陛下は、相手が誰だろうと、態度も優しさも変わら なかった。 大人でも、子どもでも。 男でも、女でも。 ジュンケツでも、コンケツでも。 「陛下は、どんな人にだって優しいんだっ!!!」 「あぁ?ガキが何をごちゃごちゃと偉そうに……!誰にでも優しい?ふざけ るなっ!!」 怒りで顔を真っ赤にした男が、握った拳を振り上げて少年へと向かってくる。 ハッとした少年は慌てて後退するが、いかんせん歩幅が違う。瞬時に目 の前まで迫った男に、思わず両目を閉じた。 「きゃーっ!!危なーい!!」 真っ暗な視界で聴こえた声に、少年は衝撃が来るのを覚悟する。―― が。 ごろごろガラガラどかバキごふビシャッ! 「ごめんなさぁ~い。ちょっと目を離した隙に停止装置が外れちゃったみたい で、荷車が坂道をゴーロゴロ!あぁもう、こんなにビショビショになっちゃっ て……大丈夫ですか?」 想像もしなかった強烈な破壊音に少年が恐る恐る目を開けば、男が白い 液体まみれになって地面に転がっていた。 その脇には、鈍い銀色に光るミルク缶と、液体を吸って所々変色した荷車、 そして――。 「……やぎ乳の、お姉ちゃん?」 呼ばれた彼女は、先日と同じく、長めのオレンジ髪を靡かせ、無言でウィ ンクを投げてきた。 「クソッ!痛ってぇ……!!」 「あら、お目覚め?よかった~、ご無事で」 「無事じゃねぇ、ふざけんな!てめぇ、このアマ!どういう……――」 「あ~もう、ほんとビショビショ!『やぎ乳も滴るいい男』とはいえ、これは あんまりよね。ほんとにごめんなさい。時計までこんなにしちゃって……」 「何!時計!?」 やぎ乳売りの言葉に、男は一瞬にして顔色を変える。 彼女の大きな手には、懐中時計が握られていた。 「どうしましょう、きっと中までやぎ乳が入り込んじゃってるわ~。よし!これ からコレ分解して、中の部品まで乾かしましょ!」 「ぶ、分解!?」 「大丈夫、あたしこう見えて機械いじりは得意なの。分解してもちゃ~んと 組み立てられるから、ご安心を」 「いやっ!いい!そういう問題じゃない!」 「遠慮なさらなくていいのよ?これはお詫びで……――」 「とにかくいい!勝手にコレに触るな!!」 やぎ乳売りの手から懐中時計を奪い取ると、男はすぐさま立ちあがり、 「とにかく!覚えてろよ!」という訳のわからない言葉を叫びながら走り出す。 少年も、女主人も、周囲の傍観者達も。皆が呆気にとられている中、やぎ 乳売りだけが平然と片手を振ってその男を見送っていた。 「ありがと」 かけられた声に顔を上げれば、やぎ乳売りが優しい笑顔で少年を見降 ろしていた。 「……なんでお姉ちゃんがお礼言うの?助けてもらったの、僕なのに」 素直に首を傾げれば、彼女は小さく苦笑する。 その反応が分からず、ますます首を傾げると、やぎ乳売りが少年の視線 に合わせるように中腰になり、秘め事のように囁いた。 「陛下の大ファンなの、あたし」 ・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。* ★「ふぁん」って何?(by.少年) というわけで、モブキャラ視点で、諜報活動中のお庭番を少し書いて みました。子どもは意外と大人よりも根本を見極められたりしますよね、 ということでお庭番の女装を少年だけは冒頭で見破っています。(笑) そうそう。男の持つ懐中時計の中には当然秘密があるわけで。お庭番的 には「きた!ビンゴ!」と内心、賢い獣の笑みを浮かべたことでしょう。(笑) 拍手、本当にありがとうございました!! |
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