「やっと追い詰めましたよ…それをこちらに渡して下さい。」

「嫌!絶対やだ!!」


孤児院の屋根の上。
今日の空は薄雲まばらな青空模様。

少女はわめきながら、屋根の上を端まで逃げていった。


「危ないですよ…!」


扉の近くにいる少年は溜め息を。
少女の手には、未だ現像されてないカメラのフィルムがあった。








< ニ ア 『 現 像 し て な い フ ィ ル ム 。 』 >








二人の追いかけっこが始まって、かれこれ一時間。
決着は、屋根の上でつくらしい。

時折吹く風が少女の白いスカートと美しい髪を、無造作に青空へとはためかせた。
降り注ぐ陽の光は、少年の髪を銀に煌めかせる。


「もう、逃げられないでしょう…?諦めなさい。」


少年は一歩ずつ足を踏み出し始めた。
それに比例して、少女の鼻の奥が、つん…と痛みを持ち始める。
それは熱を帯び、やがてその瞳から溢れ出た。


「来ないで…っく……来ないでよニア…。」


少年は…ニアは、動じなかった。

少女の頬を後から後から熱いものが伝わって、風に散る。
ぎゅ…と大事そうに握りしめるフィルム。


「…一つぐらい…いいじゃない……っ。」


悲痛な叫びも、ニアには響かない。


一歩、また一歩。

彼は彼女に近づいた。


少女の双眸は、怯えと悲しみに震えている。
と、一際強い風が屋根の上を通り過ぎた。


同時に。



「……っ!」


「ニア!!」



バランスを崩したのは、ニアの方。

その瞬間。

彼女の手はフィルムから離れ、彼女はニアをしっかと屋根の上に引き留めた。



こん…


こん…


ころころころころ……



彼女の手から離れたフィルムは、重力に逆らわない。
視界の端で、地面に向かって落下していく。
フィルムを手放した少女と助けられた少年は座り込んだまま、その様子をただ静かに見ていた。

やがてフィルムが地面にたどり着いた音を聞いて、ニアが口を開く。


「ロジャー!」


フィルムの落ちた方向から返事が聞こえた。


「フィルムの回収をお願いします。」


そこで少女はハッとして声を荒げた。


「騙したのね!」

「なんですか。」

「バランス崩したフリして、私を騙したんでしょ!」

「それがどうかしましたか。」


飄々と答えたニアを、少女は睨みつけた。
依然としてその瞳からは大粒の涙がこぼれおちる。


「そうでもしなければ、あなたは手放さなかったでしょう?
こんな不安定な屋根の上では無理矢理奪うこともできませんし。」


少女はうつ向いた。

瞳からはらはらと落ちる涙に、ニアは初めて胸を痛めた。
そっと…その頭に手を伸ばす。

だが、触れた瞬間その手を彼女は振り払った。





「置いて行くくせに…っ。」




ねめつけられる視線に構わず、ニアは彼女を抱き寄せる。





「ばかばかばかばか!ニアのばか…っ!」





暴れて胸板を叩くのを、腕の中に閉じ込めた。

何も言わずに、ただ強く、強く抱きしめて。

その内、胸板を叩いていた握り拳が背中にまわる。




悲しい嗚咽だけが、青空に響いた。





「ニア…ニアほんとはっ…知ってたんでしょ……?」

「………。」

「私が…ただ……ニアを困らせたいだけだって。
置いていかれるのが悲しくて、わがまま…言いたいだけだって……。」

「…はい……。」


ニアは愛しげにその頭を撫でる。
触り心地の良い髪が、さらさらと音をたてた。


「あなたも…本当はわかっているんでしょう?」

「……うん。」

「あのフィルムを…私が写っている写真を残さず燃やさなければならないこと。
そして、行かなければならないこと。………でも一つだけ、あなたはわかっていない。」

「………何を?」


少し離れ、彼女は顔を上げた。
濡れた瞳がニアの瞳とかち合う。

ニアは少し寂しそうに、でも口元に弧を描いた。


「私が、ちゃんと帰って来るということ。」


その言葉に、おさまりかけていた涙がまた溢れ出す。
ニアは苦笑してその涙を拭ったけれど、それは止まることを知らず。


「ほんとに………っ?」

「はい。」

「待っててもいい………っ?」

「待ってて……くれ、ますか?」


なんて不確かな約束。

けれど彼女はしっかりと頷く。
その瞳には、珍しく泣きそうに顔を歪めたニアが映る。


「ずっとずっと待ってるから……おばあちゃんになる前に迎えにきてね。」

「えぇ…。」

「そしたら、そしたら写真取ろう。」


なんて不確かな約束。

なんて都合のいい、彼女を、縛り付ける………。
そう思っても愛しさが勝って彼は我儘を押し通す。


それと知ってて彼女はその約束を受け入れる。





涙で潤んだその瞳に。

光を纏う彼の髪が、風の中で眩しく揺らめいた。




















写真ネタは前にLでやったので、今度はニア。
あぅぅ、微妙に被ったやも………!!




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