降新 帰る場所 「犯人はあなただ」 その言葉を、もう何度繰り返して来ただろう。終わることの無い罪の数々の上に、オレはただ振り返ることなく、前を向く事しか出来ないのだろうか。 探偵として、今日も捜査一課の手伝いにとある殺人事件に関わり、犯人を自供をさせた帰り道。深いため息を吐きながら、足取りは無意識に自宅では無い方向へと向いていた。キーケースの中で自宅の鍵と共に付けられた、高級マンションのとある一室の鍵だ。その鍵を使う事は、あまり無い。どちらかと言えば彼の方がオレに会いに来てくれたり、どこかで待ち合わせをし、一緒にその鍵が仕事をする部屋へと赴くから。 連絡なしの訪問に、怒るような人では無い。もしそこで浮気相手と鉢合わせになったら、なんて事も、考えた事はない。それ程愛されている自信はある、オレも愛している自信がある。 その甘えと信頼の元、マンションのエントランスを潜り、オートロックを解除してエレベーターに乗り込む。オレだけを乗せた箱は上昇し、目的の階まで安全かつ迅速に運んでくれた。 エレベーターを降りて一番手前にあるのが、彼の部屋だ。鍵穴に鍵を差し込み、回し開ける。それをもう一度違う鍵穴にも同じ事をして開錠し、扉を引き開けた。 玄関に並ぶ、見慣れた革靴は彼のお気に入りのメーカーのもの。部屋の廊下には電気が付けられていないが、リビングには明かりが灯っている。 靴を脱ぎ、革靴の横にピタリと寄り添わせ、リビングへと向かう。いつの間にか、足取りは早くなっていた。リビングへと続く扉を押し開けると、ここの家主兼恋人は、ソファに腰掛け携帯端末に向けていた視線を、こちらに向けてくれた。 「おかえり」 「……ただいま」 同棲しているわけではないので、厳密に言えばその掛け合いは少し違和感のあるものだが、彼がオレの家に来る時も同じ言葉をかけているので、おかしくはない。 「事件解決、ご苦労様」 「ほんと、そういう情報どこから聞いて来るんだよ」 「君の事は全てこの耳に入って来るんだよ」 とんとん、と自身の耳を叩いている。冗談のようだが、本当の話なのだろう。オレの事になると地獄耳になるらしい。 「疲れただろ、お風呂は沸かしてあるよ」 オレを労わる言葉の優しさに甘えたいが、今癒してもらいたいのは体ではなく心の方。それを出来るのは、目の前の彼だけ。 「零さん」 背負っていたリュックとか、手にしていたキーケースとか、全てを適当に置き、腰掛ける彼の前に立ちそのまま倒れこむように彼に抱きついた。 「うわっ、びっくりした」 ぎゅっと首に両腕を回し、ぐりぐりと肩に顔を押し付ける。びっくりした、と言っているがちゃんとオレの体重を受け止めてくれた。 背中に回された手が、優しく背を叩きまるで赤ん坊のようにあやされている気分だ。 「子ども扱いするな」 「恋人扱いしているんだよ」 何が違うんだ、と言っても最もらしい言葉で返される気がして、口を閉じる。零さんに口で勝とうなんて思ってはいけないと、重々承知している。 そのまま暫く無言のまま、零さんの体温を感じながらリズムよく叩かれる優しいリズムに合わせて、ピンと張っていた糸が緩むように、体の力も抜け涙腺も緩む。ぐっと我慢しようと、耐えようとするのにそんなオレを裏切るように優しい彼は背を叩くてとは反対の手で、優しく頭を撫でてくれた。 「何があっても君の味方だよ、なんて無責任な事は言えないけど、こうして抱きしめる事はできる。だから君は自分の正義を信じて、迷ったらまた、この胸の中に帰っておいで」 その言い方はとてもずるくて、今のオレが欲しい言葉ばかりで、何もかもが見透かされているようで腹が立ち、唇を噛みしめるほど嬉しい。 返答できない代わりに首に回す腕に力を込めると、痛いよーと感情の乗らない言葉を返された。 零さんが居るなら、オレは明日からまた前を向き真実を追い求めて走る事ができるだろう。この世に罪は無くならない。だから一つでも多くの真実を、この目で見つけるために。 もしまた迷ったら、立ち止まり隣を見あげよう。そこに大好きな彼の姿が、あるはずだから。 |
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