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『小さな爆弾?』






天気の良い日曜日の午後。

公園に散歩に来ていた悠斗は、トイレから戻るなり目を丸くした。



ベンチに腰を下ろして、先ほど購入したばかりの経済雑誌を読んでいる蓮司の隣に、二~三才くらいの男の子がちょこんと座っていたからだ。

その子は、足をぶらん、ぶらん、させながら飛行機のおもちゃをいじくっている。



「え~っと」



「どうした?」



蓮司の前に立って口を開いたものの、すぐに続く言葉が出てこなかった。

悠斗は人差し指で頬をぽりぽりとかいてから、横目で男の子を見て、改めて口を開いた。



「この子は?」



「さあな」



なんて無責任な発言。

でも悲しいかな、半分は予想していた返答だった。



悠斗は辺りを見回した。

こんなに小さな子供が一人でいるわけがない。

しかし、周囲にこの子の身内らしい人物はいなかった。



「そろそろ行くか」



読んでいた経済雑誌を閉じて、蓮司が言う。



「ちょっと待って、この子を一人で置いていけないだろ」



休日で人通りが多いとはいえ、誘拐でもされたら大変だ。

悠斗は男の子の前にしゃがみ込んだ。

ぱっちりとした大きな瞳が、真っ直ぐと悠斗を見てくる。



「え~っと、ぼく、誰と一緒にここまで来たの?」



「ぼく、ひーくん」



「え? ……そっか、ひー君っていうんだね。ひー君のお母さんか、お父さんはどこに行ったのかな?」



考え、考え、ゆっくりと言葉を繋いでいく。

正直、こんな小さな子供と話すのは何年か振りで緊張していた。

四才年の離れた姉――悠紀子が結婚して子供でも生んでいたら、扱いにも慣れていたかもしれないが、本人に当分その気はないらしい。



「ひーくんね、パパと一緒に公園きたの」



「へ~え、そうなんだ」



なんとか会話が通じて、ほっと胸をなでおろす。



「ひー君はパパが大好きなんだね」



「うん♪」



「それで、そのパパはどこに行ったのかな?」



悠斗の問いに、ひー君が両目をぱちくりさせる。

そして、真横に顔を向けたかと思うと蓮司の方を見て、



「パパ」



その裾を、ぎゅっと握った。



「――――!!」



絶句する悠斗の前で、「おい」と蓮司がいつもの調子で言葉を吐き出す。



「ガキだからって何を言っても許されると思うな」



蓮司は裾を掴まれていた方の腕を、さっと引き上げた。

しかし、小さな手が離れたのは一瞬だけ。



ひー君は気にした様子も見せずに、下りてきた蓮司の裾を再度嬉しそうに握りにいく。

それを二度ばかり繰り返したところで、大人げないと思ったのだろうか。

蓮司にしては珍しい表情を浮かべて、ひー君の好きなようにさせた。



悠斗はそんな二人を、まじまじと見比べていた。

一瞬、本気で心臓が止まりそうになったが、どうにか鼓動も落ち着きを取り戻していた。



(蓮司が、ひー君のパパ………)



確かに、よく見ると似ていなくはないかも。

今も昔も、恋人の浮気を疑ったことなんて一度もない。



でも、恋人じゃなかった時は?

離れていた八年の間に、女性の一人や二人……いや、三人や四人? くらいは相手にしていたかも。



そして、当然勇水はそれに気づいていたけれど、自分のことを想って、あえて黙っていてくれたに違いない。

そういえば、勇水は元気でやっているだろうか。



もしも、もう一度会う機会があったら腕時計のお礼を言いたいのになぁ。



…………ん? ちょっと待てよ。



俺と蓮司がこの子を育てるとしたら、やっぱりポジション的に蓮司がパパで俺がママ?

ん~、今は可愛いからいいけど、見た目だけじゃなくて中身も蓮司そっくりに成長しちゃったら、どうなるんだろう?

俺、ちゃんとした子に育てていく自信ないかも。

ああ、不安だなぁ。



「おい」



その声に、思考を断ち切られてしまう。

蓮司が怖い顔をして悠斗を見ていた。



「な、なに?」



「今すぐ、そのバカげた妄想を止めろ」



「え! なんで分かったの?」



「分からいでか。こっちは四六時中、お前のことで頭がいっぱいなんだ。女を孕ませてる暇なんてあるか」



「な――っっ、子供の前でそーいうこと言うなよなっ」



悠斗は赤面を残したまま続けた。



「とにかく、この子を交番に連れて行ってくるから、蓮司はもう少し待っててよ」



「ぱぱ」



ひー君が、突然口を開いた。

悠斗が慌ててそれに答える。



「どうしたの?」



「ひーくんね、ぽんぽんすいた」



「ぽんぽん? ………ああ、お腹か。そういえば俺も小腹が………」



言いながら、公園の入口のところに屋台が出ていたのを思い出した。



「ひー君、たこ焼き食べる?」



「うん、ひーくんね、ま~るいたこさん、大すき♪」



「そっか。じゃあ、丸いたこさんを食べてから、交番に行こうか」



お腹を空かせた状態で、交番まで連れて行くのはかわいそうだ。

それに、たこ焼きを食べている間に、ひー君の両親が探しに来てくれるかもしれない。



「蓮司、いいよな」



「仕方ないな」



渇いた吐息をついて、蓮司が腰を上げた。



「待ってろ、買ってきてやる」



「やぁああ! ぱぱ、ひーくんも一緒に行くのぉお」



ぎょっとするほど大きな声だった。

ひー君が蓮司に向かって、抱っこをせがむように両手を伸ばす。



蓮司がその手を取って抱き上げる………なんてこと、あるはずもなかった。

それどころか、眉間のしわを深くして、ひー君を見下ろしている。



多分、普通の子供なら、ここで泣き叫ぶところだろうが、流石はひー君。

全く動じていない。

こんな可愛い顔をしているのに、ひょっとするとかなりの大物になるかもしれない。



「俺が買ってくるから、蓮司はしっかりひー君のパパやっておいて」



緩みそうになる頬を引き締めると、悠斗はたこ焼きを買いに走った。











「熱いから、ふ~、ふ~してから食べるんだよ」



「うん、ひーくんね、一人でふ~、ふ~できるよ」



「そうなんだ、偉いねえ」



「俺らの分も買ってきたのか」



「ちょうど小腹が空いてたし、屋台のたこ焼きって久し振りだったから」



二人の間にひー君を挟んで、ベンチに座る。

三人で仲良く……見えるかどうかはさておき、たこ焼きを食べ終わった頃、まさかの人物が前を通りかかった。



「人類もとうとう、ここまできたか」



陽一だった。



「何が言いたい?」



蓮司が低い声音で問う。



「それを俺に言わせる気か?」



「言ってみろ、聞いてやる」



陽一は、やれやれと表情を崩すと続けた。



「ヤロー同士でも限度を超すと、デキちまうなんて知らなかったぜ」



「ちがっ、陽ちゃ――」



「黙ってるなんて水臭いぞ、悠斗。俺にも秘密にするつもりだったのか? にても、こんなとこで親子三人の微笑ましい姿を拝ませてもらえるとはねぇ。写メでも撮って、事務所のメンバーに一斉送信したいくらいだ」



「おい、今すぐその無駄に動く口を閉じろ」



にやにや笑いの止まらない陽一に向かって、蓮司が鋭く言い放つ。



「言えって言ったのはそっちだろ。全く、自分勝手なパパだな」



「そうだ、陽ちゃん、今って時間ある? この子の両親を探してあげてよ」



「そいつはいい小遣い稼ぎになりそうだ。だが、どうやらその必要はなさそうだぞ」



そう言って、陽一が顎を振る。

見ると、ドラエもんのような体型で、あんぱんマンのような顔をした四十代くらいの男性が立っていた。



「ぱぱ!」



ひー君が、その男性に向かって駆けて行く。



――ええっ! あの人が!!!



人間、あまりに予想外のことが起こると、声も発せなくなる。

悠斗は、それを身を持って体験してしまった。







「どうして、あの人がひー君のお父さんだって分かったの?」



二人にバイバイをした後で、陽一に向かって尋ねてみた。



「そっくりだったろ? 顔も、体型も」



そこまで言って、くくっと肩を揺らして笑う。

しかし、陽一はすぐさま口調を改めた。

蓮司が凄みを利かせた双眸で睨みつけたからだ。



「服装さ。素材は違うだろうが、シャツにズボン、ああ、それに靴もか、色合いが梶原と一緒だったろ?」



「あ……」と、悠斗は思わず声をもらしていた。

言われてみれば、そうだったかも。



ということは、ひー君は無意識に服装の色味を覚えていて、それだけで蓮司を本物のパパだと勘違いしてしまった?

ん~、やっぱり子供ってスゴイ。











その日の夜、悠斗はひー君の夢を見た。

なぜか蓮司そっくりに成長していて、三人でベンチに座って、たこ焼きを食べていた。







終わり













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