拍手ありがとうございました! バレンタインの話の続き? 見返りを求めない。そう宣言したからには、サビ丸は善透がお返ししてくれるという期待をすることが出来なかった。そもそも主人に対して見返りを要求するのがお庭番失格だし、サビ丸も別に善透がバレンタインのお菓子を受け取ってくれただけで喜んでいた。 三月十四日。天候は曇り。世間はホワイトデー。 何人もの男性が紙袋を手に下げ、街を歩いている。横目で彼らを通り過ぎ、スーパーの袋をいくつか持ってアパートへ帰ってくると善透が珍しく玄関まで出迎えてきてくれて、なんだか恥ずかしそうに戻ったのかと呟いた。違和感とちょっとの不安を抱えながら早速夕飯の準備しますねと告げると善透は首を振っていやだのあーだのとサビ丸を制止させる。 「どうしたんですか?」 「うん、サビ丸、あのな、まあその……悪い、今日は夕飯作らなくていい」 「え?」 善透は親指で居間を示すと少し唇を尖らせ、鼻で息を吐いた。流れるようにサビ丸はその指の先を辿るとちゃぶ台の上にはご飯、味噌汁、野菜炒めに焼き魚が並んでいる。 「作った。味に文句は言うなよ」 呆然として頭の中で繰り返す。善透が作ったと証拠はちゃぶ台に置かれていたが、彼の台詞に耳を疑った。あの善透が意味もなく何かをするなんてと。 しばらく悩んでたら沈黙が続いて、変な空気が漂ってしまったので、とりあえずサビ丸は必死に言葉を探して次にこう述べた。 「善透様が作るものに文句なんて……思ってても多分口には出しません」 「……お前喧嘩売ってんのか?」 どこから出したのか、便所スリッパでスパーンと頭を叩かれる。さすがに新品だと信じたいが、一瞥するとよれよれしていて年季が入っているように見えた。 「心が痛いです!」 「俺のほうが痛いっつうの。損害賠償請求すっぞ」 肩を竦めた善透は顔を赤くして眉を顰めている。なんとなくサビ丸は自分のために用意してくれたのだと考えた。そう思うと浮足立つ気持ちになってはっきりしたくて迷いながらもサビ丸は問う。 「もしかして、ホワイトデーってやつですか?」 「はあ?ただの気まぐれだろ」 「う、嬉しいですけど!善透様が料理作ってくれるなんてサビは幸せですけど!」 もったいなく感じて、ドキドキして照れ臭くて、幸せを噛み締める。 「真空パックにして冷凍保存しておきたいぐらいです……」 「言っとくけど、賞味期限あと五時間だからな」 急かされるみたいにサビ丸は柱時計を確認する。現在の時刻、七時ジャスト。 佇む二人は同じ時計を使って過ごしていて、共有していることに一種の奇跡を覚える。善透と出会った子供の頃のような、あの時の感覚。善透に救われたサビ丸がいた、昔の出来事だ。 「分かりました。今日までですね」 そう言って一秒、針が進み、静かな部屋でサビ丸が笑って頷くと善透は困った様子で舌打ちをしてそっぽを向いたのだった。 |
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