Title : お互いのルール⑤夜のお誘い編あの男は何かにつけて明け透けで、下世話で、はっきり言って底抜けに下品な野郎だ。 初めからそうだった。情緒も雰囲気もなく、恥は一時のかき捨てだと抜かし、こちらの都合や心情を無視し、最終的には彼主導で行為が進められることとなった。自分は心底失望したし、悪い意味で一生忘れられない初夜になった。 別に今更、あの男相手に夢や幻想を抱いてちゃいないし、壊れ物のように扱うつもりなど微塵もなかった。そりゃあ行為中に怪我をさせぬよう最低限の注意は払うが、生娘のような純情さを持ち合わせていない同性相手に遣う気はない。だが気の置けない仲だからこそ触れたいと強く願うのだ、その剥き出しの本性や肢体に。 そしてようやく念願叶って触れさせてもらえた部分は、彼にとって誰に触らせてもいいような、どうでもいい部分だったのかもしれない。冗談交じりに笑みを浮かべて不慣れな己を見下す仕草。普段からの粗暴さがそのまま表れた、雑な手練手管と。まるで作業じみた愛撫に加えて演技じみた甘ったるい声に、自分は嫌気が差してしまったのである。 有り体に言えば、あいつは糞野郎だ。抱きたいなら抱けばいい、やり方が分からないなら教えてやるから、などと宣い、こちらに歩み寄る素振りは微塵も見当たらない。性欲処理に付き合わせているかのような平坦すぎる態度を示されると、まるで自分だけが彼を好きなのではないかという、一抹の不安と下らない怒りが湧いてくる始末だ。 兎角、自分は最悪の記憶に一旦蓋をしておいた。 あの男に他人の情緒など解せるわけがなかったか、あるいはまだ早かったのかもしれない。想いを通じ合わせたその先にある肌同士の触れ合いなどに、いちいち思い入れを抱かないか、つまらないと唾棄するか、ほとほと理解してないのだ。 生殖を目的としないこの行為に、単なる快楽以外の”何か”をこちらが見出していることなど、彼は興味もないだろう。だから自分は手取り足取り、彼に教えてやることにしたのだ。 ジュダルは不機嫌そうな表情を張り付けたまま、自分の真上に寝そべっていた。寝返りが打てない、苦しい、と文句を述べながら。 二人分の重さで沈んだ寝台に背中を預けつつ、ジュダルの顔を観察した。切れ長の釣り目、まな下の隈、短い睫毛と、柘榴の実を彷彿とさせる紅蓮の瞳。 「んだよ、ヤリてぇんじゃねーの?」 「……違う」 胡乱な目つきで睨んでこちらを見下ろしてくる。長い前髪が目前に垂れたので指で掻き上げてやると、白くて丸い額が露わになった。 ジュダルの下品な問いには咄嗟に否定したが、半分は嘘だ。多少なりとも下心がある。湯浴みを終えたばかりの男をわざわざ私室に呼び出して、こうして寝台へ誘ったのは自分だ。 湿り気を帯びた毛束を指であやしつつ、心底機嫌が悪い顔を見つめた。彼はそっぽを向いて、つまらなさそうに唇を尖らせている。 「別にどっちでもいいんだ、俺は」 「はぁ?」 「ジュダルがここに居てくれたら、それでいい」 腕の中で痩身を抱き留めながらぼやくと、男はふんと鼻を鳴らして、会話はそれだけで終わった。 呆気なく訪れた静寂に耳を澄ませていると、いつしか耳元から寝息が聞こえてきた。ふと視線をずらすと、ジュダルがこちらの胸に頭を預けて眠りこけていたのだ。 さながら赤ん坊をあやす母親の気分だ。まだ眠りが浅いであろう彼を起こさぬよう体をずらして真横に寝かし、うつ伏せのままではあるが布団を掛けて寝かしてやった。いつの間にかすっかり落ちてしまっていた目蓋が開かれることはついぞなく、この日の夜は幕を閉じた。 そういう夜の時間をいくつか過ごしていた。 自分は飽きもせず頻繁にジュダルを呼びつけては体温を分け合うようなひと時を共有するだけで、何もしなかった。彼は毎晩決まって不服そうな顔を作るが、他人の人肌がちょうどよいのか、こちらの腕の中で眠ってしまってばかりだった。 無知な雛鳥に、ある種の刷り込みを行う親鳥の気持ちだ。こんな生易しい触れ合いでジュダルが何を感じ取ってくれるかは分からない。何も得られず空振りに終わるかもしれない。けれど、このささやかなひと時が馬鹿馬鹿しいと貶されようと、だ。自分が性欲抜きにしてもジュダルと触れ合いたいという思いが、少しでも伝わってほしかったのだ。 夜毎触れ合いの時間を重ねるごとに、変化が訪れたのはそう遅くなかった。 ある時は少し身じろぎながら、またある時はほんのりと目尻を赤くしながら。かの男はどこかもどかしそうに、こう述べるようになった。 「……なあ、いつまでコレ続けるんだ?」 「退屈か」 「そういうんじゃなくて、その……」 寝間着からすらりと伸びた素足の爪先を擦り合わせつつ、ジュダルは何かを言い淀んでいる様子だ。表情が見えやすいように、顔の周りの黒髪を払い除けた。 「白龍は俺とヤリてぇんだよな……?」 「それはお前次第だ」 「んだよそれっ」 布の上から胸板を叩かれて、むくれ面を作っていた。 何が不服だと言うのか。何を言いたいのか。 頑なに見せようとしてくれない本心は、いったいどこにあるのやら。天邪鬼な口は、心の底にひた隠そうとする彼の恥ずかしい本音を、いつ聞かせてくれるだろうか。 「ジュダル」 耳元に唇を寄せてから名前を呼んだ。背中に回した腕を動かして、曲線を描く背筋を寝間着の上からゆっくりなぞり上げてみる。腕の中で、彼が唾を飲んだ。 「どうした、顔が赤いようだが」 「なわけ……」 「なら俺の目を見て言え」 揺さぶりをかけるつもりで体の表面を撫でた。別に厭らしい意味は込めてない、つもりだ。単に幼子をあやすような、優しい手付きのつもりだ。 だがジュダルはすっかり動揺したような目つきで、こちらを見下ろしてくる。細い腕で自重を支えつつ睨みを利かしているつもりらしい。しかし瞳に差した光には威勢などちっとも感じられない。それは幼稚な虚勢、強がりである。 「白龍のくせに、あんま調子に乗ってんじゃねーぞ!」 「それで、強がりは終いか?」 「んだとっ……」 生じていた体の隙間に手を差し入れて、鎖骨のあたりを撫でた。袂の緩い寝間着の着方が仇となったのだ。肩口まで指を差し入れて、俄に汗ばんでいた肌の感触を感じ取った。 「少しは味わったか。俺の前で隠し事ばかりして……自分だけ高みの見物気取りした罰だ」 「う、るさ……!」 至近距離で叫ばれそうになったので口を塞いでやり、なるべく身動き取れないように羽交締めにした。当然ながら男は大層暴れてみせたが、顔の角度を変えつつ交わりを深くすると、みるみるうちに抵抗する力は弱まってゆく。その様は嗜虐心を大いにそそり、次はどんな手を使って弱みに付け込もうかと思案したくなるほどだった。 しかし今回の目的はそうではない。一度に畳み掛けても警戒心を抱かれては困るし、別に彼を虐げたいという欲求はない。あくまで今回の此れは”手段”のひとつに他ならないのだ。 好意を抱いた相手にしか見せないささやかな欲求を、ジュダルの言葉で教えてほしい。自分だけが伝えるばかりじゃ独りよがりで寂しいし、なんたってこの期に及んで隠し事ばかりは狡いだろう! 「観念したか?」 「うー……」 「それとも、寸止めされるほうが好みか」 乱れた前身頃の裾から覗く滑らかな脚を手のひらで撫でつつ、歯噛みする男の悔しげな表情を見た。濡れた赤い唇が何度も戦慄き、こちらの名前を吐息混じりで囁いてくる。その無自覚な艶っぽい仕草に、喉を鳴らすのはこちらの番だった。 「もう意地悪しないからさぁ、もっとちゃんと触れよバカ!」 「……」 「んだよその目は! 言いたいことあんのか!」 衿を掴まれて激しく頭を揺さぶられた。半泣きになって最早ヤケになったジュダルは手加減を知らないようだ。一旦興奮状態を落ち着かせるために背中を撫でて宥めたが、火に油だった。 「だってよお、白龍相手に調子狂わされんのは癪だし!」 「癪って、お前な……」 終いには肩から外れてしまった寝間着の袖はそのままで、ジュダルがこちらに縋りついてくる。露出した白い胸元が目に毒だ。 「それにもし変なこと口走っちまったら……聞かれたくねーもん、俺」 「それは……」 ほんの少し芽生えた嗜虐心を振り切って、なるべく冷静に言葉を選んだ。 「もし口走ったとしても、聞いてるのは俺だけだから気にするな」 「白龍だけには聞かれたくねーんだよ!」 「……」 そこまで頑なに否定されたら、是非とも口を割らせたくなるのが男の本能というものだろう。彼はもっと計画性があって打算的な人間だと思っていたが、妙なところで隙があるようだ。 そんな迂闊で憎めない一面を知れただけで今晩は満足だ。ジュダルの体を今一度抱きしめ直してから寝台に寝そべると、耳元で忙しなく罵詈雑言が轟く。ちっとも可愛げのない、しかしそんなところも可愛くて仕方ない。彼の本心からの言葉を胸の奥で反芻しながら、自分は馬鹿みたいな多幸感に包まれていた。 その晩以降、閨に誘う際は平素では見られないほど殊勝で健気なジュダルが見れるようになった。そしていつしか、彼がいじらしい態度を取る日は褥を重ねたいという合図であると、二人だけの共通認識として意識するに至るのである。 完 ![]() |
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