Title : お互いのルール①仲直り編



 たとえばお互い虫の居所が悪いとき。軽はずみな言動で相手を傷つけたとき。誤解を与えてしまったとき。
 たいてい、自分たちはひとしきり言い合いしたあと、険悪な雰囲気を抱えたまま宵を超す。頭に血が上りやすいふたりは怒りの沸点が低いだけじゃなく、自身の非をなかなか認めようとしない悪癖も共通していた。だから翌朝を迎えても顔を合わせようともしないし、穏便に済ませようとする努力もしない。先に頭を下げたほうが負けだ、という不文律の共通認識がふたりを支配していたのである。
 しかしこれではいけないと、先に声を上げたのは白龍だった。

 白龍は本格的にこの国の内政に携わるようになってから、他人と軋轢を生むどころか”和を以て貴しとなす”を地で行くようになった。無用な諍いをなるべく避ける為、互いの着地点を探りながら話し合いという平和的解決を模索するのだ。その涙ぐましい健気な努力は賞賛に値するだろう。
 が、何故かその平和的解決とやらの適用範囲は、己には及ばないらしい!
 驚くことに白龍の野郎は、自分にだけは愛想笑いも気遣いも世辞もなく、それこそ堕転していた頃と同じように剥き出しの感情をぶつけてくるのだ。とげとげしくて苛烈で、手の施しようがない怒りの感情は、平素の彼を知る者が見たら目を丸くするほどだ。その豹変ぷりは子供が見たら泣き出すほどだろう。

 兎角。身勝手な白龍の思い付きの提案を、懐の深い自分は渋々受け入れることにした。断る理由もないし、ここで衝突しても時間の無駄だと感じたからだ。
 提案内容は至極単純だった。喧嘩をして日付を跨いだあとの朝一番に必ず実行せねばならない、ふたりだけのルールである。



 朝起きてから部屋を出ると、廊下に面する壁際に凭れかかるようにして白龍が突っ立っていた。人の気配がまったくない冷たい朝だったから、そこに白龍が居たことが予想外で、思わず大きな声が出てしまった。不意打ちは心臓に悪い。
 腕組をして俯きがちに立っていた男は、こちらの存在に気づいてゆっくりと顔を上げた。
「……昨晩は悪かったな」
「……あー……」
 その一声で、彼が早朝から待ち伏せしていた理由に納得がいった。一体こんな早い時間から何用かと、こちらは気が気じゃなかった。その理由が腑に落ちて、自分は肩の力が抜けた。
「や、こちらこそ……」
「……」
「……」
「いや、俺の顔を見て謝れよ」
 目を逸らそうとした矢先、鋭い指摘が入った。
「約束しただろ」
「……」
「ジュダル。口が裂けても言わせるぞ」
 あちらは先に謝罪の文句を口にした。だからこそかは知らないが、言いたい放題である。
 そもそも彼は、本当に自分が悪いと思って謝罪したんだろうか。殺気立った雰囲気を隠しもせず脅し文句を以てこちらを威嚇するのだから、既に手に負えない。とにかく彼の目的は相手に反省を促すというより。
「あーもう! 悪かったって! ごめんごめん! これでいいだろ!?」
 謝罪の言葉を引きずり出せたら何でもいいんだろう。
 そう高を括って叫ぶや否やである。
「貴様、それが人に謝る態度か!? この恥知らずが!」
「んだよ一体、朝からうっせーな! じゃあどうすれば満足だ!? 土下座か? ここで土下座すりゃあ満足かよ!」
 お互い食って掛かる勢いで言い合いをすると、静かな廊下に二人分の怒号が響き渡る。自分たちの置かれている無様で馬鹿馬鹿しい状況が余計に可視化されるみたいで、なんだかみっともない。姿は見えないがどこかに居るであろう宮仕えたちは、きっと頭を抱えているだろう。
 自分たちの見苦しさには白龍も早々に気づいたようで、気まずそうに口を閉ざしてから視線を彷徨わせていた。

「……そういうことを言いに来たんじゃなくて、俺は、その」
「……」

 二人で取り交わした仲直りのルール、それは至極簡単なことだ。喧嘩が宵を超した時は、翌朝早々に顔を合わせてお互いに謝る。たったそれだけである。

「すまない。つい、取り乱してしまって」
「……別に、俺も同じだし……」

 喧嘩の発端はよく覚えていない。明らかに一方が原因だとしたら許してもらえるまで謝るしかないのだろうが、今回の場合は両成敗である。恨みっこなしで相手の粗末な謝罪を受け入れるしかないのだ。
 それにしても白龍は変だ。同僚や仕事仲間との議論が白熱することはあれど、言い合いの喧嘩に発展することは一度もなかった。苛立ちや怒りの感情を制御するのはとうにお手の物で、立ち回りだって上手い。もう昔の頃みたいに、周囲に復讐心をまき散らす子供じゃないのだ。
「……なんで白龍は俺にだけそんな突っ掛かってくるんだよ」
「……」
 素直に思ったことを口にすると、白龍は分かり易く口ごもった。
「俺相手なら何言っても許されると思ってる? 憂さ晴らしのサンドバッグってこと?」
「ち、違う!」
「……」

 勢いよく否定されたので面食らっていると、彼は今度こそ弁解の為に口を開いた。
「お前とは気の置けない仲だから、その……要するに、気が緩んでしまうようだ。ジュダルの前だと取り繕う必要もないし……」
「あー、普段のアレは我慢してるだけってこと?」
「……」
「コレが素の白龍ってか」
「……大人げないだろ」
 白龍は重たい溜息を吐いて、気まずそうに頭を掻いていた。
「まー別に、今更よそよそしくされてもキモイし……俺はどっちでもいいけどさ……」
「……」
「そのままの白龍でも別に、俺は気にしねえし……」
「……ジュダル、」
「あー、朝から大声出して腹減った! さっさとメシ食いに行こうぜ白龍」

 なんだか気恥ずかしい雰囲気になりそうなのを察知して、自分は全部誤魔化すつもりでその場を駆け足で立ち去った。
 照れ隠しにしては少々露骨であからさま過ぎただろうか。だが後ろについてくる白龍はそれ以上何も言わないし、引き留める素振りもない。視界の端で捉えた表情はどこか緩みきっているように見えたが、敢えて触れないでおいた。




※お礼文は龍ジュダで全5種です





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