★ギィギィの二枚舌コレクション
「あきんど」


 いらっしゃあい。二枚舌工房店主、ギィギィと申しまアす。今夜の嘘は何にいたしましょう?
 ……はい、「あきんど」の由来、ですか。
 商いの人、が訛って「商人」ですとか、収穫の時期、つまり秋に来るから「秋人」ですとか、色々な説がございますけどもお、一番好きなのは沖縄の「ユゥーガアキンドォー」が元だという説ですねえ。これをお話しいたしましょうぅ。
 「ユゥーガアキンドォー」というのは妖怪の名前……というのは正確ではないのですが、「アキンドォー」と言えばこの妖怪を指すのですねえ。沖縄の言葉は発音が少々独特でしてえ、昔は「エ」と「オ」の音がほとんどなかったそうなんです。たとえば「心」は「ククル」になるのですねえ。他にもサーターアンダギーの「サーター」は「砂糖」、離島を指す「ハナリ」はつまり「離れ」、といった音の変化があるのですう。「ユゥーガアキンドォー」は、そうですねえ、「夜が明けるよ」という呼びかけとでも訳せばよろしいでしょうかあ。あ、これはねエ、ただでさえネイティヴでないうえに、私は舌が二枚あるものでどうにも発音がむつかしいのですけど、「ドォー」と「ドゥー」の中間のような音を想像していただけるとより正確でございまアす。
 アキンドォーは家族が寝静まり、最後に起きていた人のところへやってきます。戸口を叩くというより揺らして、「アキンドォー、アキンドォー」と呼ばわります。この場合の「アキンドォー」は「戸を開けるよ」という宣言なのですが、妖怪の例に漏れず、アキンドォー自身が戸を開けることはできません。家人が戸を開けてやると、持ってきた芋の葉を広げて、三つ目の魚や産毛の生えた蛸なんていう珍しい海産物を「上等持ってきたよ」と言って売ってくるのですウ。アキンドォーの売りものはどれも美味ですが、対価として受け取るのはヤドカリが棲家にしていた貝殻のみであるうえに、これがなんとも厄介なのですけれど、アキンドォーを迎え入れてしまったら何か買ってやるまで帰ってもらえないのですよウ。
 で、うっかり対価を用意せずアキンドォーを迎えてしまったり、あるいは戸を揺すられるのがイヤァなときは、「ユゥーガアキンドォー」と言えばアキンドォーは慌てて帰ります。夜が明けるよ、と言われて慌てるのは妖怪だからと言われていますが、「次の漁があるからだ」なんてユーモラスな説もございますう。で、このアキンドォーのように出向いてきて物を売る人を「アキンドォー」と呼んでいたのが、いつしか行商人だけでなく商いをする人全体の呼称になり、それが江戸時代の琉球と朝廷との交流のなかで江戸へ伝わったのですねえ。


 本日の嘘にはご満足いただけたでしょうかあ。
 ああ、お代は既にいただいておりますのでえ、お財布は出さなくて結構でございますう。
……ああァ、そのお顔、さてはご自分が何をお支払いになったかお気づきでないイ、なるほどなるほど。いいええ、お気づきでないのなら、その方が幸せでございますので。
 ふふふ。それでは足元と目のよく光る猫に気をつけてお帰り下さいねえ。
 またのご来店、お待ちしておりますう。



20150101thu.u
20141229mon.w



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