【王族と奴隷】 しげカイ
「可哀相な俺のカイジさん」 しげるはうっとりと愛おしげに俺の頬を撫でると、ちっとも憐れんでなんてなさそうな声色でそう言った。 ついこの間まで、というか半年ほど前まで下層とはいえただの民間人だった俺が奴隷に落とされて幾日も経たない内に、相場を遙かに超える多額の金で俺を買い取り主人になったのはまだ13歳の子供だった。 変態野郎のペットか、猟奇趣味の生贄か、売り場が売り場だったのでただの労働目的で買い取られる可能性が低かったから、どんな奴にあたるか、そもそもこんな野郎を欲しがる買い手がいるのかなどなど、腹をくくっていた俺に差し伸べられた細く白い手の記憶。 檻の隙間から躊躇なく入り込んで、それは俺の髪を掬っていくらか弄び、よしよしと犬猫を愛でるように頭を撫でた。 薄い逆光の中佇むまだ幼さの色濃い相貌。 下卑た欲望に塗れた人でなし連中の集まる、反吐の出そうな空間で周りを圧倒するどこか清廉ですらある雰囲気を纏った子供は、ぽかんと口を開けて間抜け面を晒している俺に微笑みかけて、「おいで」と呟き、あっという間に自分の物にしてしまった。 「カイジさん、おいで」 あの時と同じように、人にあらざると蔑まれる最下層の身分である奴隷に向けるとは思えない声色、微笑みでもって、俺に手招きするしげるの脚元へ跪く。 言いつけ通りに傍に侍る様子を豪奢な椅子に腰かけながら眺めている姿は流石王族、様になっている。 これで侍っているのがせめて見目麗しい美女なら、もっと様になっていたろうに。 なんだってこんなむさ苦しい、傷のある男を置きたがるのか。 「カイジさんは良い子だね」 頬を包んで身体を少し屈めてくるのに合わせて瞼を閉じると額に軽いキスが降ってきた。 それから瞼、こめかみと伝って、予感につい固く引き結んだ唇にも。 「まだ緊張する。そろそろ慣れても良いんじゃない?」 「・・・慣れるかよ、こんなこと」 くすくすと可笑しげな吐息が零されるのに対して、キスとはいえ児戯のような触れ合いにさえ不慣れなことを恥じて反論してしまう。 しかししげるは、口応えなんて馬鹿なことをした奴隷を叱りもしない。 俺の首輪についた金の鈴をちりんと指先で鳴らして、「そういうところも可愛いよ」なんて囁いてご満悦だ。 精巧な細工が施され宝石があしらわれた、一体どれほどの価値なのかも測れない首輪を、こいつはまるで女にアクセサリーでも贈るみたいに俺に手ずからつけてくるのだ。 そして折にふれてはその存在を主張し、所有物であることを悟らせてくる。 「今度はカイジさんからキスしてよ」 形の整った赤い唇を淫靡になぞって告げられた言葉に、眉間に皺が寄る。 「それは命令か」 「んーん。お願いかな。こういうことは強制させると楽しさが減るもの」 「・・・・したくないって言ったら」 「どうしても出来ないっていうなら、命令する」 「結局やらせる気じゃねぇか」 「だってカイジさんにキスされたいんだ」 無邪気に甘えるしげるは、他の人間の前ではもっと冷めて大人びて得体の知れない、あまり人間らしくない態度を取っている。 奴隷を悪戯に痛めつけたり、無理難題を命じて遊んだり、そういったことに興じる残酷な暴君ではないのだ。 れっきとした付き人も、執事でさえ、ほとんど近くに寄らせない。 一人気ままに違う世界を見て生きているような、人の世に誤って落とされた遠い存在じみた人格。 けれど俺と二人きりでいる時は、ぐっと距離が近くなる。 人間らしい欲、子供らしい表情や態度。 そういったものが表に出てきて、我儘でませていて甘えたがりの餓鬼になる。 「・・・キスって、どこに」 憮然とした声で尋ねるとにんまりと嬉しそうに口元を歪めて、自分の唇をふに、と押し示す。 「勿論、ここ」 「・・・・・・目つぶってくれ」 「ふふ、良いよ」 はぁと溜息を吐いて覚悟を決めると、立ち膝で背伸びをして笑っている口めがけて一気に押しつける。 こういうものは決意してすぐの勢いが大事だ。 一瞬で離すと物足りない顔でもう一回とか、もっと長くとか注文をつけるのは目に見えてるから耐えて耐えて頭の中で5秒カウントする。 1、2、3、4、ご、っ・・・・・・!? 「――――ん、ちゃんと我慢して、お利口だね」 「っ・・・ぁに、しやがる・・・!」 「大人のキス」 餓鬼のくせにと上手く回らない舌で毒づけば、ご主人様にそんなこと言って良いのと、額をちょいっと柔らかく小突かれる。 「カイジさんは可哀相だね」 またそれか。同情している風な口調で、不幸な境遇を憐れんでいるのかと思えば、こいつは可哀相という言葉を可愛いと似たような意味で使っている。 「奴隷にされて、金で買われて、もう自由に死ぬことも出来ない。一生俺の我儘に付き合って俺の傍で生きるんだ。本当に可哀相。俺の可愛いカイジさん」 ぎゅうと頭を抱きこまれお気に入りのぬいぐるみ状態にされて、ぽんぽんと背中を優しくたたかれる。 あやされてるみたいだ。ぐずる赤ん坊じゃあるまいし。 可哀相可哀相と言うけれど、主人がお前だからまぁ絶望的じゃないさ。 そんなことを言うと調子に乗ってまた恥ずかしいことを強請るだろうから、黙ってぬいぐるみになり切ることにした。 |
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