※JDG MEMO 2010/08~09に行っていた お中元企画”GIFT CATALOGUE”の作品を再UPしています。お楽しみいただければ幸いです。※ 真矢×宇崎 summer time 車窓から見える鮮やかな色合いの緑は 傾き始めたとはいえ強い夏の日射しに照らされるのがちょうどいいように思えるから不思議。 午後になっても暑くて仕方ないなんて乗車するまで零していたのに 涼しい場所に入ってしまうと現金なものだなんて自分で自分に笑ってしまってから、誰かに見られてはいないかと周囲を見回す。 最後尾の座席から望む車内に人気はなく ただひたすらに真っ直ぐな道を心地良い程度の車の走行音をBGMに走っていた。 隣合わせで座る真矢は疲れていたのか右へ左へユラユラ。 なかなかじっくり見る機会もないから綺麗に整った横顔を眺め見る。 時折現れる道の凹凸も心地よい揺れのリズムに微妙なアクセントを付ける程度。 窓際に座る俺の影がちょうどサンシェードの役割になっているようで一向に起きる気配はない。 散歩がてらの買い物の途中でバス停の前を通った。 幾つかの路線の中にいつか行った海の名前を見つけた。 一本で行けることを知った直後、その名を終点に掲げたバスが現れた。 ただそれだけのことで俺達は今、バスに揺られている。 乗ってみようか、と何の気なしに問うて 乗ってみよう、と何の気なしに応えて どちらがその問いを口にして、どちらが応えたのかも曖昧なくらい自然で。 頬にかかる髪は太陽の光で透けるように輝く。 消えてしまうのではないかと一房手にして指に絡める。 確かに感じる存在に息を吐くと、同時に耳に届く小さな笑い。 「いつから起きてたんだよ」 「今。何か柔らかいものに触れられてる気がして」 笑いを声に含ませる指摘に握ったままの髪を強めに引っ張ってやる。 「やめてよ」 それでも声音は変わらぬまま。 多少の照れ臭さと楽しげな笑い声に感じるどうにもならない擽ったさに指を解いて髪を解放してから、サンダルを履いた足の脛を軽く蹴飛ばした。 「照れてるの?」 うっすら頬が熱く、額に汗が滲む。 けしてそれは真矢のせいではないということを示したくてサンダルの角を何度か自分のサンダルで小突く。 「誰が、照れてなんか」 多少裏返っている気がする自分の声にも蹴られている筈なのに何故か更に笑う真矢にも何故か焦る。 「…もう蹴れないようにこうしちゃおっか」 「ちょ、おい、何を…っ」 「俺が掴まえておくの」 蹴飛ばした足に自分の足が掴まえられて絡まれ、そのまま車の揺れに合わせてゆらゆら揺らされた。 どこか子供っぽい表情も行動も国会では勿論、寮でも見られない。 その顔を暫く見ていたかったし、言っても聞かないだろうから、と、諦めて遊ばれるままに自分の足も動かす。 「今から行くと夕焼けの海が見られるかな」 「そうだな、多分、それくらいだろ」 景色が次第に見慣れないものへと変わっていくことも 少しずつ信号が減っていくことも 体感時間がいつもの時間でないようにゆっくりと回っていくことも 窓に近い肩だけがじりじり次第に暑くなってくることも まるで今日の全てを最初から計画してたかのように当たり前に俺達はそこに馴染んでいた。 「乗ってこないね」 「貸し切りバスみたいだな」 「二人でこの大きさのバスなんて凄い豪勢な貸し切りだよね。冷房も効いてるし」 停留所は幾つも通り過ぎたけれど、一向に人は乗ってこない。 広い車内に運転手さんと、俺と、真矢の三人だけ。 まだ暑いとはいえ海水浴のシーズンは終わったし、この時間に帰る人はいても向かう人は少ないのは当然かも知れない。 俺達はまだ暫くはバスの中、人が乗ってくるかどうかを確認しながら 特に何でもない会話を喋ったり、喋らなかったりするんだろう。 そのこと自体は普段通りの筈なのに、無性にこの時間が長ければいいのにと感じるのは。 「なんだか夏休みみたいだね」 真矢が俺の肩越しに風景を眺めながら呟いた。 『夏休み』 子供の頃の、汗をかいて走り回った一日の蝉の声と熱い風。 傍らには教室とも学校とも違う顔で笑う友達。 時間を忘れて、行きたい方へと行って 仲間と打ち合わせもせず皆が自分の思うままにしているのに それが全て同じ方角、同じことで 何か特別なイベントがあるわけでないけれど、とても楽しくて。 気が向くままに偶然来たバスへ乗った俺達を例えるなら、そう、その通り。 「じゃあ、今日が俺達の夏休みだ」 絡んだままの足は熱いのに、座席についた手に手を重ねて、相手の指を握った。 一瞬驚いたように目を丸くした真矢が、次第にその目を細める。 「万尋さんと夏休み」 「不服か?」 表情で充分わかったけれど、敢えて問うと、まさか、と指を握り返される。 「嬉しい。ありがと」 「なんで、御礼?」 「嬉しい気持ちをくれたから」 海まで向かう停留所はもう数少なく しかし誰も乗ってくることがないまま 落ちたスピードが何事もなくまた上がっていくのを身体で感じて、今またひとつ停留所を通過したことを知った。 「それなら…俺もありがとう」 真矢の隣で人気のないバスに乗っている今が嬉しい。 次第に近付く海の気配。 閉まった窓の向こうから潮の香りがした気がした。 「万尋さん、海が見えてきたよ」 優しい手付きで繋いだ手の甲を撫でて、真矢が外に再び視線を向けた。 目線を映すと波間が光る水面。 キラキラ反射するそれは、消えてしまいそうだと思った真矢の髪の色に似ている気がした。 「あ、今俺達が乗ったところに行くバスだよ」 「本当だ」 対向車線を走るバスに路線図しか見てこなかったことを思い出す。 果たしてこの系統のバスの本数が多いのかも帰りのバスが何時にあるのかもわからない。 自分達が乗ってきたバス停の名前は覚えていたけれど、それ以外のことは何も調べていないし 第一、簡単に調べられるとわかっているけれど、調べる気もない。 なかったらなかった時考えよう。 これは、自由気儘な夏休みなのだから。 「綺麗だなあ」 光る海が少しずつ近付いていく。 「うん、綺麗だね」 「な、本当に…」 「目が光に反射して海と同じように光ってる」 思いもかけない程に近くで声が聞えて、驚きに息を飲むと頬に柔らかな唇の感触。 硝子についた真矢の片手と椅子の背凭れの間に囲わるように入り込んだ俺は身動きできない 。 冷房が効いた車内の筈なのに 先程まで肩に、頬に、足に、指に感じていた暑さも、熱さも、一気に心に集中していった。 海まではあともう少し。 それまでは、足も絡んでいることだし蹴飛ばさずに、このままいつでも解ける優しい檻に囚われていようと海だけを 真っ直に見つめた。 |
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