■ 陽だまり

 ―――珍しいな。
 三成に頼まれていた書を取り、戻ってきた吉継は、陽だまりの中、縁側の柱にもたれて眠る三成に
足を止め、頭巾の下で微笑を浮かべた。
 連日の激務に、余程疲れが溜まっていたのだろう。この大谷の屋敷に来て、他愛のない会話を
交わし、久しぶりにのんびりとくつろいでいたのはつい先程のこと。部屋を離れて戻ってきてみれば、
三成はこのように、無防備な寝顔を見せていた。
 柔らかな陽の当たる縁側にそっと足を進め、吉継は纏った衣の裾を折り、三成の傍らへと静かに
腰を下ろした。
 よく眠っている。
 無防備に柱に身をもたせかけ、静かに寝息を立てている三成のその寝顔を、改めて見つめた。
 明るい陽の光をいっぱいに浴びた中、眠る愛しい無二の相手。整った雄の顔に流れかかる栗色の
跳ね髪が、照らされる陽光と同じ色に眩しく溶けて見えた。
 ―――つきりと、胸の奥が熱く疼く。
 自分の前でだけは、こんな風に無防備な寝顔を見せてくれる三成。お前もそうだと三成はいつも
喜んで笑うが、三成だって同じだ。誰にも見せない顔を、互いにだけは見せ合える。
 ―――今だけは、豊家を支える治部は、自分だけのもの。
 凛々しく整った顔を見つめて、鼓動が治まらない。
 瞼を閉じていても思い出す、意志の強い眼差し。潔癖で正義感に溢れた熱い魂。この世の全てを
敵に回そうと信念を曲げないこの不器用な男の生き様が、この顔に表れている。
―――何よりも、誰よりも、この男を愛おしいと思って止まない。
 重ねた白い衣の胸元を掴み、吉継はそっと、三成へと顔を近づけた。寝息の振りかかる距離まで。
「――――――」
 間近に彼を見つめ、そのままそっと、唇を重ねようとしたけれど―――唇が触れ合う寸前で、
熱く高鳴る胸元を掴んで押さえ、吉継は身を引いた。
 病のこの身で、安易に三成に触れるわけにはいかない。万が一にもうつしてしまったらと思うと。
 何よりも愛しい寝顔を見つめて、吉継はそっとその眼差しを伏せた。その時―――
「………っ……」
 突然、三成が目を開けた。思いもかけず間近で彼と目が合い、驚いて息を詰めてしまう。
 三成は真っ直ぐな眼差しで、自分をじっと見つめていたが―――
「―――ッ……」
 突然熱い腕で自分をぐいと抱き寄せ、唇を重ねてきた。
「…、起きていたのか…、」
「え? いや、寝ていたが」
 まだまどろみの残る目を大きく瞬きさせて、三成は真顔で答えた。
「目が覚めて、目の前にお前がいたら、抱き締めて口付けたいに決まっている」
 凛々しい顔を嬉しさに綻ばせて、三成は体中で抱き締めてくる。当たり前じゃないか、と髪に唇を
擦り寄せて笑う三成に、長い睫毛を揺らめかせて吉継は戸惑いに震えた。
「えっ、もしかして、今、俺に口付けようとしていたのか?」
「……、………」
「何だ、もったいない事をした! お前からしてくれるなんて珍しいのに!」
 冷静な面持ちのまま頬を染めている吉継を間近に見つめ、三成は本気で残念がって口を尖らせて
いた。
 抱き締められた腕の中で、頬を紅くした吉継は目を伏せていた。
 だから三成は、馬鹿だというのだ。
 だから―――こういう所が、三成には敵わない。
 三成は、好きという気持ちを隠さない。何も考えず、難しい回り道で足踏みをせず、ただ真っ直ぐに
熱い情をぶつけてくる。子供の様に純粋に。
 冷静になりすぎて踏み出せない自分を燃やし尽くす勢いで。
「じゃあ、もう一回寝るから! はい!」
「……、」
 もう一度柱にもたれ、子供のおねだりの様に目を閉じて笑う三成に、吉継は更に顔を赤くした。
けれど微かに睫毛を揺らし―――そっと、唇を触れ合わせた。
「…、今日は、良い日だな」
「…何故」
「今日は、お前から口付けてもらった。だから良い日だ」
 たかがこんな事で、素直に喜び子供の様にはしゃいで笑う三成。―――たかがこんな事で喜んで
くれるのが、嬉しい。
 切れ長の目を微かに潤ませ、吉継はもう一度愛しい唇にそっと口付けた。驚く三成の熱い首筋へと、
微笑ってしがみついていった。私も少し、この男にならって馬鹿になってみよう、と。
「よ、吉継、?」
 戸惑いながらも、三成は喜んで抱き締め返してくれる。陽に溶ける栗色の髪に顔を埋めて、瞼を
閉じていった。

 陽だまりの中の三成の髪は、大好きな陽の匂いがした。



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