拍手ありがとうございます!
ジャミル夢本「mellow」おまけSSです。お礼になるとよいのですが。





 ある生徒が体力測定で投擲距離を伸ばすためにこっそりと魔法を使ったがコントロールに失敗し、運動場の遥か彼方の森までボールを飛ばしてしまった。当然その生徒は違反がバレて減点。やり直しをさせられた。
 そこまではよくある話だが、違反をした生徒の投げたボールが授業終了間際となってもみつかる気配がない。バルガス先生は連帯責任としクラス全員でボールを探すよう命じた。全員不満を口にしながらも己の評価を下げたくがないために大人しく言う通りにボールが飛んでいった方角を目指した。
 ジャミル・バイパーも同様にボールが落下したと思われる場所の周辺を探していた。
 違反をするのは構わないがバレないようにやれ、と内心毒づきながらボールを探す。場所の検討がついているとは言え、この広い森を確かに一人では探しきれない。ボールが戻ってくればクラス全体の減点はなし、ボールをみつけだした者には測定結果にほんの少しだけ色をつけてやると言われたが、10段階評価中5を目指しているジャミルには興味のない話だ。適当に授業が終わるまで探す振りをしていた。
 ふらふらと視線を巡らせながら歩いているとどこからともなく瑞々しい甘い香りがしてきた。ジャミルの脳裏に少年時代にアジーム家の屋敷で出会った名前も知らない使用人の少女の姿が浮かぶ。ほんの少し違うが彼女からもよく似た匂いがした。どこから香っているのか気になり、ジャミルは匂いのする方向へと進んでいく。たどり着いた先には深緑の葉の間に小さなオレンジ色の花が咲いている木があった。木の下には小さな花が散らばっておりあたり一帯に鮮やかなオレンジの絨毯が引かれているようだ。近づくと透き通るようでしつこくはないのに強烈な甘い香りが漂ってくる。使用人の少女の困ったような笑顔が浮かぶ。

「どうしたんですか、ジャミルさん」

 唐突に背後から声がした。振り向くと同じクラスのアズール・アーシェングロットがいた。ついてきていたのかそれともたまたま同じ場所を探していたのか。

「アズールか。…いや、甘い匂いがして、つい気になってな」
「あぁ。『金木犀』ですか。確かにそんな季節ですね」
「へぇ、これは『金木犀』というのか。熱砂の国にはない植物だな」

 ジャミルの知らない草木の名前を人魚のアズールが知っていることに驚いたが、ジェイドに教えてもらったそうだ。
葉に軽く触れると小さな花は匂いを散らしながらぱらぱらと落下する。ジャミルの脳内にまたアジーム家の使用人の少女の姿が浮かぶ。姿形、声、表情、そして少女に触れられた感覚。
 風が吹いて周囲の木が揺れ、金木犀の香りに包まれる。彼女の笑顔、温かい体温、柔らかい肌、そしてあの甘い、
トン!と何かが地面で弾む音がした。ジャミルは我に返った。足元を見ると体力測定で使っていたボールが転がっていた。どうやら木の上に引っかかっていたようだ。
 ボールを拾い上げるとアズールへ投げた。アズールはわたわたと慌てて手を広げなんとかボールをキャッチした。

「やる」
「いいんですか? 僕に点数が入ってしまいますよ」
「あぁ。むしろ点数稼ぎに躍起になっていたじゃないか。これでお前の補習に付き合わされないよう手を打ってくれよ」
「わかりました。ひとつ貸しにしましょう」

 ジャミルは早く運動場に戻ることにした。金木犀の香りは悪くないが、これ以上あの香りを嗅いでいるとあのアジーム家の使用人の少女が鮮明に浮かび、この場合で思い出すのは憚られる思い出も蘇ってしまいそうだった。
 森を出る瞬間にまた微かに金木犀の香りが鼻を掠めた。誰かに後ろ髪を引かれたように思えた。







ついでに一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)
あと1000文字。