「あ、あのっ、仁ノ岡さんですよねっ」
急にかけられた可愛らしい声に振り返れば、そこには男の子の姿。小学校高学年くらいだろうか。彼の後ろには、更に小さな男の子が隠れている。
「確かに私は仁ノ岡ですが、君は?」
男の子に視線を合わせるようにしゃがみこむ。彼は少しおびえたように息を飲んだが、後ろに隠れた男の子の「兄ちゃん」という声に、意を決したように手にした紙を差し出した。
「おれ、佐田たかしっていいます。これっ、読んでください」
何だろうと紙を開く。そこには達筆な筆文字でこう書かれていた。
『急にアフリカへ行くことになった。こいつら頼むわ。そういう約束だろ? 定岡正』
私はため息をついた。定岡というのは私の高校時代からの友人で、どこか頭のねじが1本外れているんじゃないかと思うくらい突拍子もない行動をするやつで、私が淡い思いを抱き続けている相手でもある。高校時代に冗談半分で交わした約束を、今頃になって持ち出してくるなんて。
「たかし君だったね。君は定岡とはどんな関係だい?」
「ただしおじさんとは、一緒に住んでてっ」
「ああ、そういえば甥っ子と一緒に住んでるときいたことがあるけど、それが君たち?」
問えば、たかし君は首をぶんぶんと縦に振った。
「そうか」
ため息とともに吐き出せば、目の前の男の子はびくりと体を震わせる。後ろの弟の手をぎゅうと握り締めて、叫んだ。
「あのっ、おれたち何でもしますから、だからっ」
そこで私はやっと目の前の兄弟の不安に思い至った。
「ああ、ごめんね。今のため息はそういう意味じゃないんだ」
手を伸ばしてたかし君と、その弟君の頭を撫でる。
「定岡が戻ってくるまでうちにいればいい。とりあえず、家に案内しよう。おいで」
そう言うと、たかし君はやっとほっとしたように笑った。
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