みかん:トキ音

 ……スッゲー暇だな。
 手にしていたスマホを畳の上に放り出して、俺はごろんて横になる。
 さっきから延々とスマホで動画見てたけどもう限界かも。っていうか、今日のロケ一体どうなっちゃうんだろう? 宿泊先のホテルでずーっと待機してるんだけど全然連絡来ない。横になったまま目だけを動かして窓の外を見る。何にも見えないんですけど。まだお昼のはずなのに部屋の中薄暗いし、風の音凄いし、雪凄いんですけど。てか、昨日の夜からずっとなんですけど。
 えー、マジでー、大丈夫なのこれ? いつになったら雪止むの? てか、ロケとか出来るの? 冬こわ。冬の山こわ。
「……音也」
 ウンザリを固めて声にしたみたいな感じの声で名前を呼ばれる。ごろりと転がって声の方に向き直ると、分厚い本から顔を上げたトキヤがこっちを見ていた。
「何?」
「うるさいですよ」
「俺何にも喋って無いけど」
「気配がうるさいんです」
「ちょっと」
 この状況に流石のトキヤもうんざりしてるのかもだけど、ちょっと言い方ひどすぎるんじゃない? 俺は腹筋で起き上がって、座卓の向こうのトキヤに唇を尖らせる。
「気配がうるさいってどういう事だよ」
「そういう所です」
「ちょっと!」
「待ちなさい」
 俺の気勢をそぐように、ブブブ、とトキヤのスマホが震えた。
「はい、一ノ瀬です」
 あ、なんか良くない知らせの気配。トキヤの眉間がどんどん狭くなって行く。
「はい、はい。……わかりました。連絡お待ちしてます」
 はあ、と大きな溜息をついてトキヤがスマホを座卓の上に置く。
「なんて?」
「今日のロケは中止だそうです」
「あー」
 なんとなくそんな予感はしてたけど、やっぱそう来たか。この天気じゃ外に出るの危ないもんね。俺とトキヤはバラエティ番組のロケで昨日からここに来ていた。温泉とグルメと冬のアクティビティを紹介する系のロケで、温泉とグルメは昨日撮影が終わって、今日はスノーモービルとかスノボとかあとなんかサプライズの何かを体験する予定だったんだけどなぁ……。明日晴れればいいけど、これ、大丈夫か? 
 窓の外の雪、全然止む気配無い。てか、明日ロケ出来たとして、無事に東京帰れるのかな? 俺、明後日別の仕事入ってるんだけど……ってそれはトキヤもか。
 ヤバいな。ちょっと緊張感漂ってきちゃってる。トキヤ、また本開いたけどアレ、絶対頭に入ってないでしょ。すっげ溜息連発してるし。
 まあ、気持ちはわかるけどね。トキヤ、明後日の夜舞台挨拶あるから。先月公開された映画の大ヒットお礼のヤツ。トキヤ主演だし、かなり気合入れてた映画だし。万が一東京帰れなくて欠席とかなっちゃったらいたたまれないよね。俺の仕事はラジオだから最悪音声だけで参加とか出来るけどでもやっぱ生で参加したいし。天気のせいってか自然相手だからっていっても、やっぱヤダ。
 あ、トキヤ本閉じた。テレビのリモコン掴んだ。珍し。
「……続いてお天気です。この冬最強の寒気が流れ込んだ影響で……」
 すっげ真剣な顔でテレビ見てる。おー、都内も雪で大変そう。ってか、この雪明日まで続くの? 俺が目を見開くと、トキヤはテレビの電源を消した。わー、機嫌悪っ。はぁぁぁぁ、って長く息を吐き出したトキヤが腕を組んで天井を見上げる。何この空気。メッチャ重くて息ぐるしい。ヤバいな、これはちょっと耐えられない。空気! 空気変えないと!
「あのさトキヤ」
「何です」
 鋭く冷たい声が突き刺さる。うう、頑張れ俺。あれだ、あの話なら健康マニアのトキヤも喜ぶ!
「トキヤはみかんの筋ってとる派?」
「は?」
「どっち? とる派? とらない派?」
「とりますが?」
「えっ! なんで!?」
「なんで、とは?」
 俺がびっくりして身を乗り出すと、トキヤが不思議そうな顔をする。や、だってびっくりするじゃん!
「だってみかんの筋だよ? なんでとっちゃうの? 健康マニアの一ノ瀬トキヤが!」
「どういう言い草ですか」
「だって!」
「みかんの筋にはビタミンCが含まれているからですか」
「あれ?」
 え、ウソ。トキヤ知ってんの? それ、俺が今言おうとしたんだけど??
「あなたが出演していたクイズ番組の問題でしたね。みかんの筋は取った方が良いか否か」
「観てくれたの!」
「ええ。あなたが最下位になって罰ゲームで粉まみれになった所も」
「美味しかったでしょ?」
 嬉しくなった俺が笑うと、トキヤが瞼を半分下ろす。アレ? なんか思ってた反応と違うんだけど。
「番組的にはそうかも知れませんが、一問くらい正解していただけませんか?」
「うっ」
「あなたと同じ答えになった方が、うわっ、音也と一緒って! と仰ってましたよね? そのポジション、危険です」
「なんで?」
「芸人殺しだからです」
 うっ、と俺は息を飲む。確かに、あの日は回答者の中に馬鹿キャラで売ってる芸人さんもいた。俺は美味しかったけど、もしかして営業妨害だったかも??
 俺の頭から血が落ちるのを感じた時、トキヤの口元がふっと緩む。
「まあ、今更こんなことをいっても仕方ありませんね」
「トキヤ?」
 俺が瞬きを繰り返すと、トキヤは窓の方へ顔を向ける。
「この天気ですし、今日は撮影は中止だそうですから。お風呂でも入りに行きましょうか?」
 吹っ切れたみたいな感じで誘ってくるトキヤに、うん! と俺は返事をした。




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