
拍手ありがとうございました!
Small memories
入りきらなかった分です^^
初めて訪れたアメリカ、ワシントン州・シアトル。
シアトル・タコマ国際空港に降り立ったオレは、まだ妄想と現実の境目で、半信半疑のままだった。
自分の足で歩けている感じがしない。
本当は、頭でも打って病院に運ばれながら死にゆく中で見ている夢なんじゃないかとも思えてくる。
「地下鉄もあるけど、それほど長距離でもねえし、タクシー使おうぜ。迷うのなんか嫌だしな」
旅慣れた感のある倉持センパイに先導され、言われるままに荷物を受け取り、
タクシー乗り場へと向かった。
「栄純くん。とにかく、一人にはならないでよね。ここはアメリカなんだよ?
法律も通貨も違うし、問題起こしたら強制退去だよ?」
春っちも脅してくる。今日は朝からずっとお兄さんみたいな表情だ。
会ったばかりの時には心配そうにしてくれてたのに、オレが徐々に調子を取り戻して気合を入れ、
マリナーズの入団テストを受けたいなどと叫び出す頃には、オレを縛りかねない勢いだった。
(大丈夫、みんないる)
怖気づく必要はない。
6年も離れていた御幸センパイに会えるとはいえ、確かに間違いないのだと手引きしてくれたのは、
ここでずっと御幸センパイと一緒に暮らしているというロボットだ。
(ロボットと二人だけで暮らしてしまう御幸センパイのボッチ体質には笑いたい)
それに、頼りになる倉持センパイと、オレのことをずっと心配し続けてくれてる春っちもいる。
気づくと深呼吸ばかりしているくらい、緊張していた。
まるで陣痛が始まって、今からいざ出産という女性になったような気持ちだ。
御幸センパイは、元気でいたんだろうか?
引退会見は何度もテレビで見たけれど、怪我を匂わせたり体の不調が原因らしいようなことは
全く公表してはいなかった。
無理やりセンパイから離れて、長野の実家に逃げていた。
離れなきゃという思いは自分からのものだったが、万に一つも実家を探して
追いかけてきてはくれないだろうか、という女々しい思いもあった。
けれど、御幸センパイにだってプライドがあっただろう。
プロ野球選手であるという肩書きも手伝い、滅多なことはできなかったのだ。
離れた距離は、遠ざかるばかりだった。
出会ったのは、運命だと思っていた。
初めて訪れた東京の強豪校、そこで投げさせてもらえた11球。
それだけで、十分で。唐突に発火した熱が胸を焦がし、オレを導いた。
センパイとともに甲子園で勝ちたいという強い思いだけを大切に、情熱を燃やし続けてこれたんだ。
脇目もふらず野球に捧げた、高校時代だった。
それでも、止められない思いだった。
お互いに通じていると思う何かは感じ取りながら、ひたすら耐えて野球に全てをつぎ込んだのだ。
御幸センパイの最後の夏、ようやく掴んだエースナンバーを纏ったオレに
『似合ってるじゃねえか。なあ、』
と話しかけ、背中の数字をそっと指先でなぞられた。
指先だけの熱なのに、熱かった。
全身が震え、僅かな接触も敏感に感じ取り、呼吸が苦しくなった。
欲を押し殺し、野球へのエネルギーに変えた。
これが、最後だ。
そういう思いで、自分の出せる全身全霊を込めた投球をしようと気合を秘め、試合に臨んだ。
その、プレイボール前の、センパイからの一言が、忘れられない。
『俺の高校野球での、最後のボールをお前のウイニングショットで決めてくれよ。勝とうな』
グッと拳を胸に当てられ、コクリと頷きながら体温が1度上がった気がした。
あの時の、最後のアウトを取るためのマウンドと同じくらい、ドキドキしている。
ロボットだと自称する、オレそっくりそのままの奴にここで待つようにと指示を受け、
倉持センパイからは合鍵を渡された。
「俺と春市は近所で待機してるからよ。……そんな気負うな。
ただ会って、どう過ごしてきたのか話したりすりゃいいんだよ。
お前が伝えたいこと、遠慮しないで言っていい。
とにかく、お前がしてきたことは、アイツのためだったんだ。
間違った選択じゃなかった。それだけは、しっかり伝えろよ」
倉持センパイが最後の発破をかけてくれる。
春っちも、オレの背中をポンと叩いて励ました。
「栄純くんの後ろは、僕たちがいつも守ってるじゃない。今だって、同じだよ。
もしも、つらいことを聞いたり、恨みをぶつけられてしまったら、後で話してよ、ね?」
「そろそろ時間だから行くな。じゃあ、沢村。御幸に宜しくな。
俺らだって言いたいことはごまんとあるけどよ……
まあそれは、今度にしてやるわ。とにかく、居場所がわかればどうとでもなるしな。
沢村、頼むぜ」
「ウス! ありがとうございやす。その……御幸センパイ、怒って殴ってきたりしやせんかね?
それか、こっちの生活に慣れちまってたら……銃をぶっ放されたりとか」
「大丈夫だよ。スカイプで話した時のサワムラは、
ハカセは温厚な生活を送ってる、って言ってたから。
野球をやめて研究をしたりしてるんだし、そんな武闘派になってはいないと思うよ」
そうであってくれるよう、祈るしかない。
ソファに座って待つことはできなかった。ゆっくりと、建物内を巡ってみる。
玄関から続く廊下と、おそらくガレージへと直結しているのがこのリビングのようだ。
大きなテレビと、来客用にソファやローテーブル、広いキッチンへと繋がってもいて、
間にバーカウンターがあった。でも、多分そこでお酒を飲んだりはしないだろうと思った。
御幸センパイは、下戸だったはずだ。
おそらく、どんなに飲もうとしたって、アル中になるような飲み方はできない体質だと思う。
リビングの奥には、おそらく仕事場なのだろう研究所っぽい部屋があった。
真っ白な壁、大きなスクリーンと、パソコンが二台。
薬品や部品倉庫のようなキャビネットはきちんと施錠されている。
ベッドのような、手術台みたいな広いスペースもあって、きっとここでサワムラが
生み出されたんだろうと思った。
(オレの顔とオレの声そっくりに作り出した、御幸センパイだけのアンドロイド……)
二人はここで、何年もの間ひっそりと暮らしてきたんだ……
大事にされ、幸せな日々だったとサワムラは言っていた。
センパイが寂しくなかったのであれば、それでいい。
さらに奥の部屋を覗いてみて、オレは入るのを躊躇した。
キングサイズのベッドが置かれ、カーテンの閉められたベッドルームだったのだ。
併設されたウォークインクロゼットを開ける。
と、そこはまるで子供の部屋のように雑然としていて、これまで見てきた
ラボの雰囲気とあまりの違いに笑いがこみ上げた。
(これ、きっとサワムラの部屋だ)
大量のマンガ本を収納した本棚。タイトルはよく知る少女マンガばかりだ。
衣装ハンガーに掛けられた衣服も、オレが普段着ているようなスポーツウエアが多い。
御幸センパイの服もあるようだったが、綺麗に収納されているのかほとんどわからなかった。
数々のオモチャのような何かが、とりあえず突っ込んだといった風に
大きなランドリー用のカゴに入れられていて、空の虫かごもいくつかあった。
(カブト虫とかクワガタ用の奴だ……!御幸センパイ、絶対キライだぞ)
サワムラが自由にさせてもらい、楽しく幸せな暮らしをしてきたことが伺える。
リビングへ戻ろう、と思いもう一度だけ大きなベッドを見る。
足が自然に近寄って、気づいたら腰掛けていた。
あ、これ。御幸センパイが退寮してから住んだマンションで寝ていたベッドと同じかも。
枕も。そういえば枕が変わると眠れないとか言ってたこと、あったかもしれない。
悪いとは思いながら、綺麗にメイキングされたベッドに横たわってみる。
(御幸センパイの匂いだ……)
懐かしい香りがして涙がこみあげ、慌ててベッドルームを飛び出した。
間違いない、御幸センパイはここにいる。ここで生活しているんだ……
ようやく、現実感が沁みてくる。
センパイに会ったら最初になんて言うべきなんだろうと考え始めた時に、
エンジン音が聞こえた。ガレージで停車する。
程なくして、確かに聞いた通り、姿形がオレとそっくり瓜二つの男がやってきて、
ぺこりとオレに頭を下げ、早口で喋り出した。
「初めまして、沢村さん。サワムラと申しやす」
これにはあらゆるマンガを読み慣れてシュールなSFにも抵抗ないオレでも、
声が出ないほどびっくりした。だがサワムラは、オレの様子に動じることなく話を続ける。
「今、ハカセは運転席で眠ってやす。ちょっとだけ、薬を盛ったんで……
でも、即効性で切れるのも早いやつなので、もう少ししたら目を覚ますはずッス」
よかった、先にサワムラが戻ってきてくれて。
センパイに前置きなしで顔をあわせるなんて、ハードルが高すぎる。
「二人で話して、いいように決めてつかぁさい。オレ、しばらく旅に出るんで」
「ハァ?! た、旅にって」
思わず大声が出てしまい、ラボに声がこだました。
いいように、とはどういうことだろう?
オレはセンパイと今すぐどうにかなりたいと思ってここへきたわけじゃない。
黙って離れたことへのお詫びはしたかったけれど、離れていた6年を
いきなりなかったことにして復縁するなんて無理だとわかっている。
(そうか、こいつには離れていた時間の重みってのは、わかんないのかも)
いくらなんでも、サワムラが旅に出ると言っていなくなり、
オレがその後釜に座るように一緒に暮らすなんてことは無理だ。
もう、死ぬまで会うことなど叶わないと諦めてきたのだ。
いまだにしょっちゅう夢に見る、かつての甘い時間……
センパイの笑顔を間近で見ることができるのなら。
離れていた時間を埋める術だって、あるかもしれない。
「……おまえ、ホントにセンパイが作り出したロボットなのかよ?
単純に、オレそっくりの人間じゃねえの?
倉持センパイと春っちとも共謀して、オレをハメようっていうドッキリじゃなくて?」
「ねえ。オレ、アンタとそっくり同じに作られてますよね?
だから、アンタの考えてることって、少しはわかる気がするンスよ。
降ってわいた幸運って、大きいほど怖いモンですよね?
一瞬期待して、裏切られた時の落胆はツライっすもんね」
図星を突かれ、ドキリとする。たしかに、こんないきなりの幸運は知らない。
オレがどれほどセンパイを思い続けていたかは、誰にも話してはいないのだから。
諦めるしかないのだと、離れる運命だったのだと、自分をも騙してきたんだ。
「ハカセはね、今でもあなたのモノですよ」
まるで心を読んでくるように、サワムラは静かに続ける。
柔らかな微笑みを湛えて。オレは、こんな顔ができるのだろうか、と驚く。
優しさと幸福に満ちた、柔らかな表情。
きっと、愛されているからこんなにも優しい顔をするんだ。
「会えば、わかります。隔たりなんか、ないッスよ。
ハカセは、ずっとオレと暮らしてきたんです。
それは、アンタと暮らしたのとほぼ変わらないイメージのはず。
オレを日々のメンテナンスでアンタに近づけ、さらに理想的に改良を重ねてるンスから」
「御幸センパイの、理想……?」
頷いて、サワムラは荷物を背負った。
旅というには随分簡素なデイパックだ。
「忘れないでつかぁさい。運命に導かれるなら、この瞬間だってまた
運命の輪の中にあるってことで。ハカセとアンタは、離れてなんていねえッスよ」
バタンと閉まるサワムラの立てた扉の音が、オレの中の弱さを叩き出す。
運命は、死ぬまで続いているものなんだ……!
まもなく、ガレージから車のロックする音が聞こえてきた。
慌てたような足音が響いて、リビングの扉が開く。
俯いたままこわごわ見上げるオレを見て、動きを止めた。
それは間違いなく、6年ぶりに見る御幸一也。
時を経てまた男っぽさが増し、魅力を醸し出すセンパイの姿。
愛して、愛して、会いたくて焦がれたセンパイが、眼の前にいる。
「……センパイ」
堪えていた声が勝手に喉から絞り出される。
びっくりした顔をするセンパイが、まるで亡霊を見たように驚き、そして——
ずっとずっと心の中で繰り返し聞いていた、愛しい声がオレの名前を紡いだ。
「……沢村」
その声には、紡がれた言葉には、魔法の力があった。
一瞬で時間が巻き戻ってゆく。
間違いなく、御幸一也に違いなかった。
聞くだけで揺さぶられ、幸せだった過去の記憶を一コマ一コマ脳裏に呼び起こす。
遠い地に一人降り立って、野球からも離れて、それでもオレを変わらずに
愛し続けてくれていたのだと感じる。
そして、完全に隔たりを溶かし尽くしたのが。
「センパイ。会えて嬉しかったッス。生きててくれただけで、嬉しい。
……じゃあ、また」
そう告げて去ろうとしたオレの手首を掴み、絡み合った視線。
オレに向ける愛しさも、変わらぬ気持ちも、
サワムラをオレの身代わりとして慈しんできた思いが溢れてる……
呼応するように、涙が溢れた。止まらない。抱きついて泣いてしまいたい。
けど、そこはもうサワムラの場所なのだ……
手を伸ばしたいのを必死に堪える。
だが、先に手を伸ばしたのは御幸センパイのほうだった。
「泣くなよ。ブサイクだぞ泣き顔」
重なった唇で、オレの時間はゼロになる。
遠かった、孤独に耐えていた日々が癒されていく。
「好きだよ、沢村。またな」
今度こそ、離れずにいられる約束。
たとえ、過ごす場所は違っても。オレとセンパイの心は、繋がったままでいられる……
唇を甘く愛撫する柔らかな熱で、オレは約束を信じることができたんだ……
(日本で、再会できる日がきたら)
もっと、全部をセンパイにぶつけることができるはず。
そして、その日は1ヶ月後に本当にやってきたのだ。
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