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2~4話ぐらいのケイン視点のSSです。
『ケインの事情』
横を歩くヒューの様子を気にしながらも足を前へと進める。
酒は抜けきっていないのに、近くにいるだけでわかる醸し出す刃物のような鋭い警戒心に、もう少し力抜けってと言いたくても言い出せず適当な言葉を並べて反応を伺うにとどめる。
うんざりはしているが、邪険にすることもなく相槌はうってくる。
律儀なのか、なんなのか。
恐らく育ちはいいのだろう。酔い潰れていても酒代の支払いは滞ることもなく、迷惑料も上乗せしているらしい。
この男と別れてから店に戻って聞き込みをしてみたが、常連客も不気味だとは感じていたものの、若くしてあそこまで酒に逃げるのは何か事情があるのだろう、なんて同情的ですらあった。
店給仕の若いおねーちゃんは若干そうなってしまったことに情けなさや嫌悪感を感じている様子だったが、まあ、それはしかたないことかもしれない。
俺が、剣士であることを言い当てたことにも少しだけ驚いていたようだが、体格で何となくわかる。長身で両肩に若干アンバランスな筋肉がついている。俺の父が剣士だからか、察するのが容易いのもあるが、少し考えればわかりそうなことを言い当てただけで驚くなんて世間知らずなのか。
何となく、この男が何者なのかは推察できている。
そしてこの男も俺が察していることをうすうす気付いているように思う。
それを口に出してわざわざ尋ねてこない辺りの距離感は悪くない。
一歩遅れて後ろに続いているセフィもヒューのことが気にかかるのかじっとヒューを見据えている。そんなにじろじろ見るのは失礼だぞ、といつもなら嗜めているのだが、今は――。
「セフィ」
会話が途絶えたところで歩調を緩めてセフィの横に並ぶ。
こちちを見る目に感情はない。見えないだけでちゃんとあるのはわかっているものの、まだ慣れない。ぎゅっと心臓が鷲掴みされたような痛みを覚える。
自分の無力さを思い知らされる。背負わせたくなかったのに、見せたくなんかなかったのに、守れると思ったのに。そんなのが全部自分の思い上がりだと思い知らされる。
「あの人、……ヒューさん」
ヒューには聞こえないような消え入りそうな声でそう言ってセフィは前方のその背中に一瞬目をやった。
「どこで見つけてきたの?」
非難ではなく、好奇心からの質問なのだろう。
長い付き合いだから読める空気からそう結論づける。
酒場のおねーちゃんのように蔑むような感情をヒューに向けているわけではなさそうで少しだけほっとした。
同時に、セフィにはヒューのことを用心棒に良さげな人間を見つけてきた、ぐらいにしか説明していなかったことに思い当たった。
我ながら雑な説明に対して警戒心が薄すぎるように思わなくもないわけで。
後でちゃんと話しておかねばならないのかもしれない。
「酒場で拾ってきた」
「酒場……?」
信じられないと、言わんばかりの空気で聞き返してくるが、それ以外の言葉もない。
英雄の息子だとか、この国の王子の乳母子で片腕でもある――なんて本人にも確認していない憶測でしかない話をするわけにもいかない。
「隙がないし、歩き方ひとつとっても――」
「はいはい、あとできいてやるから」
何だか長くなりそうな会話を強制終了させて、セフィの背中をそっと押した。
わざと距離を詰めていることに気付いているのか少しだけ居心地が悪そうな空気を滲ませつつ、セフィは口を噤んだ。
表情がなくても感情が手に取るようにわかるのは幸いか。
その光のない目は再びヒューに注がれている。
剣士を父に持ち、そして自らも心得があるこの娘からすると、多分腕が立つであろうヒューは興味深い対象かもしれない。<
この視線が単なる興味じゃなくて、他の意味に変わっていかないことを願うまでだ。まあこの娘に限ってそんな色恋沙汰になんてならないだろうけど。
やっぱり今夜にでもしっかり話をしておいた方がよさげか。
ヒューの後を追いつつも、セフィを一瞥すらしないことを少しだけ安心してしまう。
まあ、この男がセフィを見る目はまるで子どもを見ているように思えたから、こちらはそんなに心配していない。
多分子どもにどう接したらいいかわからないのだろう。戸惑いが見て取れた。
とはいえ、この手の人間は子どもには優しいように思う。
セフィが表情が乏しく、感情が欠けていると気づいても、そう酷い扱いもしないだろう。そういう確信はあった。
とはいえ、まあ、こうやってセフィとの距離が近かったり、無駄にスキンシップが多けりゃヒューの方も勝手に勘違いしてくれるだろう。妹たちが頑なに俺を「お兄ちゃん」と呼ばないことにやきもきしていたこともあったが、今となってはそれでよかったのだろう。
兄貴というのはどうも複雑なんだよな、なんて、言葉にだせばまたセフィは怒るだろうから、心の中だけで思っておく。
あとはこうやってできることを一つ一つやっていけば、きっと辿り着くのだと思う。
これ以上、危険な目に合わせない場所、心穏やかに過ごせる場所、そういうところに辿り着くに違いない。
だから、きっと大丈夫だ。