村雨






「銀時?」

 聞き慣れた声にゆっくりと瞼を持ち上げた。見慣れない天井に、此処は何処だと問う前に少々苛ついた声で此処は空き家だと知らされる。

「なんで空き家? つうか俺……」

「覚えてねェのか」

 其の少々苛ついた声の持ち主である少年――高杉は、少し早めの歩調、けれど優雅な動きで己が身体を横たえている布団の側まで足を進めた。

――其の腰にある刀を鞘から抜き放ちながら。

「……は」

 己は、自身に向かって勢い良く振り下ろされた刀身に咄嗟に枕元に置いてあった愛刀を掴み、体に掛けられていた掛け布団を撥ね除けて防御の体制を取る。寝そべった状態からの其れは少々きついものがあるが、相手が相手だ。鞘から刀身を抜いていないのは、目の前の高杉が鞘から刀身を抜き放つ時間など与えてはくれない事を承知しているからで。そもそも急な事なので抜く時間など無かったのだが。

がきん、と金属同士がぶつかる音が辺りに木霊する。己の愛刀は綺麗に弧を描きながら空中を舞って畳の上へと落ち、己の首筋すれすれの所には高杉の愛刀が其の身を沈めていた。

「はッ、白夜叉ともあろう者が……この程度か」

「……何の真似だ、高杉……」

 襖の隙間から差し込む一条の光に反射して、刀身が僅かに光を帯びる。其の光に目を細めながら、己は目の前の高杉の顔を睨み付けた。先程の発言から、彼は高杉では無く人間に化けられる天人だという可能性も考えられる。彼――高杉は、己を白夜叉と呼ぶ事はあれど、戦の後には白夜叉ではなく銀時と呼ぶのが常であった。

もし目の前の存在が良く知った幼馴染みではなく天人であるならば、少々面倒な事になる。そんな事を考えていれば、目の前の彼は口角を上げて意地の悪い笑みを浮かべて。布団に突き刺さった刀身をゆっくりと引き抜いて鞘に収め、其の口から言葉を紡いだ。

「安心しな銀時ィ、手前はこの俺が責任持って看病してやるよ」

「看病? それって如何いう、いッ!」

 高杉の口から出た看病、の言葉に上半身を布団から起こそうとすると、脇腹を鋭い痛みが駆け抜けて。その痛みに、身体を起こす事を諦めて倒れ込む。そんな俺を高杉は鼻で笑うと飯作ってくる、と言い残し部屋から出ていった。そんな彼の背中を見送ると、緩慢な動きで上半身を起こし、先程の鍔迫り合いで畳に叩き付けられた己の愛刀を腕を伸ばして拾い。己の枕元に其れを置くと再び身体を横たえる。そして、瞼を閉じて思考の海に潜り込んだ。

先程の態度やあの意地の悪い笑みを見る限り、彼は間違いなく本物の高杉晋助だ。そして、記憶にある限りの己の行動を思い出してみる。そう、己は何時もの様に戦場に出て天人相手に其の刃を振り翳していた。



 今にも冷たい雫を落としてきそうな曇天の下、己は高杉率いる鬼兵隊と共に殿戦に集中し、血を吸ってどす黒い色に変化した土を蹴って雄叫びを上げる。敵の数は此方より僅かに上回っていたが、実力の方は此方の方が有利であった。そんな中、奴にしては珍しくほんの僅かではあるが高杉に隙が出来てしまい。そんな彼の背中を狙い、天人が獲物を振り上げる。

「高杉!」

「!」

 彼が己の叫びに勢い良く振り向いて構えようとする。けれど、天人の刃はもう直ぐ其処まで迫っていて。

――間に合わない……!

そう感じた己は、剣を構える事も忘れて彼の目の前に飛び込んだ。そして――。



 其処まで思い出して、ようやく理解する事が出来た。何故高杉があんなにも苛ついていたのか、その理由がはっきりと。はあ、息を吐いてぎゅっと唇を真一文字に結ぶ。

「……馬鹿野郎」

 飯出来たぞ、と言いながら鍋とレンゲを抱えて此方へやって来た高杉に向かって小さく呟く。何か言ったか、と不思議そうな顔をする彼に何でもないと言葉を紡いで。

「ほらよ」

高杉に差し出されたレンゲを握り、鍋の中を覗いて今度は違う意味で溜め息を吐いたのだった。





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