Thanks For Clap!
My valuable brother.
「ロッティ、どこだい?」
そう困惑した声が大きな庭に入り込む。その声を発した栗色の時折琥珀に輝く髪の少年は、困ったようにその髪を掻いた。近くにいたその少年よりも幾分か幼い赤髪の少女が、草を掻き分けて顔を出す。
「いらっしゃいませんね。どこにいってしまわれたのでしょう?」
少年は少女の頭に葉が一枚ついているのをとってやりながら、嘆息する。呆れたようなけれど優しい声音だった。
「どうしようもないね。きっとウィルがいるから大丈夫だろう。メアリも、ロッティのことはとりあえず放っておいて、部屋にお茶を準備しておいてあげてくれるかな」
「ありがとうございます。あ、はい、かしこまりました」
メアリと呼ばれた少女はこくりとその首を振って、少年に一礼をするとその場を立ち去る。少年はしばらくその広い庭を眺めたあと、歩き出そうとして声をかけられた。
「アル!」
少年が振り返ると、蜂蜜色の髪をした少女が、その愛らしい顔に笑みを浮かべて走ってきた。少女は迷いなくアルと呼んだ彼に話しかける。まだシェルマに届かないというような年頃の二人だが、既にどこか他者とは違う強さを秘めているようにも見える。それは二人の似通った碧眼のせいだろうか。
「もしかしてまだシャルロットが見つからないの?」
少女はアル、ことアルドレッドのその表情を見て、眉を吊り上げて呆れたような声をもらす。
「よく分かりましたね、レティリア姉さん」
その表情に思わずアルドレッドは噴出しながら、そう答える。レティリアはそんな彼の穏やかな様子になおため息を深めた。
「何であなたはそんなに悠長にしていられるのかしらね。あの子、兄様に呼ばれているのでしょう? しばらくしたら怒るわよ」
「そう思ってメアリにも手伝ってもらって探していたのですけど……。あ」
不意にアルドレッドは声をあげ、庭の横の廊下でこっそりとこちらを窺っている少年を見つけると、優しい笑顔を浮かべた。その横でレティリアは少しだけ不快そうにアルドレッドの見つけた少年を睨む。銀髪を結わいた少年は、アルドレッドの笑顔にこちらに向かおうとし、レティリアの表情を見ると足を止めた。
「姉さん、そうやって睨まないで……。ベアード、こっちにおいで。ちょっと聞きたい事があるんだ」
「びくびくしちゃって情けない。早く来なさいよ」
レティリアの鋭い声にベアードはびく、と一瞬踏み出そうとした足を戻し、けれどアルドレッドの表情を見てようやくこちらへとやってきた。蜂蜜色の髪の少女と離れたところで立ち止まる。レティリアはそれを見て、軽くふん、と鼻を鳴らした。
「こんにちは、ベアード」
アルドレッドがやはり温かな優しい声を出して、少年に笑顔を向ける。その笑顔を日とはきっと疑うのだろうけれど、ここにいる人間と今話題に上っている二人は、それが偽ものではなく心からの笑顔だとよく分かっていた。だからベアードも少しだけ落ち着いた表情になって礼儀正しく返事を返す。
「……こんにちは、兄さん、姉さん」
レティリアはそれには応えなかったがかわりにこくりと頷いた。長い蜂蜜色の髪が揺られて甘い香りを漂わせる。
「早速なんだけれど、ロッティを見なかったかな? お父様から呼ばれているのだけれどいなくなっちゃって。多分ウィルも一緒にいたと思うんだけれど」
「ロッティ、ですか? さっきまで一緒に遊んでいたのですけれど……。ウィルがセシルフラスト公爵に呼ばれて」
その言葉に一瞬、アルドレッドとレティリアが顔を見合わせる。その意味を敏感に感じ取ったのだろうか、ベアードが不安そうに二人を交互に見た。アルドレッドがすぐに彼の銀髪をそっと撫でる。母親のように優しく柔らかな手つきだった。
「そろそろお茶の時間だから戻ってくると思うのですけど……」
そういって栗毛の少年は一応この中で最年長の少女を見やる。彼女ははあ、と軽くため息をついて、渡り廊下のほうを見ると顔を綻ばせた。
「丁度良いみたいね。メアリが紅茶の準備をしてきたようよ。お茶会の準備を始めましょう。あの子が紅茶を逃すわけがないもの」
赤い髪の少女が他に数人、侍女を連れて中庭にやってきていた。
「ロッティ、お茶の時間だよ」
そう美しい翡翠の瞳の少年が、ソファにくるまって眠る白髪の少女に声をかける。ロッティと呼ばれた少女はその声に身じろぎし、ゆっくりとその長い睫を瞬かせた。それからようやくその深い色の瞳を少年に向ける。
「寝てしまっていたの?」
「うん」
少年がそう頷くと、少女ははっと身を起こした。時計を見て目を丸める。
「お父様が呼んでいらっしゃったこと、忘れていたわ」
「大丈夫だよ。まだ時間はあるだろ?」
そう言いながら少年は起き上がったロッティの手を握って、立ち上がらせる。いささか遠慮のない行為だったが、彼女はそれに慣れているようで従順に従った。少年はロッティがどこに行かなければいかないか分かっているようで、あまり迷うことなく巨大な城の廊下を突き進む。ロッティもまた、少年が迷うはずがないことを熟知しているようで、安心しきって彼の先導に従っていた。
「公爵は、何て?」
白い髪の少女はぽつり、と落とすように尋ねた。少年はちらり、と彼女を横目で振り返り、それから少しだけ声を潜めて呟く。
「大したことじゃなかったよ。君の様子を聞かれた」
「私?」
「うん。元気にしているかって。あと身長が大きくなったこと、言われた」
ぽつりぽつり、と言葉を落とす。その口調が少しだけ恥ずかしがっているものだということを知っている少女は、くすりと微笑んで少年の手をきゅっと握り締める。いつの間にか二人の歩幅は狭くなって、二人並んで歩いていた。
隣に歩く少年、ウィルヘルムの恥ずかしそうな顔に、ロッティは笑顔を近づける。一緒に二人で、嬉しそうにくすくすと笑った。
そして不意にロッティとウィルヘルムの聞きなれた声が遠くからして、二人は顔を見合わせて同時に声の聞こえたほうに走り出す。
中庭のテーブルにお茶会の準備を整えて、既にレティリアは紅茶を美味しそうに飲んでいて、その横でベアードが小さなお菓子に手を伸ばしていた。メアリ、ことメアリエルは一緒に来ている侍女に手伝いを教えてもらいながら、王族と公爵家の人間たちの為に紅茶を注ぎ、そうして。
「おかえり、ロッティ、ウィル。今日もいっぱい遊べたのかな?」
走ってやってきた二人の子供を抱きとめて、優しい兄が微笑んだ。
「ただいま!」