屋敷の中がやけに騒がしくなった。
その様子をまどろみの中で感じていると、数人の気配が近付いてくる。
―――騒がしい。
自分が同じ事をされれば、それはもう怒るだろうに。
原因であろう わがままな幼馴染に心の中で溜息をついて、静かに瞼を押し上げた。
完全に覚醒してしまえば、まどろみ越しではない騒ぎが耳につく。
放っておいても構わないのだが、目が覚めてしまったので仕方なく暖かい布団から起き上がる。
衣桁に掛けられたストールを羽織って廊下へ出るのと、騒ぎの元が廊下の角を曲がって姿を現したのは同時だった。
「……ずいぶんと男前が上がったわね」
その言葉に不機嫌な表情を隠しもせず、雲雀恭弥は頬についた血を左手の甲で拭った。
「恭さん、まずは手当てを……」
「草壁、うるさいよ」
「しかし―――」
おそらく玄関からずっとこの繰り返しなのだろう。草壁が困ったように此方を見るので、今度は正真正銘 溜息を吐いてみせた。
何処で何をしてきたのかは知らないが、先程 乱暴に拭った頬には決して小さくはない傷があった。他にもあちらこちらに裂傷があるし、右の手首は少し腫れている。服も埃っぽく所々血で汚れていた。
満身創痍と言うほどではないにしても、雲雀にしては珍しくぼろぼろではあった。
「まったく……いい歳して、やんちゃも程々にしなさいよ」
「別に、たいした事ないよ」
「死にはしないでしょうけど。……血は止まってるわね。そっちの腕は?」
「折れてない」
「念のために後で病院に行きなさい」
面倒くさいという顔をした雲雀に、「兄さんに連絡しておくから今日中に行きなさいよ」と念を押す。他の傷はともかく、骨ばかりは見えないからなんとも言えないのだ。
草壁に雲雀の今日の予定を確認しながら薬箱の手配を頼んでいると、雲雀が「ねぇ」と呼んだ。
「そんな事より、お腹が空いたんだけど」
頭ひとつ分 上にある雲雀の顔を見上げて、ぱちりと瞬きをした。
その反応が気に入ったのか、雲雀が面白そうに笑う。
あぁ、不機嫌な顔より その方がずっといい。そんな関係のない事を思っていると、雲雀がさらに続けた。
「朝ご飯 作ってよ」
「朝ご飯」
朝に食べるご飯、のことだ。
朝、あさ。
「……今、何時だかわかってる?」
「草壁」
「……3時です」
「とても朝ご飯を食べる時間ではないわね」
「そうかい?」
彼の自分勝手なところは、子どもの頃からちっとも変わってない。そして、結局それを容認してしまう自分の甘さも。
深い溜息をひとつ吐き出して、人差指を浴室の方へと向ける。
「恭弥はその汚れを落としてきなさい。草壁は任務から帰ってきた者たちに休息を。で、草壁も食べる?」
「いや、恭さんの事を任せてもいいのなら、俺も少し休ませてもらう」
「いいわよ」
「それでは失礼します」
草壁が廊下の向こうに消えた頃、雲雀がぽつりと呟いた。
「なんで、草壁も誘うのさ」
また、不機嫌そうな表情。せっかくの綺麗な顔が勿体ない。
そもそも、誘ったところで草壁が応じるわけがないのに。
「そんな つまらない事に嫉妬してないで、早く汚れを落としてきなさいよ」
そうしたら、お帰りのキスくらい してあげるから。