お題 永遠を・1(「奪ふ男」小学校低学年・智明視点)
ルリのお母さんのお父さん……つまりおじいさんは、教会の牧師さんをしている。
教会は歩いて行ける距離にあるから、僕はルリと一緒に、何度か行ったことがあった。いつもではないけれど、ときたまマンネリ化した遊びに新しい風を吹き込むために。
同じようにその教会へ行く途中、ルリはうっとりと話し始めた。
「この前の結婚式、良かったよね。るりこもあんな風に、永遠の愛を誓い合って結婚したいな」
前回、教会へ行ったときはちょうど結婚式をしていた。そっとその光景を僕たちは覗いていたのだった。
僕は心から同意した。
「そうだね。素敵だったね」
どこか日常とかけ離れた空間。誓い。この前結婚していた二人は二十歳くらいだったと思う。あの二人はこれからずっと、十年も二十年も三十年、いやそれ以上、死ぬまで、一緒なのだ。二人はそれを喜び合い、暮していくんだろう。
いいな。いいな。
隣にいるルリを見た。ルリも結婚式を思い出しているようで、幸せそうな顔をしている。
待てよ?
いいな、と思っているだけでなくて、行動に移せばいいだけじゃないか?
「ねえ、ルリ、結婚しよう」
ルリはびっくりして、大きく開いた目を向けた。
「これから、教会についたらさ。あの結婚式のように、二人で誓い合うんだ」
言った僕自身、素敵な提案に思えた。
二人でずっと一緒だって誓うんだ。
僕の提案を聞いたルリは、ほころんだ花のような笑顔を見せた。ルリにも素敵に聞こえたのだろう。
「いいね! うん、今日は結婚式をやろう!」
教会にやって来て、ルリのおじいさんに結婚式をするって言った。おじいさんは驚いていたけれど、口許を緩ませながら、牧師さん役を引き受けてくれた。本物の牧師さんだから、役、というのもおかしいけれど。
「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか」
おじいさんは真ん中でそう言ったけれど、僕には意味がわからなかった。ルリもわからないようで、首をかしげていた。
「つまり、健康なときも、病気のときも、喜んでいるときも、悲しんでいるときも、お金があるときも、お金がないときも、相手を愛して、敬って、慰めて、助けて、命のある限り真心を尽くすことを誓いますか、と言っているのだよ」
おじいさんは易しい言葉で解説してくれた。
良い言葉だと思った。これを誓い合うことが結婚するってことなんだな。
僕は大きくうなずいて、
「はい、誓います」
と答えた。
ルリも同じようにして、
「はい、るりこも誓います」
と答えた。
そしてキス――のはずだったけど。
「キスはだめ! 大人になるまでしちゃいけないの!」
なんてルリが拒否してきた。おじいさんも、うんうん、とうなずいていたものだから、楽しみにしていたのに遠い未来へおあずけとなってしまった。
こうして、僕たちは永遠を誓い合った。
ウェディングドレスも、ウェディングケーキも、招待客も、キスも、指輪の交換もない結婚式。
寂しいものだったかもしれないけど、足りないものは後でやり直せばいい。
大切なのは、僕たちが永遠を誓い合ったということ。
何があろうと、どんなときだって、一緒にいることを。
僕たちは結婚したのだ。
結婚式を終えた僕とルリは、家へと戻ってきた。僕の家へだ。
僕たちは夫婦となったのだから、「お父さん」「お母さん」とか、「あなた」「お前」とか、「奥さん」「旦那さん」とかいろんな言い方で相手を呼びながら、家で遊んでいた。
時間はあっという間に過ぎて、日は落ちたぐらいに、母さんが帰ってきた。今日はいつもよりずっと早い。
「あら瑠璃子ちゃん、こんな時間までいたの? 大丈夫?」
そう言われて、ルリは壁にかかった時計を見て、
「あっ!!」
と声を上げた。
いつもなら、とっくに家に帰っている時間だ。
「帰らなきゃ!」
ルリは慌ただしく立ち上がり、かけていたマフラーに手を伸ばす。
僕はルリの服の裾を掴んだ。
「どうして帰るの? 僕たち結婚したんだから、これからはずーっと一緒だよ?」
母さんは、何を言っているの、という怪訝な顔をしたけど、僕は、ぎゅう、とルリの服を掴む。ルリは離れようとするけど、服の生地が伸びるだけだ。
「だって帰らなきゃ! お母さん絶対怒ってるもん!」
「智明、ほら、離しなさい」
「いやだ! 誓ったじゃないか、ルリ! 誓ったら守らなくちゃいけないんだよ? 僕たちは結婚したんだよ?」
「だって、だって、早く帰らなきゃ……今日、回転寿司に食べに行くって言ってたし、早く帰ってこなくちゃ晩ご飯はナシって言われてたし……」
寿司が何だって言うんだ。晩ご飯ぐらい何だって言うんだ。そんなものの方が、僕より大事?
ルリはじたばたしていたけど、僕は服を掴む両手に力を込める。
「コラ!」
母さんが厳しい声を出して、僕の両手を叩いた。とっても痛くて手を離すと、ルリは母さんに、「ありがとう!」と言いながら一目散に帰って行った。
結婚したのに、誓ったのに!
誓いを破ったルリ。
これが離婚というものか、と麻痺した頭でぼんやり考えていたのだった。
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