お題 永遠を・2(「奪ふ男」小学校低学年・智明視点)


 一日のうち結婚と離婚をした。
 ルリは僕と結婚したのに、結婚式の誓いを破るなんて、それも回転寿司の誘惑に負けるなんて。
「智明、夕飯食べないの?」
 デパ地下の弁当を食べ、お酒を飲んでいる母さん。
「結婚していたのに……。ちゃんと結婚式もしたのに……」
 打ちのめされていた僕に、母さんは日本酒を飲みながら衝撃的な真実を伝えた。
「智明、結婚式をしても、結婚をしたことにはならないのよ」
「え!?」
 何だそれ。
「結婚っていうのは、婚姻届っていうのを役所に提出して、受理されて、初めて結婚したことになるの」
「ええ!?」
 じゃあ結婚式って、結婚の誓いって何だったんだ? 何のためにあるんだ?
「おまけに結婚するには、女なら十六歳以上、男なら十八歳以上でなくてはならないの。いくら結婚式ごっこをしても、結婚したことにはならないのよ。わかる?」
 呆然としていた。
 僕はそれまで、結婚式をすれば結婚することになるのだと思っていた。
 本当に必要なのは、婚姻届という紙。それに年齢。
 十八歳になるのはまだまだ先。僕とルリが結婚するのは、ずっとずっと先のことなんだ……。
 
 
 次の日の午後。僕はルリの家に行った。
「昨日はごめんね、智明」
 開口一番、ルリは謝ってきた。
「結婚のことはわかってたけど、お母さんは心配性だから、きっとるりこが帰ってこなくて心配してるってわかってたの。でも、ごめんね、帰っちゃって……」
 僕は首を振った。
「ううん、いいんだよ。許してあげるから、ルリにちょっと書いてほしいものがあるんだ」
 ルリはふしぎそうな顔をしたものの、うん、と答えた。
 僕は大事に折りたたんでいた紙を開き、見せた。
「ここに名前を書いて、ここに住所を書くんだ」
「鉛筆でいい?」
「だめだよ。ボールペンとか、消えない奴」
 わかった、と言って、ボールペンを持ってくる。
「なんだか難しそうなこと書いてる紙だね。……名前は漢字の方がいいかな? るりこ、自分の名前を漢字でどう書くか、教えてもらったんだよ」
「へえ、どう書くの?」
 ルリはたどたどしい様子で、『瑠璃子』と書いた。学校では習っていない字の二つには、どこか神秘的で綺麗なイメージが浮かんだ。
 これがルリの名前なんだな。僕は心と目に刻み込む。だって僕の一生の人の名前なのだから。
「僕の名前はね、こっちなんだよ」
 ルリの名前を書いた欄の左側の欄を示した。そこには『金原智明』と書いてある。
「へー、ともあきってこういう字を書くんだあ。写してもいい? 忘れないために」
「いいよ」
 ルリは別の紙に僕の名前を書いてから、また元に戻って住所を書いた。ほんせきちも。わざわざおばさんに聞きに行って、書いた。それに両親の名前。欄からはみ出しそうになりながら、なんとか書ききった。
「あ、あと、ハンコも必要なんだ。一番下に」
「わかった取ってくる」
 ルリは部屋を出ていって、走って戻ってきた。そしてよく朱肉をつけると、簡単にハンコを押す。
 僕は紙全体を眺め見た。空いている場所はいくつかあるけど、後になればどうにでもなるだろう。
「なんなの? その紙」
 難しい漢字の多い紙だから、ルリにはわからないのだろう。
「大事な大事な紙なんだよ。僕たちが一生一緒にいるための」
「そうなんだ。じゃあ、とっても大事なものなんだね」
 僕の真剣さが伝わったのだろう。ルリは大まじめな顔をしていた。
 これこそ本当に結婚するための、婚姻届だった。
 もちろん僕とルリの。
 十八歳になったとき、これを出しに行く。
 今の僕とルリは、結婚式をしたって、何をどうやったって、結婚はできない。ルリもいずれ知るだろう。あの結婚式には意味がなかったってことを。そして僕と同じように悲しむに違いない。
 僕とルリとの間には、年齢の壁が立ちふさがっている。
 でもこの婚姻届に名前を書くことはできるのだ。結婚の予約はできるのだ。
 僕はこの紙を、ルリとの絆だと思って何年も大切に、大切にしてゆこう。
 そして僕が十八歳になったとき、これを役所に出せば、ルリは驚いて、そしてとっても喜んでくれるはずだ。本当に僕と結婚できたことを。子どもの頃にできなかったことを、ようやくできるんだ、って。嬉しがってくれるに決まってる。
 ルリだけじゃなくて、全世界の人だって喜んで、祝福してくれるはずだ。ようやくその日が来たんだ、って。
 そしてその日から、僕たちは永遠を共に生きる。そして結婚式の誓いは、その日から絶対となり、ルリは僕と離れないことは絶対になる。きっと今とは比べものにならない幸せな日々が続くのに決まっているのだ。

 折りたたんだ紙を胸にだきながら、僕はその日を夢見るのだ……。
 
 
 
 僕はその紙を大事に大事に保管するため、僕の部屋の奥の引き出しの一番下に置いておくことにした。
 時折、その紙を眺め見て、幸せな気分に浸っていた。
 でも、突如として悲劇が訪れた。
 婚姻届を書いてから数年後。
 大掃除の時であった。僕のいない隙に勝手に僕の部屋に片付けに来た父さんが、婚姻届を発見した。年月を経て黄ばんだ紙を、子どもの字で書いた婚姻届を、ゴミだと思って捨てたのだ! 僕とルリの運命と未来を確定する大切なものを!
 しばらくしてその紙がなくなったことに気づき、悲憤に暮れたのは当然のことだろう。 でも、嘆き悲しんでいた僕を、ルリは慰めてくれた。
 驚かせ喜ばせようとしたことが、成功するならまだしも、失敗してしまったのだ。今更、その悲しみの理由など言えるはずもない。
 それでも僕を、それでもルリは慰めてくれた。ルリの優しさを思い知る。
 もはや、同じことをするつもりはなかった。今なら、ルリは読めてしまう。そうなれば驚かせて喜ばせることなんて不可能だ。涙を呑んで、諦めざるを得なかった。
 
 
 後々、高校生のとき、ふとしたことがあって、このエピソードを榊に話した。このあまりに悲劇的な過去を。
 それを聞いた榊は、
「いや、失敗して良かっただろ。それは」
 などと、げっそりしたような顔をして言っていた。







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