「…あの、…マスター…?」

「……」

「……マスター」

「黙ってなさい」

「…でも…」



 浴槽に放り込まれ、腕まくりをして、いつもはつけている眼鏡を外したマスターに背を向けて、顔を上向け、縁に体を預けながら、何故か俺は主人に髪を洗われている。

 細くて長い指先に丁寧に髪を梳かれ、しゃんぷー…?をしてもらうのは気持ちいいけど妙に恥ずかしい。



「髪の毛くらい、自分で洗えますって…」

「でも、今は動けないだろう?」



 くつりと笑みを零す主人に見下ろされ、かぁっと頬が熱くなる。直視できなくて視線をそらして、わざと聞こえるように大きく溜息。



「誰のせいですか…」



 暖かいお湯の張った湯船の中で、心持膝を引き寄せて体を隠してみる…けれど腰を中心に広がる鈍い痛みに負けてすぐに諦めた。

 それを見て、マスターはまた楽しそうに笑みを零す。



「だから責任持って、こうやってアフターケアをしてあげているんじゃないか」

「っ…動けなくても、髪くらい自分で洗えます!」



 というか、だ。

 確かに俺は汗もかくし…その…色々………こほん。…人工皮膚を保つために人間の発汗機能とほぼ同じ機能が備わっているけれど、それはあくまで「ほぼ」であって、汗だって水に近い成分だし、その他の…色々、だってそう。だから、週に一回程度は丸洗いしなければならないけど、こんな風に丁寧に丁寧に…人間みたいにシャンプーをする必要はない。…マスターだってそれを知っているはずなのに。



「僕がしたいんだから、大人しくされていなさい。…それとも、こういうのは嫌いかい?」



 ふわりと優しく笑みながら、同じだけ優しいキスを唇に落とされる。言葉は命令の形を取っているけれど、声音は…。



「嫌い、じゃ…ないですけど…」

「ならいいね」



 主人はにっこり楽しそうに唇を持ち上げて、また泡だらけの髪を梳き始めた。髪の生え際からゆっくりと丁寧に。髪の毛の一房一房を愛撫するように。

 つい先刻までこの指が体中を這い回っていたこととか、自分は道具で彼は主人なのにとか、そんなことを考えるとどんな顔をしていればいいのかわからなくなってしまって、誤魔化すように目を閉じた。



「疲れたのなら眠ってもいいよ」



 それを勘違いしたらしい主人の優しい声が浴室に反響する。

 マスターはこうやって人間のように俺を扱ってくれて、俺もふとそういう錯覚に陥りそうになって困る。困るけれど、それが妙にくすぐったくて嬉しくて、…少しだけ後ろめたいざわざわした背徳感も感じてしまって…でもそれすらも楽しくて、主人にそれらを悟られないよう、わざとらしく大げさに溜息を零した。



「…やめてくれる気はないんですよね?」

「勿論」



 ちらっと目を開けて上目遣いにマスターの顔を見上げた。悪戯っ子のような笑顔を確認して、また目を閉じる。



「…終わったら、起こしてください」



 人間のフリをしたって、結局俺は人間じゃないのに、ただの「道具」なのに、それでもマスターが対等みたいに扱ってくれるのが嬉しくてやめられない、似ても似つかない人間のものまね。

 マスターはただ優しい声でうんと頷いてくれた。

 頷きながら、頭皮をマッサージするように丁寧に丁寧に俺の髪を梳いていく。







 …まがい物かもしれないけど、幸せだと確かに思った。







少し前に頂いたメッセージからネタを(勝手に)頂きました。

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現在御礼小説は2本です。

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