拍手ありがとうございます! いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。 『64. 高貴なるアデル』での小話です。 ---------------------------------------------- 初恋は実らない 誰がそう言い始めたのだろう。 アデルが少なくなり、自然にアデルとエバが恋に落ちる事が少なくなった今でも、その言葉は誰もが知っている言葉だ。 ユーネリウスがこの屋敷に来たのは、ジーンが5歳になった時だった。 ジーンが5歳になったある日、東にある半島の国王に嫁いだ叔母が僅かな共を連れ、疲れ果てた様子で屋敷にやってきた。屋敷へ入るとすぐに泣き崩れ、悲しみに暮れた彼がそれでも大切そうに胸に抱いていた子。透き通るような銀髪の、まるでお人形のように美しい赤子。それがユリウスだった。 その当時のジーンには事情は分からず、後から分かった事だったが、叔母は里帰りをしに来たのではなく、東の半島の暴動から逃げ延びてきていた。叔母とユリウスは屋敷で暮らすようになり、やがてユリウスはジーンの”弟”になった。 兄弟として育った彼を、いつ好きになっていたかは分からない。聡明で、穏やかで、どうしようもないほどに優しい、そんな弟が第一王子の伴侶に選ばれたと分かった時――それがジーンが彼への恋情を自覚したときだった。 「ジーン、明日は休みでしょう?温室でお茶はどうかな。手を入れて貰ったからジーンも気に入ると思うんだ」 特に奥にある池の部分がね、すごく良くなったんだと言って寝支度を整えたユリウスが、ベッドで本を読むジーンの隣に腰をかける。 「クローデルの子息の為に綺麗にしたんだろう?来週の楽しみに取っておかなくていいのか」 来週末はクローデル家の次男、アデルであるティト・クローデルを招いて温室でのお茶会を予定している。ユリウスはその為に使用人と一緒になって随分と準備をした様だった。 「まずはジーンに見てほしいし、楽しんでほしいよ」 ユリウスは本に目を通すジーンの手を取り、自身に注意を引くようにそっと手を握った。 「それに、ジーンはこうやって誘わないとなかなか温室に来てくれないじゃないか」 「研究の邪魔はしたくないからな」 「全然構わないのに」 ユリウスは少し拗ねたようにそう言った。彼の言う通り、ジーンは彼に誘われない限りは温室に立ち入ることはなかった。 ユリウスの温室は、元は王宮に在ったものを下賜され、この邸宅に移設されたものだ。植物を扱うという特性上、王宮に在ったものをそのままとはいかなかったが、いくつかの植物や樹木は職人によって丁寧に移植され、王宮から持ってきている。 きっと温室はユリウスにとって王太子との大切な思い出の場所なはずだ。どこまでも優しいユリウスは、きっと今と同じように公務に忙しい王太子殿下を温室に誘い、2人で穏やかな時間を過ごしていたのだろう。そう思うととてもじゃないが、ずけずけとその場所を我が物顔で訪れる気にはならなかった。 いつもはやんわりと断ると、あっさり引き下がるユリウスだったが、何故か今日はそうではなかった。ジーンの手を離そうとせず、指と指を絡み合わせる。ジーンは本に目を通すのを諦め、そっと片方の手で本を閉じた。彼を見ると、珍しく眉間にしわを寄せている。 「無理に誘わない方がいい?負担になっているかな」 「そんなことはないよ」 「ジーンが喜ぶことをしたいよ」 ユリウスの声色も表情もとても真剣だった。 王太子と10年以上連れ添った彼を、王太子を大切に想う彼を大切にしよう。自分は彼の1番にならなくてもよい。そう決めたのはジーン自身だった。 ユリウスはそんなジーンの覚悟を溶かしてしまいそうになるほど、ジーンを大切にし、2人の子であるジニアを愛してくれている。――もうそれで本当に十分だった。これ以上を望んでしまうのは余りに怖い。 「……俺はお前とジニアがいてくれるだけで、もう十分だよ」 「――ジーンはいつもそればっかりだ」 ぐっと、腕を引かれ、ユリウスに組み敷かれる。手元の本がぱさり、と床に落ちた。 「ジーン……ちゃんと僕を見て。貴方の心に僕を受け入れて欲しい」 そう切なげに言ったユリウスは、真っ直ぐにジーンを見ていた。 ――ああ、これ以上はだめだ。 そう思ったはずなのに、心とは裏腹にジーンの手はユリウスの背に縋っていた。 ---------------------------------------------- 中将夫妻は本編前に夫婦喧嘩と心と身体の仲直りをして本編を迎えています。 |
|