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どさくさに紛れて主張する

「健二くんってバレンタインのチョコ、もらえるのほうなのかな」
「……なんで?」

夕食の真っ最中に、突然そんなことを言い出したのは聖美だった。
そう言って首を傾げた聖美の視線は、まっすぐ佳主馬へと向かっている。それを察した佳主馬は、手にしていた茶碗と箸を食卓の上に置いてから、努めて平静な声を出した。
母の呟きを耳にした途端、口に入れた直後だった白米をそのまま噛まずに飲み込んでしまいそうになったのは、もちろん秘密だ。

「突然、思い出したのよ。せっかくだから、チョコレート贈ろうかなって」
「ふーん……まあ、喜ぶんじゃない?」

そういえばこの間、健二は電話で「今年はチョコもらえるかなあ」などと情けないことを呟いていた。夏希からもらえるのではと返せば、先輩なら義理チョコくれるかも、などと嬉しそうに笑っていたわけだが。

(夏希姉ちゃんなら、義理チョコじゃなくて本命だと思うけど……)

義理などと思っているのは、おそらく健二だけだろう。ただ、そんな健二の思い込みをわざわざ訂正してやるほど、佳主馬も人間ができているわけではなかった。
なにしろ、大きな声では言えないが、佳主馬にとって夏希は恋のライバルだ。しかも、佳主馬のほうが条件的には圧倒的に不利だ。
積極的に邪魔をする気こそないが、後押ししてやらねばならない義理もない。

(ずるい、いろいろずるい)

性別も距離も年齢も、すべてにおいてずるい。
夏希自身になんの罪もないことはわかっているが、うらやましがるくらいは許して欲しい。

(バレンタイン当日に、東京に押しかけてやろうかな)

健二がもらってきたチョコレートを全部食べてやったら、少しはすっきりするかもしれない。一瞬、そんなやけっぱちな考えが脳裏に浮かんだが、頭を振ったらすぐにどこかへと消えた。
それを実行に移すのも、なんだかわびしい。そもそも今年のバレンタインデーは月曜日だから、実際にはそれも不可能だ。

(……14日は連絡するの、やめよう)

夏希にチョコレートをもらって浮かれている健二の様子を目の当たりにしてしまったら、言わなくていいことまで言ってしまいそうだ。その情景を想像してしまわないよう努力しながら、佳主馬は箸を動かす。
そんな佳主馬の心中を知ってか、知らずか。
にこにこと笑みを浮かべた聖美が、言葉を続けた。

「佳主馬、なにか一緒に送るものある?」
「え」

ぴたり、と。箸の動きが、止まる。

「健二くんによ。あるなら、そうね……12日までによろしくね」
「あ……うん」

たぶん、聖美に他意なんかない。単純に、もののついでで聞いてきただけだろう。
主婦というものは、効率を好むものだ。なにか送るものがあるのなら、一緒にしてしまえば送料が安くつく。
ただ、それだけだ。それはわかっているのだが。
──ほんの一瞬のうちに、佳主馬の脳内でいろいろな計算が渦巻く。
できるわけがないと思っていたことが、もしかしたら実行できるかもしれなかった。

(……母さん名義で贈るなら、怪しまれないだろうし)

あきらめる気は毛頭ないが、いきなり4歳の年上の同性にバレンタインのチョコレートを贈ることができるほど、佳主馬に勇気は有り余っていない。
せいぜい、こうやって便乗するくらいが精一杯だ。これくらいなら、たぶん「日頃世話になっているから」という言い訳も立つ。
健二に自分の気持ちをわかってもらうつもりは、今のところない。でも、正しく受け取ってはもらえなくても、ちょっとくらい主張しておきたかった。
佳主馬が健二に対して抱いている、このどこにも持って行き場のない気持ちを。

(これ以上なく、自己満足だけど)

それくらい、わかっている。
でも、今はその程度の自己満足で我慢していられるのだ。

(……よし)

とりあえず、佳主馬は明日にでも、学校帰りに寄り道することを決意する。
一度決心してしまえば、女の子ばかりのチョコレート売り場に分け入っていくのも、さほど難しくないことのように思えた。


*13歳の佳主馬と、息子の恋愛事情を察しているのかいないのかわからない聖美さん。佳主馬→健二@サマウォ。たぶん『ワールドクロック』の人たち


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