Thanks to your clap!拍手が送信されました、ありがとうございます! 雑談・リクエスト・ご意見ご要望等有りましたらお気軽にどうぞ。 メッセージは未記入でも送れます。 四月馬鹿 「ねえ、健二さん」 「佳主馬くん? どうしたの?」 つい寸前までわかりにくいながらも笑っていた佳主馬が急に真顔になったので、健二は目を丸くしながら居住まいを正した。 去年の夏に知り合ったばかりのこの四歳年下の少年は、基本的に真面目だ。合理的かつ醒めた目で世間を見ているようで、じつは小柄な細い身体にけっこう熱い心を秘めている。 斜に構えているようで、本当はまっすぐ。そんな子に懐かれて、一人っ子の健二が舞い上がらないわけがない。 尊敬できる、でもやっぱり子どもらしい弟ができたような気分で、ずっと可愛がってきた。日頃は子ども扱いされると不機嫌になる佳主馬も、健二に弟扱いされるのは面白くない反面どこか嬉しくもあるようで、嬉しそうになったり拗ねてみたり、反応がまた複雑そうなのが一際可愛い。 で、そんな佳主馬に真剣な顔をされると、健二としてはやはり放っておけないわけだ。 もしかして、何か悩み事でもあるんだろうか。もしかして、自分にその悩みを打ち明けてくれるんだろうか。 そんなことを思えば、じんわりと心に幸せが広がる。佳主馬が何か悩みを抱えていることそのものは喜べないが、それを解決するための手助けができるのなら、それはとても嬉しいことだ。 「聞いてくれる?」 「え、いいけど。なにを?」 だから、フローリングの床にあぐらをかいて上目遣いに見つめてくる佳主馬に向かって、首を傾げてみせる。相変わらず小さくて細いのに、服からわずかに覗く手足はちゃんと鍛えられた美しさを持っていた。 さすが、少林寺拳法をずっと続けているだけはある。そんな、少し外れた感心の仕方をしていた健二の意識を力業で強引にさらっていったのは、表情の真剣さの割には軽く投げつけられた、佳主馬の一言だ。 「僕、じつは女なんだ」 「え」 健二は一瞬、その言葉の意味を正しく理解することができなかった。 だが、数秒後にやっと脳がその意味を指摘すると同時に、それを肯定せざるをえない様々なことが脳裏を駆けめぐる。 中学生男子にしては小さくて細い身体とか、声変わり前とはいえ女の子と間違えられてもおかしくない声とか、その告白を大いに裏付けていた。そもそも、この世界にこんな可愛い男の子がいていいのだろうか。いや、よくない。 よくわからないが、今や佳主馬は健二の中でいちばん可愛い存在として君臨していた。いつのまに夏希のポジションを越してしまったのか、健二自身にも不明だ。 佳主馬が可愛いこと自体は一度たりとも疑ったことがないものの、なぜそこまで突出してしまったのか。 そもそもこの感情は、四歳年下の弟みたいに可愛がっている男子に向けて抱くべきものではないんじゃないだろうか。ここ最近、たまにそんなことで頭を悩ませていた健二にとって、今耳にした佳主馬の爆弾発言は、まさに天の救いだった。 佳主馬が女の子だったというのなら、疑問はすべて解決する。気づいたときには憧れていたはずの夏希以上の存在になっていたとしても、不思議じゃない。 というか、そうであって欲しい。だとすれば、すべてが丸く収まる。健二はそもそもが典型的な理系脳なので、はっきり答えが出ていないと落ち着かないのだ。 だから、つい叫んでしまった。 「やっ、やっぱり!?」 本能のままに。 口にしてから本能的にマズイとは思ったものの、一度発してしまった言葉は取り消すことなどできない。 「……ちょっと、健二さん。やっぱりってどういうこと?」 「え。え??」 案の定、佳主馬は眉間に深くシワを寄せた。どう見ても、機嫌を損ねている。というか、拗ねている。 決して目つきが良いとはいえない眼差しに、明らかに険が乗った。だが、佳主馬はあぐら、片や健二は正座だ。元々の身長差に加えてその体勢の差、やはりどうがんばっても佳主馬は健二の顔を見上げるしかないので、上目遣いでにらまれてもじつは可愛いだけだ。 とはいえ、どう考えても佳主馬は怒っているので、そこで健二が楽観視していられるはずもなく。 「あ、あの、佳主馬くん?」 「僕が女とか、嘘に決まってるだろ!?」 「ええええっ、嘘だったの!?」 「当たり前だっ!! 今日、何月何日か言ってみなよ!!」 「し、4月のついたちで……あ」 そう、4月1日。1年で唯一、堂々と嘘をついてもいい日。 そういえば、そうだった。きれいさっぱり、忘れていた。 先刻、健二自身が脳内で思っていたじゃないか。今日から健二は高校3年生で、佳主馬は中学2年生。それはつまり年度の境目、年度の最初の日。 日本の場合、それは4月1日だ。 ──つまり、だ。 佳主馬はもちろん男の子なわけで、健二の悩みを解決するわかりやすい答えは、前提が成り立たなくなってしまう。 ただ、前提が成り立たなくなるだけで、特に結果が変わる訳じゃないことは、さすがに健二にもわかった。 まあ、仕方がない。本来であれば女の子に抱くべき感情を、女の子と間違えられそうなくらい可愛い男の子に抱いてしまったことは不可抗力だから、自覚してしまった以上もう諦めるしかない。 そう、色々な意味で諦めるしかない。佳主馬が女の子なら特に問題はない話だったが(年齢差はもしかしたら問題になったかもしれないが)、佳主馬が正真正銘男の子である以上、間違っても口には出せないことだ。うっかりバレたあげくに佳主馬に気持ち悪がられて避けられるくらいなら、健二は口をつぐむ方を選ぶ。 「そう、だったんだ……そっか……」 「……ちょと、健二さん? なんで、そんなに残念そうなわけ?」 だが、健二はどこまでも隠し事が苦手だった。またしてもその本音が漏れてしまったようで、ふたたびぎろりと佳主馬ににらまれる。 気のせいか、先刻よりも視線が痛い。それを実感すると同時に、健二の脳みそはかなりの勢いでテンパった。 ──結果。 「そ、そそそそんなことないよ!? 佳主馬くんは男の子でも女の子でも、どっちでも僕が知ってる誰よりも可愛いよ! それに性別なんて関係なくて、僕は佳主馬が佳主馬くんだからこう、誰よりも好きなんであって……!」 「え」 「あ」 どさくさに紛れて、言わなくていいことまで言ってしまった気がする。 というか、盛大に墓穴を掘っただけではなく、盛大に自爆した気がする。 「あ、あああああああのね佳主馬くん」 今のは違うのだと、好きだというのはあくまでも家族愛のようなカテゴリであって、と言い訳しようとして、そもそもそんな弁解をしなければならないと思い立つことそのものがおかしいのだという事実に、健二はようやく気づく。 普通、男同士で好きだのなんだの言い出す場合、友達や家族といった範疇から逸脱することは、頭から考えない。それ以上の感情があるからこそ、そうやって言い訳をしたくなる。 さて、どうすればいいのか。どう言い訳すれば、墓穴を埋められるのか。 だが──佳主馬の反応は、少し違っていた。 「今の、ほんと?」 見上げてくる眼差しから、険が消えている。健二の心を見透かすような、まっすぐな黒い瞳。 たぶん、比喩ではなく。今、佳主馬は健二の心を探ろうとしている。 「う」 「まさか、エイプリルフールの嘘とか言わないよね」 「ぼ、僕にそんな嘘言える根性ないよ!」 「うん、知ってる」 そして。 誤解することなく、正しく健二の感情を理解したのか、佳主馬はにこりと嬉しそうに笑った。 どこか、子どもっぽく。 ──なのに、どこか艶を含ませて。 「あのさ、健二さん。さっきのもう一度言ってくれない?」 「ど、どれを?」 「性別なんて関係なくてってやつ」 「か、勘弁してください……」 「なんで?」 伸びてきた浅黒い小さな手が、健二のあまり血色のよくない手をぎゅっと握る。いつのまにか膝立ちになっていた佳主馬との視線の高さは、もうあまり変わらない。 「嬉しかったのに」 耳元で楽しそうに囁かれて、健二はそのまま降参することにした。 (四月一日じゃなくても、恋する男子はいつでもバカ) *ケンカズっぽい気がしなくもない健二→←佳主馬 *エイプリル・フール限定で表に置いておいたやつでした *同じことやらせても、健二さんだとあまり可哀相にならないのはなんでだろう *拍手お礼3/3 |
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