『始まり』は、あまりに日常的なシチュエーションでかつ、そのシチュエーションでは有り得ないアプローチだった。
顔は悪くはない。
性格に多少問題はあるかもしれないが、ポーカーフェイスの異名は伊達ではない。
それを鑑みれば、確かにおかしいと思えないこともなかった。
健全な(はずの)中学生男子、しかも(恐らく)イケメンが浮いた話の一つもないことに。
しかし残念ながら、それに思い至るまでもなくヤツに関しては『優れた部員である』事以外に全く興味がなかったのだから仕方ない。
「なぁ、跡部。ちょっとお願いがあるんやけど」
まるで世間話をするように忍足がそう切り出してきたのは、いつものように練習を終えて皆を追い出し、最後にいつまでもダラダラ残っているヤツを
追い出して戸締まりをしようかと振り向いた時だった。
らしくもない緊張した面持ちを少し訝しくは思ったが、忍足のお願いとやらでまともなモノがあった記憶は、一片たりとも残っていない。
「どうせまた下らねぇことじゃねぇのか」
だが、いつもの調子で軽くいなしたこの言葉のどこに忍足を傷つける要素があったのか解らないが明らかに表情が硬くなるのを俺は見逃さなかった。
酷いとかなんとかすぐに返ってくると思った言葉はなく、沈黙が場を満たす。
自分の発言のどこに非があるのか理解できずに逡巡するが思い当たる節はない。
それとも本当に何か深刻で重大な相談だったのだろうか。
だったら何故俺に相談する。
この空気を作り出したのは俺か?俺が悪いのか?
「あー…すまん、跡部が悪いんやないから」
真剣に考え込む俺に困ったようにそう笑うと、でもな、と続ける。
やはりどことなくおかしい。
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