蒼を呑み込む唐紅(東堂尽八)
まだ、残暑の名残りが秋風と交じりながら残る季節。
気付けば陽が落ちるのも早くなったなぁと部活終わりに事務処理を進める手を止めて外を見た。
あれほど、薄い水色の鮮やかな空が今や唐紅に侵食されて、綺麗なグラデーションを作っていた。
思わず見入る程の光景に自然と口元が綻ぶ。
折角だから、写真に収めようと携帯を構えて、その風景を収めた。
少しブレてしまった写真に不服そうに顔を歪ませると再度、携帯を構える。
「何をしているんだ?」
「!びっくりした。音もなく現れないで欲しいな。東堂」
携帯に急に現れた東堂の顔がアップになり、抗議の声を上げる。
しかし、東堂は申し訳ないという様子もなく、笑いを浮かべて、すまんね!とだけ返した。
本当に音もなく近づいてくるこの男は"森の忍者"の方がよっぽど異名としてふさわしいと思う。
「とういうか東堂は帰ったと思ってたんだけど・・・」
部活が終わり他のメンバーと何処かに寄るような話をしていた気がしたと思った私は素直に疑問をぶつける。
当の東堂は柔らかな微笑を浮かべて、私の頭をぽんぽんと撫でた。
「お前が部室に残っているのが見えて、皆の誘いを断ってきた。
今から事務処理をするのだとすれば遅くなるだろうと思ってな。
大体、女の子一人暗い夜道を帰らせる訳にはいかないだろう?俺のポリシーに反する」
その台詞に一瞬で沸騰したように顔が熱くなる。
こういう東堂のフェミニストな所は心臓に悪い。
それが長所であるとも思うし、モテる要因なんだろうとは凄く身をもって今、感じていた。
「・・・ありがとう」
「礼には及ばんよ。ただ・・・そもそも恋人である俺が黙認すると思ってもらった事に関しては困るよ」
ころころと表情が変わる顔だなと関心しつつも、何事だと東堂を見つめる。
東堂は頭に触れていた手を離すとビシッと効果音がつきそうな位勢いよく、指差した。
蛇足だが育ちがいいのに人を指差していいのかと常に思ってしまうのだからそこらへんはどうなのだろう。
本気でそのへんを指摘すると煩そうなので黙って今は東堂の話に聞き入った。
「今度から残る時は声をかけろ。お前の為になら何をするにしても苦ではない。
それにお前と共に居れるならばどんな状況だろうと俺はどんな尽力も惜しまないし、幸せだ」
本日二度目の爆弾投下だった。
この男は先ほどから私を悶えさせて殺す気なのだろうか。
砂糖をぶち撒けたような甘い台詞で鼓動が煩いほどに高鳴る。
そんな風に私が恥ずかしがっているのもお見通しなのか目の前の東堂は少し意地の悪い笑みを浮かべていた。
だが、それは仕方ない事だと思うのだ。
東堂は本人が言うように私の恋人なのだ。
そんな愛しい恋人にこんな事を言われて恥ずかしがりながらも喜ぶのは女として当然だ。
それに対して東堂が意地悪く笑って見てくるのは乙女への冒涜と言っても過言ではないと思う。
結論としては、私だけこんなにドキドキするのは割に合わないし、東堂もこうなるべきだという事だ。
そう至るや否や私の行動は早かった。
「じゃあ、東堂。一つお願い聞いて欲しいな」
「?ああ、俺に出来る事なら・・・・」
予想外の切り返しだったらしく東堂はきょとんとした顔で頷いた。
私は内心、先ほどの東堂以上に意地悪く笑う。
そして、意を決すると小首を傾げて、自分が出来得る限り愛らしく訴えかけてみた。
「好きって言って欲しいなぁ・・・ダメ?」
「―――っっ!」
自分で言ってて何だがこれは物凄い恥ずかしい。
しかし、それ以上に目の前にある空の夕日よりも赤く染まった東堂に意識が向く。
でも、勝ち誇ったのも一瞬だ。
それ以上に愛しいという感情の方が強くなって私は自然と微笑んだ。
立ち上がり、東堂の隣に立つが口元を押さえたまま赤い東堂は少し肩を揺らす。
そんな東堂に更に詰め寄ってもう一度尋ねる。
「ねえ、私は好きだよ。東堂からも聞きたい」
強気になってしまえば意外に恋する乙女というのはタフなものだと思う。
しかし、こういう時意外にも弱気なのが東堂なのだ。
ファンの前でのパフォーマンスはどうしたという位、自身の恋愛に関しては古風で奥手。
直球な言葉で好きだの、愛しているだのは殆ど言わない。
それ以上に恥ずかしい言葉は結構言っているし、そっちの方がよっぽど恥ずかしいのではと私は思うのだが。
私は東堂が動くまでずっと見つめ続けた。
静寂の中、東堂が次に動き出すまで所要したのは一分。
体感的にはもっと長かったのではないだろうか。
東堂は口元の手を外すと下を向いたまま小さな声で答えた。
「・・・・・好き、だ」
表情は窺えないが東堂は絞り出すようにそういった。<br>
その一言を絞り出すのにどんな葛藤があったのだろうか。
本当に消え入りそうな小さな一言ではあったが私は嬉しくて思わずそのまま東堂に抱きついた。
「!?お、おいっ!!」
「東堂ったら・・・本当に大好きっ」
焦る東堂を知らぬ存ぜぬで無視して抱き締める。
乱れた口調がよっぽど慌てているのだと思うが知った事ではない。
「・・・・全く、お前には敵わんよ」
漸く諦めたらしい東堂は困ったように眉尻を下げながらも
決して嫌がってはおらず、寧ろ、嬉しそうに笑っていた。
でも、敵わないのは私も一緒だ。
東堂の一挙一動に心は右往左往して、振り回されっぱなしなんだから東堂にもそうなって貰わないと困る。
腰に回る東堂の腕にドキドキしながら顔を見上げると東堂も少し緊張した面差しで見つめ返していた。
自然と二人ともそんな様子が可笑しくなってきて、
笑い声を漏らすとどちらからともなく静かにキスを交わすのだった。
重なり合う私たちの後ろには解け合う蒼と唐紅が映っていた。
全ては募る愛しさの魔法。
(他愛もない日常の風景も、恋人達に掛かればドラマになる)