「抑えたこの心惑ひて」
(瞬×アーネスト←リンドウ)



怨霊との戦闘後。
陽も沈みかけ、空が茜色に染まり出していたため今日はリンドウの邸へ戻る事となった。

邸へ着くとそれぞれ夕飯の時間まで自由に過ごす事となり、再び外へと出かける者もいたが。
俺はふと気になる事があり、一人の人物をじっと見つめていた。

彼は疲れた表情で食事まで部屋で休むと告げてふらりと皆の前から立ち去る。
その後ろ姿を視線だけで追いかけると普段よりも重い足取りである事が見て取れた。
やがて俺の視界からその姿が完全に見えなくなると、小さくため息をつきながら考え込む。
悩んだ末に彼の向かった部屋へと俺自身も足を運び。

「アーネスト」

名を呼んで、返事も待たずに襖を開けた。

「瞬さん?どうしました?……私に何か用ですか?」

口数の少ない俺がわざわざ声をかけた事に首を傾げながら振り向くアーネスト。
休もうとしていた彼は手袋を外し、上着を脱いでいる所だった。
俺の来訪に畳んだ上着を綺麗に部屋の隅へと置くと姿勢を正してこちらを向いた。
アーネストが俺の次の言葉を静かに待つ。
だが俺はしばらくその様子を無言で見つめる。

「…………」
「…………」

しんとした静寂が支配する部屋の中。
ただじっと無言で見つめられたアーネストは困惑した様子でこちらを見つめ返す。

外で風が吹き、木々や邸の戸を揺らす音がやけに大きく響いて。
まるで時が止まったかのような空間に、時の流れを感じさせる唯一の音となった。



「……あ、あの……?……瞬さん?」

さすがにいつまで経っても言葉を発しない俺にじれてアーネストが困り果てたように話しかけて来る。
その声をきっかけに俺は一言。
静寂の中言い放った。

「服を脱げ」

何の脈絡もなく。
そう告げられたアーネストはこちらの意図がわからずきょとんとした顔で「はい?」と聞き返して来る。

無理もないと思いつつ。
俺はもう一度同じ台詞を言ってやる事なく行動に出た。

「えっ?しゅ、瞬さん!?」

部屋へと入り込み、距離を縮めた。
アーネストの服の釦に手をかけ、それを外そうとする俺に驚いて。
慌てて後退し、逃れようとする。

だがこちらはそれを許すつもりはなかった。
アーネストの肩を掴むとそのまま畳へと押し倒し、抵抗出来ぬように圧し掛かる。

更に驚きの顔を見せるアーネストだったが、俺はお構いなしに彼の服の釦を外していく。
そして次々に着ているものを剥いでゆくとアーネストの口から英語で嫌だ、止めてほしいといった言葉が零れた。
それでも俺は手を止める事なく服を脱がせる。
段々抵抗が激しくなると割と強い力で肩を畳に押し付けてやった。
すると。

「Ouch!That hurts!Stop it!Let go of me!」

顔を顰め、痛みを訴え、放してほしいと叫び出す。

「瞬さん、止めてください!痛いです!」

本当に辛そうに、顔を歪めているその姿に力を入れ過ぎたと思い、少しだけ手を緩めるが。
決して解放はせず、そのままの体勢で。

「Do as I say……」

彼にとっての母国語を使い、言う通りにしろと言い放った。

「止めてほしければ大人しく服を脱げ」

痛みを与えている事を承知で肩を掴み、鋭い視線で射抜くように見つめる。
我ながら冷たい言葉だと思う。
がしかし俺には優しく声をかけて接する事も出来ず。
乱暴にしたつもりはなくとも割と手荒な手つきで服を脱がせていった。

何故俺がこのような行動に出たのか。
理解出来ずに混乱した様子で。
けれどそれよりも俺が力を入れて押さえつけた肩の痛みが酷いようで、アーネストはひたすら痛いと訴えていた。

俺の憶測はそこで既に確信に変わっていたが、実際にこの目で見なければどの程度のものかはわからない。
それを確認するため、上に着ていたすべての服を取り払う。



「…………」

完全に肌が露出して。
それを目にしてああやはりそうかと無言で見つめた。

「……肩を痛めたのか?」

やがて言葉少なめにも問いかける。
怨霊との戦闘が終わった後から彼は様子が少しおかしかった。
もちろん戦闘で体力を使い、疲労しているせいもあるのだろうと思ったが。
それにしてもどこか違和を感じていた俺はずっと気になっていたのだ。

けれど本人は自分から何か不調を訴えるような事はせずそのままだったので、俺は苛々しながらアーネストの様子をひたすら観察していた。
その行動を見て、右肩辺りを痛めているのではないかという考えに至ったが確信が持てず。
邸に戻ってからこうして確認せずにはいられなかったのだ。

服を脱がせると、アーネストの右肩が赤く腫れ上がっていた。
その上少しずつ青黒く痣になりかけている。
白い肌はより一層その色を際立たせていてとても痛々しく見えた。
血が流れた様子はないが、おそらく怨霊の攻撃を受けて内出血しているのだろう。
割と広範囲のようで、かなりの痛みを感じているはずだ。

「何故黙っていた?」

俺の問いかけに返事はなく。
隠し事が見つかって気まずそうに視線を逸らす子どものような仕草。
いや、もしかしたら問い詰める俺の言動に怯えている子どものような仕草と言えるかもしれない。

再び小さくため息をつくとゆっくり押さえつけていた身体を離し、その身を解放した。
そこで少し安堵したのかアーネストが口を開く。

「……すみません……。この程度の怪我で騒ぎたてるのは迷惑だと思ったもので……」

心底申し訳なさそうにそう言った。
普段皮肉屋で口が達者な彼がこういった姿を見せるのは珍しい。
外交官であるが故、己の本心を隠すのが上手くなっただけで本当は純粋でとても優しい心を持っているのだという事も知ってはいるが。

「迷惑……?」
「だってそうでしょう?他の八葉の方たちは皆、武士として戦いの中に身を置く事に慣れている方ばかりですし、……この程度の怪我なんて皆平気そうな顔で物ともしていないじゃないですか。……それなのに……」

どうやら他の八葉と比べ、何もかもが違うと引け目を感じているらしかった。
最初八葉として選ばれた時にも彼は言っていた。
異人である自分が八葉でいいのかと。
確かに日本の伝承である神子と八葉という存在に異国の者が選ばれるというのはあまりない事かもしれない。

だがそれ以外にも戸惑う所はあったのだと思う。
八葉として選ばれた者は皆、戦いの日々を送る武士といった者たちばかりだ。
もちろん俺のような例外もいるが。
それでも皆、武芸に秀でた者ばかりである。
神子を守るという役目において戦闘能力を備えている方が都合がいいに決まっているだろう。
どうせ八葉として選ぶのならば神子を守れるだけの力ある者が選ばれるべきだと。
ただの外交官であり普段は武器を持って戦うような身ではないアーネストが戸惑うのも仕方のない事だ。

しかし選ばれたからには役目を放棄する事も出来ない真面目さを彼は持っている。
それ故、外交官としての仕事がありながらも可能な限り神子と行動を共にしていた。
他の八葉たちに任せられる事に関しては手を抜く事も確かにあるが。
自分は武士ではないのだからあまり期待に添えないかもしれないと口では言いつつも。
出来る限り足を引っ張りたくないと思うのは男としてのプライドか。
それともこの時代における世界最強国の人間が、極東にある小さな島国の時代遅れな人間に劣っていると思われるのが許せないのか。
あるいは本当に純粋に皆に迷惑をかけたくないと思っているからか。
いずれにしろ、弱音を吐かずに無理をしているのだろう事は想像出来た。

だが俺には彼の誇りや気遣いを尊重してやるつもりもなく。

「……無理をして倒れられる方が迷惑だ。大体このような身体でまた戦闘になったら危険だ。ただでさえお前は八葉の中で一番戦闘経験に劣る」

きっぱりと言い放つ。

「怪我をしている事がわかっていればある程度フォローする事も出来る。だが知らなければこちらも判断を誤る可能性があるだろう」

俺は間違った事は言っていないはずだ。
神子を守る使命を果たすため、二つの世界の融合を防ぐためにも八葉が欠けるわけにはいかない。
些細な事でも大きな過ちに繋がるかもしれないのだから。
もっと注意するべきだと俺は思う。
それにアーネストは異人で人目を引く容姿なので良くも悪くも目立つため、攘夷派からも狙われやすそうだ。



「…………」

黙り込んでしまったアーネストをじっと見つめたまま。
俺はそっと痣になっている右肩に触れた。

先程は乱暴に掴んでしまったその肩を。
今度は痛みを与えぬように撫でる。

はじめはびくりと肩を揺らしたが。
俺が押さえつけようとしているわけではない事がわかると特に抵抗はせず受け入れていた。

「……すみません……。今度からはきちんと言うようにします……」

だからもういいでしょう?と。
そう言って俺を見上げる。

その顔は身長が俺よりも高い割にとても幼く見えて。
そういえば普段は上品な振る舞いで大人びているため忘れがちだが。
アーネストは俺よりも年下だったなと改めて思った。

そして湧き上がる不思議な感情。

神子を守る事が何よりも大事で。
星の一族としての使命を果たす事が俺の生きる意味だった。
母からもずっと神子に尽くすよう言われて来たのだ。
いやそれだけでなく、夢でみたゆきの姿に惹かれた事もあって俺はその役目を第一と考えて生きて来た。
すべては一族の使命のため、仕える神子のため。

そう思って生きて来たはずだった。

それなのに今、己の胸に抱く感情は果たして神子のためになる事だろうか?

今目の前にいる一人の男に心が大きく揺さぶられている自分がいる。
神子を守り、この世界を正しい未来へと導くという使命以外に大事なものなどないはずだというのに。



「もしも……」
「……はい?」
「もしも他の誰かに言いづらい事であれば……俺だけにでも構わない」

ずっと冷たい口調で放っていた言葉。
それが嘘のように柔らかい口調に変わっていて俺自身が驚いた。
それでも言わずにはいられず言葉を続ける。

「俺は武士ではないし、この世界の者でもない。だから気軽に接してくれて構わない。それに……」
「…………」
「俺ならば英語も理解出来る。日本語で言い難い事があれば英語で言ってもいい」

突然態度が変わった俺に驚きの顔で見上げるアーネストを見て思わず笑みが零れ。
滅多に見せる事のないその表情は彼を更に驚かせたようだった。

「……瞬さん?」

戸惑いながらこちらを見るアーネストを愛しく想う気持ちが押し寄せて。

「I want to know all about you.」

思わず出た英語は彼の事をすべて知りたいという告白じみた言葉。
そのままその身体を抱きしめたいという激情に襲われたが。
何とか抑え込み、堪える。

俺の中で警笛が鳴り響く。
これ以上はいけないと。

使命を果たし、この世界が合わせ世になるのを防いだら。
合わせ世に生まれたこの身は消えるのだ。

決して手に入らない未来。
それを望む事は許されない。
だからこそ夢で惹かれた神子にすら感情を押し殺して接して来た。
だというのにどうして?

ここに来て何故俺はこんなにも心が揺れているのだろうか?



静かな部屋の中。
やがて冷たい隙間風が吹き込み。
上半身何も身につけていないアーネストがぶるりと震える。

そういえば服を脱がせたままだったと思い出し。

「……今の時期寒いかもしれないが、傷は冷やした方がいいだろう」

しばらく我慢するよう言った後、簡単に手当てをはじめた。

傷が痛むのか、アーネストは時折辛そうに目を閉じていたり俯いたりしていた。
もしかしたら俺にじっと素肌を見つめられて恥ずかしいという気持ちもあったかもしれないが。
俺はいつもの無表情に戻り、淡々と治療に専念していた。
余計な雑念は捨てるべきだと言い聞かせながら。

そうして一通り手当てし終わると。

「あまり無理はするな」
「……はい……ありがとうございます」

一言二言言葉を交わし。
夕飯までゆっくり休むように告げて部屋を出る。



部屋を出た先には柱に寄り掛かってこちらを見つめる人物がいた。
その人物はうっすら笑みを浮かべながらそっとこちらへ近づいて。
俺の耳元で呟く。

「ふ~ん。あそこまでしておいて手を出さないんだ?」

それはとても挑発的な声。

「同じ星の一族として忠告しといてあげるけど……」

ふっと鼻で笑ったかのような仕草の後。

「瞬くんがちゃんと捕まえておかないなら……他の人にとられちゃっても知らないよ?」

宣戦布告の如くそう告げられる。
暗にリンドウもアーネストに惚れているのだと言っているようなものだった。
言いたい事だけを言うとさっさと去って行くリンドウのその背中を無意識に睨みつけながら。
俺は心の中で言い返していた。



もしも俺に未来があり、誰かを愛し、共に生きる事を望む事が許されるのだとしたら……
俺はとっくにその身を抱きしめ、この腕に捕らえて離しはしなかっただろう……と。






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