目の前の少年は”俺に構うな”と掠れた声で言った。その後私たちはただ黙っていた。
天使が飛ぶには、寒すぎる夜だと思った。
肺が凍るような気温のせいで、息は喉を通り過ぎると白く光った。まるで悪魔がこちらを見ているみたいだった。
「私はあなたを見逃すことはできないんですよねえ」
「るせぇ」
「立ってください」
「ブチ殺されてぇのかァ」
ザギは周りに転がる肉塊を踏みつけて、私の胸倉を掴み壁に叩きつけた。自然と閉まる喉の閉塞感に不快感を感じて、私は若干彼を睨み付けたくなった。
「俺が殺して何が悪ィ!テメェ等の依頼だろォが帝国のクソ共!」
「帝国は民間人による殺人の一切を認めていませんよ、ザギくん」
小さな殺人鬼は苦しそうに呻くと、私を苦しめていた手を解いた。そして、その小さな体に突き刺さる刃を抜き捨て、溢れだした血を見ていた。
血は途端に彼のボロの服を汚した。
かわいそうな少年だ。こんなにも小さいのに、人を殺すことを仕事にし、そして自らの魂を傷つけることでしか、生きていけないなんて。
この子が生きている意味は何なのだろう。何故こんな残酷なものが存在するのだろう。
「おいでザギくん」
「何、の真似だァ」
「とどめを刺してあげます」
小さく丸まって腹を押さえている少年は、私の言葉を聞いてその真っ赤で獰猛な瞳に光を灯した。
迷いながらもザギはおずおずと私の下まで歩いてきた。
「いい度胸ですね」
「どうせこのまま逃げても、テメェには捕まるだろォが」
「手傷を負った子供を追い掛け回して殺すなんて残酷な任務は、騎士団にはありませんよ恐らく」
「さっさとしろォ」
この子はなんて悲しい獣なんだろう。
この子は逃げられた。絶対に。私はこの子が手傷を負っていても、追いつけなかっただろう。でもこの子は私を殺す喜びよりも、自分の命を延ばすよりも、目の前の女に殺されたいと願っている。
かわいそうな獣は、血を流して、糸が切れたように崩れ落ちた。
「気を失ったの、」
このままこの子を捨てておけば、明日の朝には死体となってしまうだろう。
私はゆっくりと彼の体を抱き上げた。なんて軽い体なのだろう。何も食べていないに違いない。
「今日は本当に冷える、やんなっちゃうなあ」
私は城に背を向けて、誰か彼の体を診てくれそうな医者を城下に探すことにした。急患でも戸籍がなくても診てくれる医者なんて、いるかな。
きっとザギくんは知っているだろうけど、生憎と気を失ってしまった彼を起こすわけにはいかない。
「治癒術、覚えとけばよかったなあ…でも得手不得手ってものが世の中にはあるのよね、ザギくん」
「ああ、そうだ、君気絶してるんだもんね、返事できないよね」
「私ってばこんな子ほっといて屯所に戻ればいいのに」
「それができたら、医者なんか探さないか」
どうせもう二度と着ないのだ。動きづらい鎧なんか脱いでしまおう。
「…外は寒すぎるよ、キミが一人でいるのにはね」
少年ザギ君と女騎士。拍手ありがとうございました!
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