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親友(新蘭)


「本当に飽きないのね」
「あ?」
「それよそれ。推理小説」
「あぁ。なんなら、オメーにも貸してやろうか?」
「ううん。そうしたら、工藤くんから話を聞く楽しみが減っちゃうもん」
「なんだそれ」

俺が笑うと、彼女もつられて笑った。
毛利蘭は、他のやつとは少し違った存在だった。
一緒にいると居心地がいい。気も使わない。いつだって俺の話を楽しそうに聞き、俺の隣でマイペースにしたいようにする。
「このホームズオタクー」
前の席に座りしばらく編み物に没頭していた彼女だったが、楽しそうに俺の頬を指でついてきた。
「オメーなぁ……」
「だって、あんまり真剣な顔して読んでるんだもん」
毛利が楽しそうに言うので、俺は思わず苦笑する。
その時だった。
「……毛利さんっ」
2年B組の教室の入り口で、1人の男子生徒が叫んだ。
毛利と俺は、同時にそちら側に視線を送る。
「高橋くん。どうしたの?」
「ちょっと、いいかな?」
高橋と呼ばれた男は、俺の方をちらっと一瞥し、それから再び毛利へと視線を戻した。
“どうしたの?”じゃねーだろ。どうみたって告白だ。
高橋の顔を見ればすぐに分かる。額から耳から真っ赤にして、真剣な表情で毛利を見る高橋を見て、誰が部活の相談だなんて思うのだろう。
俺は立ち上がった。
「工藤くん?」
「俺、プリント出し忘れたから職員室行ってくる」
毛利はしばらく無言で俺を見ていたが、すぐさま笑顔で言った。
「わかった。じゃあ、また明日ね」
それはまったくもって素晴らしい笑顔だと思う。
毛利蘭は確かに可愛い。
中学に入ったばかりのころに知り合い、それから高校に入学して2年になる今までいつもなんとなく一緒にいた。
それがどれほど幸運なことだったかということを、俺は時間の経過とともにひしひしと理解させられることとなる。
毛利蘭は可愛い。毛利蘭は人たらしである。
外見もさながら、明るくて気さくで、料理も出来て運動神経も抜群。誰にでも分け隔てなく接することができ、優しくて頭もいいから、男女ともに彼女に好感を抱く人間は少なくない。
告白も、おそらく何度もされているのだろう。国宝級に鈍いから、毎度毎度言われるまでそれに気付かないことが多いみたいだけれど。

教室を出る際、高橋と入れ違った。高橋は俺を一瞥し、そして教室の中へ入っていった。
ドアを閉め、当然職員室になど用があるはずもなく、ずるずると壁に背中を預ける。
高橋の挑発的な視線が、ちらちらと脳裏によぎった。
「あ、あのさ……」
立聞きをしようと、ぐずぐずその場にいたわけではない。
ただ、彼女を教室にただ1人残してきたこと、それ以外の選択肢を自分が持たないことに、苛立っていたのは確かた。
「うん」
聞き慣れた毛利の声が、自分の知っているものとはずいぶん違って聞こえる。
こいつはこんなに可愛らしい声をしていただろうか。
居心地のいい親友。男女という性別を感じさせない最高の話し相手。だったはずなのに。
「毛利、工藤と付き合ってんの?」
は?俺?
「付き合ってないよ」
毛利があっさりとそれを否定した。
本当のことだ。まぁいいけど。
「じゃあ2人は」
「トモダチだよ」
「そっか」
……沈黙。
教室内の緊張がこちらまで伝わってくる。
嫌な鼓動の速さ。窓の向こうにのぞく校庭はすっかり夕焼けに染められており、ぽつりぽつりと人影が見えた。
「もう気づいてるかもしれないけど、俺、毛利のことが好きなんだ」
高橋の震えた声が聞こえた。
…………。
俺は、ゆっくりその場を離れた。
それ以上は、聞くべきではない。
そう思ったからだ。


20分ほど適当に校内をぶらついてから教室へ戻ると、毛利はまだ帰っていなかった。
高橋の姿はすでにない。
誰もいない教室で、蘭は席に座ったままぼうっと一点をむいたまま動かなかった。
窓からのぞく夕日の光に横顔を照らされた毛利は、普段の彼女とは違っていた。
頬にかかる髪、夕日が見せる影、うつろな瞳。
綺麗だと、思わずにはいられなかった。
俺の視線に気づいた毛利がゆっくりと、顔を上げた。
「まだ帰ってなかったの?」
「あ、あぁ」
顔を上げた彼女はいつもの毛利で、俺はほっと溜息を洩らす。
いつものように愛嬌に溢れた表情で彼女は笑った。
「なぁに?じろじろみて。変な工藤くん」
彼女は高橋になんと返事を返したんだろう。
そんな俺の思考をくみ取ったのか、彼女が突如瞳を伏せた。

「高橋くんと付き合うことになったよ」

それは鈍器で頭を強打されたような痛みだった。
「は?」
口の中が一瞬にしてカラカラに乾く。途端に早く脈をうつ鼓動。
何だ俺。なんでこんなに動揺してんだ。
「嘘だろ?」
「うん」
……ん?うん?
うんって何だ。
俺はいぶかしげな視線を彼女に送る。
しかし、彼女は全く気にしていないといった様子で言った。
「うん。嘘だよ」
と肩をすくめてみせた。
「オメーなぁ」
悪びれる様子もなく言う彼女を俺は軽く睨んだが、そんな俺を、しかし毛利もにらみ返した。
そして言った。
「工藤くんが悪いのよ」
「え?」
「先に嘘ついたのは、工藤くんでしょ?」
嘘。それが何を指しているのか、俺には少しも検討がつかない。
思考はただ、毛利がなんと返事をしたか、その一点にしがみついて他に気を払えないのだ。
「嘘?俺がいつオメーに嘘ついたんだよ」
「職員室に提出するプリント、あるならわたしにもぜひ教えてくれる?」
「…………」
もちろん、職員室に提出するプリントなんかあるはずもない。
あんなの、高橋に場を譲るための嘘だ。おそらく高橋だって気付いていた。
「あの場は、ああするしかねーだろ」
本音を言えば教室を出て行きたくはなかった。
けれども仕方ないのだ。俺には高橋の告白を邪魔する権利も、毛利をその場から連れ去る権利も、何もないのだから。
毛利は特別だ。他の男友達とも、女友達とも、明らかに違うその関係に、どのような名前をつけてよべばいいのか俺には検討もつかない。
けれど間違いなくいえることがある。毛利が高橋に言ったように、俺と毛利は付き合っているわけではないのだ。
トモダチ。トモダチには、告白を妨害する権利も相手を拘束する権利もない。
…………?
何も間違っていないのに、何かが引っ掛かっていた。
違和感。のどに刺さった小骨のように、それは煩わしさを、不快感を俺に与えていた。
「別に頼んでないもん、わたしは」
彼女は視線をそらした。その横顔を見て、俺は思わずにはいられないのだ。
「やっぱ、綺麗だな」
「え?」
それを口に出していたと気付いたのは、目の前でふてくされながらそっぽを向いていた彼女が、顔を真っ赤にして、驚いた表情で自分を見てきたからだ。
俺は慌てて右手で口を押さえた。
そんなことをしても意味がないことは分かっていながら、ひどく不恰好だと思う。
彼女の視線に居心地の悪さを感じて、今度は俺が視線をそらした。
気まずい沈黙が流れた。それは彼女と知り合って5年目にして、初めてのことだった。
その沈黙を破ったのは、彼女の不自然なまでに明るい口調だった。
「確かに、本当に綺麗な夕日ね」
俺は驚いて彼女の方を見る。
まだほんのりと頬を染めた彼女が、そうして不自然な笑みを浮かべていた。
いつもと同じ、素晴らしい笑顔。けれどーーーー。

あぁ、こいつは、笑顔を作るのがうまいんだ。
だから悲しい時も、全然楽しくない時も、つらい時も、泣きたい時も、いつだって完璧な笑顔を作り上げる。
俺の右手が、彼女の肩を流れる髪に触れた。
綺麗な黒髪を手に取り、そして毛利を見た。
彼女はもう笑っていなかった。戸惑うように揺れる長いまつげ、そのまつげが白い肌に落とす影。
そそられる、と感じた。
「夕日じゃねぇよ」
「え、なに?」
「綺麗っつったのは、オメーのことだよ」
彼女の目がわずかに見開かれた。
口をぱくぱくさせて、信じられないものを見るような目で俺を見た。
「んだよその顔」
「え?」
「オメー、今すげぇ顔してるぜ」
「ど、どんな?」
「こーんな顔」
そう言って俺は適当に表情をゆがめて見せる。
彼女はおかしそうに笑った。
「そんな顔してないわよ」
それを見て、俺もつられて表情を緩めた。彼女には、こういう笑い方が一番似合う。
無理やり作られた笑顔ではなく、自然な笑顔が。
「帰ろーぜ、毛利」
俺は彼女を呼ぶ。
「うん」
彼女はいつだって、それに応える。とびっきりの、まぶしい笑顔で。
「今日は工藤くんのおごりね」
「なんでそーなんだよ」
「あら?親友に嘘ついた罰よ」
「……わーったよ。おごればいいんだろ」
「やった」
親友ね。まぁいいけど。
俺の隣を歩く彼女は、楽しそうに食べたい物の候補を挙げている。
俺は苦笑しながら彼女の話に耳を傾ける。
「蘭」
はじめて、俺はその名前を口にした。
彼女は驚いた表情で俺を見上げてくる。
そんな彼女に、俺は笑いながら言った。
「そんなに食うと、太るぞ」
「う、うるさいわよ」
彼女が頬を赤らめて叫んだ。
彼女には悪いけど、“親友”を続けるのはもう無理みたいだ。

学校のチャイムが校庭にも響く。
足元には影が伸びる。
いつもと変わらない空気のにおい。
けれどもいつもと少しだけ違うように映る景色。
今朝とは違って見える彼女の横顔。






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