ありがとうございました!

(ロイクラ)

ロイドは時折、森の奥のこの場――自らの家に、帰ってくる。その殆どは仲間たちと。そして稀にひとりで。今回は後者だった。
頻繁の出来事では無かったが、そう珍しい事でもない。
ミトスや世界を後回しに遣り残したことを回収してる、などとミトスがあまりにも憐れな話を満面の笑みで(…そしてさも当然のように)言ったりはするが、此方としても皆の元気な姿を見れるのは嬉しいことだった。
二人きり。その、部屋の中。床に座すロイドが片手に持つのは彫刻刀。はじめは何の変哲もなかった小さな木材が、あっという間にその形を変えていく。
真剣な眼差しをしたロイドの横顔を、寝台の縁に座ったままで見つめていた。
やんわりと照る日差しが入り込んでくる、おだやかな午後。

…器用なものだ。たいして動きを止めることもないその手を眺め、ぼんやりと思考を繰り広げる。この子の手先が人一倍に器用だということを耳にしたことは確かにあったが、よくよく思えばそれを目の当たりにするのは此れが初めてだ。
もう、随分と前の話…になるのだろうか。世界再生の旅をし始めたばかりの頃、ロイドが語っていた夢を思い出す。自らの手で自らの船を作り、それに乗るのだと言って笑っていた。それは決して不可能な夢では無かったのだろう。
―――ああ、それを私が失わせてしまったのか。
「……クラトス?」
われに返る。気付けば、先ほどまで木材を彫り続けていたはずのロイドが、その瞳でじっと私を見上げていた。
「どうかしたのか?」
「いや、……」
向けられた言葉を否定しようとし、…結局、中途半端のところで口を閉ざしてしまった。訝しげな顔をする彼を目に、うつむく。どうすれば良いのかわからなくなってしまった。
胸の奥底が痛む、ような気がする。それが何故かもよく解らず、…ただ。
「…?」
「………邪魔だろうか」
「え、いや、全然! 邪魔なんかじゃない」
寝台から立ち上がり、ロイドへと近寄る。その隣に腰を下ろして彼の顔色を窺った。問いかけへの答えに安堵しながら、その身体に寄りかかってみる。あまり体重を掛けぬよう注意をしているつもりではあるが、それが上手く出来ているかは解らない。
くす、と零れ落ちる声が聞こえた。
「どうしたんだよ、クラトス。珍しいな」
「………」
日は少しずつ暮れてゆく。ロイドは、明日にはまた、出かけてしまうのだ。それを寂しいとは思わない。そう感じる資格も私には無い。
ただ、そう考えていると胸奥がひどく痛むのだ。
「まあ…甘えてくれるのは嬉しいけどさ」
そうして笑みを深めるロイドを目にした時、痛み続ける胸の内に何かがすとんと入り込んで来たように思えた。それは一体何なのか。探り出そうとして、…止める。
邪魔であろうに、寄りかかった私をそのままにして器用に作業を再開させるロイドの、その横顔をじっと眺めていた。



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