サイゴのオネガイ







 呪いとも謂うべき、小狼の対価が漸くの終わりを迎えた。
 モコナはまず、桜が待つ玖楼国へと到着した。本来、モコナは行き先を決めることは出来ないが、店主代理である四月一日へそれぞれ対価を渡し、行先を指定しているので、他の世界へ渡る心配はない。
 小狼を送り届けたモコナたちは、数日間玖楼国へ滞在し、次に黒鋼の世界へ旅立つため、街より少し離れた砂漠へ出向いていた。旅立つ者と残る者で二手に分かれる影。ファイが残る側へ足を踏み出すので、黒鋼がファイの腕を掴む。
「黒るん?」
「行く中てねぇんだろ。だったらお前も俺の処へ来い。知世の好い遊ばれ相手になる」
「オレ、遊ばれちゃうの?」
 くすくすとファイは笑っている。拒絶の色は見えない。けれど。
「ねえ、憶えてる? ニライカナイでした、オレとの賭け」
「……忘れた」
「ふふ、嘘が本当に下手だね。…ひとつ、云うこと聞いてくれるお願い、残ってたでしょ。それ、いま使うよ。―――手を…離して」
「………」
 黒鋼の眉間の皺がより深く刻まれる。ぐっと力を一度込めたが、瞳を瞑り、ス…と手を離した。
動揺したのは、黒鋼よりもふたりを見守る四人の子どもと一モコナだ。
「ファイさんっ…」
「黒鋼さんっ、いいんですか?!」
 旅の経過で、写身で在った〝小狼〟とサクラを取り戻すことがなんとか出来た。そのため、いまは小狼と桜、〝小狼〟とサクラ―――真名がそのままでは良くないと、新しい名を小龍、そして水桜〈ミオ〉という名を藤隆と撫子から与えられた。
「……!」
「……」
「ファイ…」
 子どもたちは固唾を呑みながら、大人たちの行く末を見つめる。
 一歩、また一歩と黒鋼から距離を取ったファイの表情は、晴々している。
「―――前は、誰かに連れて行ってもらうことばかりを…望んでた。それしか、待てなかった…」
「………」
 別れの言葉のようにファイは語り出し、黒鋼は黙して聴く。一言一句、聞き逃さないために。
「桜都国で、黒ぴっぴ云ってたじゃない。『行きたいなら自分で行けばいい』って。黒ぽんらしいって思ったし、いまも思ってる」
 くるりと踊るように廻り、振り返ったファイの笑顔は、作り笑いではない。
「でもね、いまは違う。行きたい処に、オレはもう行けるんだよ。自分の足で。自分の意志で。 だ か ら 」
 砂を強く踏み、黒鋼へとタックルする勢いで抱き付く。黒鋼は急な衝撃に踏鞴を踏むも、それを受け止める。
「これからも宜しくね、黒さま!」
「まどろっしいことしやがって」
 安堵の息を吐き、受け止めた身体をゆるく抱き返してやる。元から男にしては軽い比重だ。骨と皮と少しの筋肉しかないので、毛深いうさぎのような生物がいた熱帯の国で、大風に飛ばされかけていたほどだ。下手をしたら小僧より軽い。
「ぷぅ! よかった~!」
「そうね、モコちゃん」
 モコナが水桜の掌で跳ね上がる。桜にそっと両手を包まれた水桜は、桜をまっすぐに見つめる。
「向こうへ行ったら、きっと大変なこともあると思うわ。でも、絶対」
「だいじょうぶ…ね。小龍と、黒鋼さんと、ファイさんが一緒なんだもの」
「えぇ、そうね」
 女子は女子で別れを互いに告げ、男子も別れを告げる。
「これで、ファイさんのことも安心だな」
「ああ。―――小龍…いや、父さん。元気で…」
「ありがとう…。小狼こそ、姫と末永く。孫の顔がいつ見れるか、楽しみにしてるよ」
「っしゃ、小龍!?」
「ははは」
 ぽひゅ、と紅くなる小狼に、小龍は揶揄い甲斐があるなと笑う。
 小龍と水桜は玖楼国へ残るかと思ったが、この玖楼国は〝小狼〟の故郷とは似て非なるものだ。〝小狼〟が育った玖楼国は、飛王との決戦後、次元と世界の修復の際、現在の玖楼国の時間軸へと上書きされているのだ。〝小狼〟の養父であった藤隆は桜姫の父であり、玖楼国の王であることが、何よりの証拠だ。
 〝小狼〟の養父藤隆と、サクラの母撫子は、本来 死 ん で い る はずなのだから―――。
 また、玖楼国へ永住することが出来ないのが、小龍と水桜の日本国への移動と翻訳付き対価でもある。ファイの対価は現時点での魔力の半分を譲渡することで、移動と翻訳付きとなっている。
 日本国へ誘ったのは、意外にも黒鋼からだ。小龍は忍軍の人手にも足りるし、水桜は夢見の力があるのなら、知世の代わりに『夢』を視る仕事が出来ると、不器用なりの誘い方だったが。
 ふわりとモコナが宙へ浮かび上がり、魔方陣と羽を出現させる。
「達者でな。小狼、桜」
 子どもたちの頭をひと撫でし、真面に名を呼ばれた子どもたちは、一瞬驚いたが、すぐに元気な返事を返す。次いでファイには抱擁を与えられ、腕の中にふたりが収まる。
「……小狼くん、サクラちゃん…元気でね」
「はい。ファイ、さんも…お元気で」
「…旅の間、食事をありがとう。とても美味しかった」
「ふふ。ありがとう。今度は日本国のご飯作ってあげるよ」
「…行くぞ」
「うん」
 名残惜しげにふたりを解放し、黒鋼が先立って浮かぶモコナの足許へ進む。後続にファイ、小龍、水桜が続く。巻き上がる砂と光の粉を含んだように煌めく煙に、四人が徐々に包まれていく。
 小狼が桜の手を握り、桜も握り返す。共に別れの痛みに耐えるのは、玖楼国を去るもう一人の自分たちも同じだ。
「また、逢える…。いいや、逢いに来る!」
 小龍と水桜が笑って手を振る。小狼と桜も手を振り返す。
「おれも、逢いに行く!!」
 やがて煙は完全に四人を包み込み、モコナの口へと吸い込まれた。いつもならすぐに時空へ消えてしまうモコナが、何かに耐えるようにその場に留まっている。
「…小狼、桜…。ばいばい! 元気でね!!」
「モコナ……いままでありがとう!」
「また逢いましょう!」
「うん!」
「四人のこと、頼む」
「まっかせておいて!」
「黒いモコナちゃんと、四月一日さんに宜しくね」
「うん!」
 大きく手を振るふたりに、胸を張って見せる。そうしてモコナ自身も、時空の空間へと消えた。しばらくふたりはそのまま立ち尽くし、抜けるような青天の向こうへ願いを馳せた。

 ―――彼らの未来に、幸多からんことを。



始まりの仲間 END




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