…拍手御礼小説…




『秋の過ごし方』
今回は連載キャラはお休みです(・ω・´






「読書の秋という言葉があるでしょう」
「はあ。そーですねェ」
 小首をかしげながら丸い瞳で見上げてくる様は、正直言うと愛らしい。だがそのような要素だけではこの引きつる頬を緩めるまでには至らないのだ。なんせ彼女の腕には、持てるだけの……否、持てる以上の菓子類が抱え込まれている。その細く骨ばっているほどの身体のどこからそんな食欲が沸いてくるのかと、ため息をつきたくなった。
 しかし、私は落ちつきをもって諭さねばならない。お目付役とはそういう立場だ。
 従妹にあたる彼女、まあハッキリと告げるのならば高校生の小娘の面倒をみることになって日は浅い。通学が不便だの寮費がどうのと両親と揉めたあげく、学校のごく近くに住んでいた私の家に下宿をすると乗り込んできたのだ。後日改めて話をまとめられてしまい、さすがに叔父叔母に強く反対もできず、この状況となっている。
「読書が嫌なら、芸術でもスポーツでも、何でも構いません。とにかくその情緒も色気もない状況をどうにかなさい、まりあさん」
 名前ばかり上品な少女は私のお気に入りのソファに腰を下ろすと、白い脚の上に満足げに菓子を広げた。
「食欲の秋って言葉もあるわけだし。おいしければいくないですかー? それに、もともとアタシに色気なんか求めてないですよねェ」
「嫌味でしかない敬語は遣わなくて結構」
「そう思うんならそっちもやめればいいじゃん。史野(しの)のくせに。変な名前のくせに」
 どうすればこうも世話になってる家主にぽんぽんと失礼な言葉を並べられるものか。私は文庫本のページをめくる手に力が入った。幼い同居人は機嫌良くしていると思うとすぐに拗ね、ちらと目をあげたときにはもう平然とスナックを咥えているなど、いつだって自由に生きていて私の手に負えたものではない。懐いてもほしくはないが、扱えきれないというのは面白くないものだ。
「変わった名前というのはお互い様といったところでしょう。それよりまりあさん? 食べカスなんてこぼしたら容赦しませんよ」
「保護者面。そんなことしないよ」
 保護者ですから、と笑みを浮かべてやれば、またすぐに薄い唇を尖らせる。彼女はまるで猫だ。
「……ねぇ史野。なんとやらの秋ってのは、読書と芸術とスポーツと食欲と、そんだけ? もうないの?」
 急に興味を反らすところは本当に面倒くさい。そういうところが子供なのだと言う言葉を飲み込んで、思考を巡らす。読書芸術スポーツ……頭の中で繰り返すが、それ以上があった覚えはない。すくなくとも自分の知る有名な文句はこれくらいだ。
「それくらいのものでしょう。人によって多少言い方の違いがあるくらいではないでしょうか」
「ふーん。……レンアイの秋は、ないのかぁ」
「……は、あ? 気は確かですかまりあさん。いえ熱があるんでは」
「アンタのそういうとこムカツクんだってば」
 いや悪いのは私ではないはずだ。恐ろしく柄ではない発言に、こっちが柄にもなく動揺してしまった。思わず体温計を探そうと立ち上がってしまったくらいだ。おかげで本を膝から落としたではないか。リスのように詰め込んでいた口の中のものをごくりと飲み込むと、ふいと窓の外に視線をやった。案外と遠い目をしていた。
「秋がそういう季節だったら、流されてくれたかもしれないのに。残念……なんてね」
 こちらに向き直ったまりあさんは、もとのわがままな少女の顔で笑った。
「……流して騙して丸めこみたい相手なんていたんですね。色気もないのに色気づいて」
「そう。流して騙して丸めこみでもしないといけない相手がいるわけですヨ。あァ厄介厄介、やっぱりアタシは食欲の秋に走るかなァ」
 手のひらで溶けかかった飾りっ気のあるチョコレートを口に放り込む。随分と苦労しているんですね、と気のない返事をすれば、なんのつもりか果実をかたどったグミを渡された。本物ではないブドウの味がした。
「まりあさん」
「なんでしょーかァ」
「そんなしょうもないことをやるのなら、その厄介な相手と読書にでも勤しんではどうです。勉強を怠るなと叔父さんたちに叱られないように、ちょっとはその足りない頭に知識でも叩き込みなさい」
「は……」
 じわりと頬を染め上げこちらを向いた彼女は、驚きに唖然としているようだった。何がそんなに不思議なのだと目線を合わせる。どういう意味にとろうと別に構わないのだが、お得意の嫌味を返す余裕も無くしたらしかった。意外と少女らしい反応にくすりと笑みが零れる。
「……アタシ、読書は好きじゃないし。それと、それと、別に史野とかゆってないわけだし」
「好きなら食べる前に読んでるでしょうしね。それに、別に私だなんて言ってませんよ」
 カリカリカリカリ、俯いてスティック状の菓子をかじる音だけが聞こえる。食べ終わったのか、傍にあったティッシュで指を拭った彼女は、私の隣に積んであった文庫本にそろりと手を伸ばしたのだった。
 
 静かな時間が流れる。思わず笑ってしまうと、つまらなそうな目を向けられた。
 小娘との同居生活を始めて、まだまだ日が浅い。さあ、これからどう変化をしていくのやら。
 






 黙って秋を満喫しているのなら、もうとりあえずはそれで結構です。








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