オーバーロード二次


「サーバーダウンが延期になった?」

 あるいはロスタイムでもあったのだろうか。
 ……では、その理由は?
 事前に告知はなかったはずだ。まず間違いない。サービスの終了が撤回されるというありえない奇跡を求めて、モモンガはこれまで何度も公式のアナウンスに目を通してきた。そのたびに最終更新と題打たれて久しい文面を目にしてきたのだ。
 だからこの状況は、おそらくは何らかのトラブルによって最後のサーバーダウンが延期になったというところだろう。
 GMから何か発表があるかもしれない。そう考えるのが先か行動が先か、彼は今まで切っていた通話回線をオンにしようとして――

「――何が?」

 コンソールが浮かび上がらない。
 こんなことは初めてだった。
 モモンガは焦燥と困惑をわずかに感じながらも、他の機能を次々と試してみる。

 試すことすらできなかった。

 チャット機能、GMコール、強制終了、ありとあらゆるシステムが応答しない。
 まるでシステムだけが停止してしまったかのようだ。

「……どういうことだ!」

 怒声が玉座の間の空気を振るわせる。

 今日こそがこの世界の終末だ。
 仲間たちと共に築き上げた何もかもが、風化することも許されず即座に消滅する日だ。
 乾いたあきらめの果てに受け入れた終わりの日にこのような無様を見せられれば、ユグドラシルを愛した者が怒りを覚えないはずがない。この世界を奪うだけでなく、美しい終わりさえも奪うのか!
 彼は叫ばずにはいられなかった。その声が誰に届くこともないと承知しながら、苛立ち紛れの声を張り上げたのだ。
 だから、

「どうかなさいましたか? モモンガ様?」

 はじめて聞く綺麗な声に驚き、それが美しい女性の姿をしたNPC――アルベドのものだと理解して更に驚き、

 ――ブオオオオオオオオオオン!!!!

 モモンガはたまらず驚きのエンジン音をけたたましく鳴らしたのだった。

 そう、彼こそがユグドラシル最強の一角を担うギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の長。
 鋼の肉体を持つ異形種族『オーバーロードローラー』である。



『オーバーロードローラー』(オーバーロード二次)



 各階層の守護者たちは、招集をかけてから間もなく集まった。彼らは横一列に並び膝を付き忠誠を誓う。

「守護者統括、アルベド。御身の前に」

 最後の守護者も地に膝を付き深く頭を垂れる。
 守護者たちの天井知らずの忠誠を受け取る者はただ一人。

「面を上げよ」

 装備品扱いのスピーカーから声を発する彼こそが偉大にして至高なる建築の王。
 このナザリック秘密基地を作り上げた至高なる四十一人の一。
 自分はどうしてこんな種族を選んだのかと激しく後悔しているモモンガその人であった。

 彼は今でこそロードローラーの姿をしているが、かつてはそうではなかった。ほんの一時間前までは、ロードローラーの姿をしたキャラクターを操るごく普通の人間だったのだ。それがどうしたことかゲームからログアウトできなくなり、やがてこれはゲームではなく現実であると確信するに至る。そのときの彼の衝撃やいかに。
 確かにユグドラシルは彼にとっての楽園で、いつまでも終わらないで欲しいもう一つの現実ではあった。けれどもそれはロードローラーになりたかったからではない。それどころか、こうなると分かっていたなら決して自分のキャラクターにオーバーロードローラーなど選ばなかった。人型であればアンデッドでもいい、建設重機よりはいくらかマシだ。せめて死の支配者(オーバーロード)を選んでいれば……!
 激しい後悔、原因不明のこの状況への困惑、現実に帰れない焦燥、忠誠を捧げられるという慣れない経験からの動揺。あらゆるものが混ざり合い、混乱したモモンガはこれまで無意識に使っていたとあるパッシブスキルの維持に失敗してしまった。
 途端に重低音が玉座の間を満たした。ドドドドド。地鳴りを思わせる音の連続。わずかに遅れて黒い煙が広がり、瞬く間に部屋の隅々まで行き渡る。

《ネガティブ・スモッグ/排ガス》

 これは『オーバーロードローラー』の種族固有パッシブスキルで、接触した敵に継続的にダメージを与える煙を広範囲にわたって展開するものである。閉鎖空間で使用すると時間経過と共に煙の濃度が高くなり与えるダメージが増え続けるという特徴は、この玉座の間でも発揮される。更にこのスキルには、同じ機械系の種族やアンデッドといった呼吸を必要としない種族には効果が発揮されないが、一方で森妖精(エルフ)や闇妖精(ダークエルフ)などの自然と密接な関わりがある種族には効果が増大するという特徴も備わっている。
 この恐るべき環境破壊スキルに身をさらされた守護者たちは一瞬だけ驚く素振りを見せ、すぐに表情を引き締めた。自分たちの忠誠を受け入れたモモンガが支配者としての姿を顕にしたと理解したからだ。
 至高の四十一人に己の忠誠が認められることは、守護者たちにとって何にも勝る喜びである。同時に生きるために必要不可欠なことでもある。仮に忠誠を疑われたら――想像するだけで絶望してしまう。被造物たる彼らの命は己のものではないため自害こそしないが、潔白を証明するために死を命じられれば喜んで従うだろう。ナザリック秘密基地の全ての者にとっては、死さえも主からの貴重な賜り物だった。
 故に玉座の間を満たす黒煙に肺腑を焼かれながらもアウラとマーレの姉弟は幸せだった。エルフの近親種であると言われるダークエルフである彼らは、この場にいる限り他の守護者たちよりも大きなダメージを負い続ける。しかしそれさえも主からの賜り物。他の皆よりも大きな苦痛は逆に優越感をくすぐって止まない。
 そんな彼らだから、

「アウラとマーレだが……ナザリック秘密基地の更なる隠蔽は可能か? 展開できる幻術だけでは心許ないし――どうした、二人とも?」

 HPがレッドゾーンにまで落ち込み床に倒れ込んでも、表情は誇らしげなままであった。

「あ、やば。《アイドリング・ストップ/停車時主機停止》切りっぱなし……」

 モモンガの呟きは今なおけたたましく鳴り続けるエンジン音にかき消され、誰の耳にも届くことはない。



 アウラとマーレが無事に目覚めると、モモンガは改めて守護者たちに忠誠を問うた。
 守護者たちが返すべき答などただひとつしかありえない。
 モモンガはそれに満足したようだった。かつて『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーが担当した執務の一部までも預けてくれたのだから、そう見るのが妥当だろう。
 至高の四十一人の代行。役に立つことを至上の喜びとする彼らにとって、これ以上の誉れはない。
 彼らの奮い立つ心は、モモンガが玉座の間を去ってからも、しばらく彼らをその場にひざまずかせ続けた。
 余韻めいたしばらくの間をおいて誰かが息をついた。それを皮切りに守護者たちは立ち上がる。
「凄かったね、お姉ちゃん」
「ほんと。あたし死ぬかと思った」
「そう言うわりに、まるで死んでもよかったとでも言いたげな顔ね」
 アルベドがそう言えば、アウラはすかさず答える。
「そりゃあ、あたしたちは至高の方々がお望みになったからここにあるわけで、それは死ぬときも同じでしょ。あたしたちが死ぬときは、モモンガ様がお望みになったときだけ。モモンガ様のお望みが叶うのを喜ばない不忠者なんてこのナザリックにいるわけないじゃん」
 モモンガが聞けば「わけがわからないよ」とでもこぼしそうな理屈をアウラは当然のように口にした。更に他の守護者たちもそれが世界の真理であるとばかりに深く頷く。
「チチチチビすけとトと意見が合ウうのは業腹でありんスすけど、今回ばばバかりは目をつツツぶりんしょう」
「……?」
 アウラは首をかしげてシャルティアを見やるが、疑問の視線に対する返答はなかった。
 すぐに自分の聞き間違えだと結論して、いつもの調子で挑発的に返す。
「あーもう鬱陶しい。何かにつけては腐った屍肉みたいにねっとりからんでくるのやめてくれない? 特に今みたいに意見が違うはずもない――」
 言いかけて、アウラはふと何かに気づいたように口をつぐんだ。
 皆の視線が十分に集まるのを確認してから、彼女はにんまりと笑みを浮かべて言った。
「わかった。シャルティア、自分だけモモンガ様から何の影響も受けられなかったから、特に大きなダメージを受けたあたしに嫉妬してるんでしょう?」
「なるほど、そういうことでしたか。ならば仕方なくもある」どこか優しくデミウルゴスが言う。
「ナント哀レナ」コキュートスは単純に同情しているようだ。
「…………」セバスは気遣いの無言。
「それにしても、さすがはモモンガ様。私たち守護者にすらそのお力を発揮するなんて」もはやシャルティアを置き去りにしてアルベド。
「ク……」シャルティアは唇を噛む。
「どうしたの? 図星だった? まあ、モモンガ様から自分だけなにも頂けずに悔しがらない守護者なんているはずないし当然よね」
「お、お姉ちゃん、言い過ぎだよ」
「いいの。いっつもからんでくるけど、これで少しはおとなしく――」
「クケェーーーーー!!!」
「うわあっ!?」
 突然の奇声に驚いたアウラは、獣のごとき勘に逆らわずその場を飛び退く。一拍遅れて、パン、と空気の破裂するような音。突き出されたシャルティアの拳が空気を貫いた結果だった。
「ちょ、ちょっと……?」
 喧嘩はすれど殺し合いはせず。仲が悪くとも、至高の存在によって作られた者同士、互いを貴重な同類と暗黙の内に認め合っていたはず。
 にもかかわらず、今の一撃は当たれば痛いではすまないものだった。
「た、たしかにあたしも言い過ぎたかもしれないけど、やり過ぎじゃない?」
「ま、まさか……暴走?」
 マーレの声が不安げに揺れるが、もちろんシャルティアにそんな欠陥はない。
「これは、混乱状態、でしょうか。たしかにモモンガ様は《ネガティブ・スモッグ/排ガス》と同時に《ソニックウェポン・スクリーム/エンジン騒音》をも発動していらっしゃいました」

《ソニックウェポン・スクリーム/エンジン騒音》

 セバスが畏れ多いと言わんばかりの口調で舌に乗せたそのスキルこそ、モモンガが頼みとする第二のパッシブスキルであった。
 効果は『範囲内の敵に混乱状態のバッドステータスを付与する』というもの。
 ユグドラシルにおいて混乱状態に陥ったキャラクターは敵味方の区別なく攻撃を仕掛けるようになる。これはまさに現在のシャルティアそのものであるといえる。

 しかし、デミウルゴスがそこに異論を唱えた。

「まさか。セバス、君は忘れてしまったのかい? シャルティアはアンデッドだよ。精神作用の効果は意味がない」

「つまりモモンガ様のお力が種族の特性さえ無効化するほどのものだったということでしょう。さすがはモモンガ様、さすがは至高の方々の頂点!」

「シカシ、ソレデハ我々ガ無事デ、シャルティアダケガ混乱状態ニアルコトガ説明デキヌノデハ?」

「いえ――なるほど。アルベドの言うとおり、モモンガ様のお力が我々守護者の備える耐性どころか、種族固有の能力まで無視するほどのものである点について疑いはありません。となるとシャルティアだけが混乱状態にあることも説明は容易です」

「あの、ちょっと、みんな話してないでシャルティア止めるの手伝ってくれない?」

 アウラが見物客たちに文句を言う。シャルティアの重く速い攻撃を捌き続けながらのことだった。
 アウラは守護者たちの中でも個体としての性能が一段劣り、逆にヴァンパイアのシャルティアは大きなペナルティと引き替えに優れた肉体能力を持つ。本来であれば、手が届くほどの近距離で戦いが成立する二人ではない。にもかかわらずアウラが未だに無事でいるのは、混乱したシャルティアの攻め手が極めて単調だからにすぎない。
 そんなアウラの救援要請を受けたアルベドは、しかし手を出すまでもないと呆れたようにため息ひとつ。

「混乱状態を打ち消したいのなら、ダメージの通る攻撃を一度でも当ててしまえばよいでしょう?」

「えー。たしかに一発入れるのは楽だけど、あたしがやったら後でまたネチネチ文句言われそうだし……」

「まさにアルベドの言ったとおり」

「え、何が? ……って、うわ、危な」

 デミウルゴスに気を取られ、防御が疎かになるアウラ。
 
 
 
 ここまで書いて力尽きました。
 本当は王国の畑を片っ端からアスファルトで潰して、帝国の森林を伐採しまくって更地に変えて、リザードマンの湖を隅から隅まで埋め立てて、侵入者をとっ捕まえて全身サイボーグ化して、シャルティアがロードローラーだッドグシャァァってして、環境破壊TSUEEEE書きたかったです。でもよく考えたらそのあたりはweb版のストーリーでした。
 商業版のリザードマン編あるのかわからないけど楽しみです。



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あと1000文字。