<何度でも>

先日日番谷が記憶喪失になった。
猛暑で倒れた日番谷が、意識が戻ったときにはこうなっていた。
原因は不明で、しかも記憶のところどころ…主に現世に関する部分が抜けてしまっている。
一護達が、以前に尸魂界へ朽木ルキアを救出に行ったとき、そのときの記憶も曖昧になってしまっていて、一護達人間の事は全く覚えていないという事態だ。

一護と日番谷は恋人同士だ。
お互いに惹かれ合ってはいたものの、一護の方は積極的にアプローチをしていたのだが、日番谷はいうとそんな色恋沙汰はとにかく苦手で、避け続けていた。
だが、そんな日番谷も一護の真摯な気持ちにだんだんと素直になり、晴れて恋人になったというわけだ。
だが、恋人といっても、二人きりになることなどほとんどないため、お互いがお互いを思いやり、信じている…という、なんとも可愛らしい誠実なお付き合いだった。
二人で会っても、一緒に食事をしたり散歩したりするだけで、なかなか進展しない有様だった。

そんな中日番谷が突然記憶喪失になり、一護の存在が日番谷の中から消えてしまった。
焦った一護だが、どうすることも出来ず、ただ現実を受け入れるしかなかった。
出来る事と言えば、日番谷の記憶が戻ると信じることと、日番谷を今も変わらず愛し続けるということだけだった。

一旦は療養の為尸魂界に戻った日番谷だったが、ある夜突然一護のもとへ訪れ、一護に対し自分は一護の恋人だったのかどうかと問いかけてきた。
それに対し、一護はきちんと事実と自分の気持ちとを伝え、日番谷はそれを受け入れてくれた。

二人は再び恋人としてのスタート地点に立つ事が出来たのだった。

思わず日番谷を抱きしめた一護の腕の中でおとなしくしていた日番谷だったが、だんだんと己のしている事が恥ずかしくなり、もぞもぞと動き始めた。
互いの存在を確かめ合うように抱き合っていた二人だったが、ずっとそうしている訳にもいかず、なんとか体を離すとベッドに並んで腰掛けた。

『なぁ冬獅郎。なんか飲むか?冷たいもんいれてこようか…?』
『あ…うん』
『ちょっと待っててな』

そういって一護は部屋を出て行った。
残された日番谷は一護の部屋を見回し、何か自分の記憶につながるものは無いかと視線を巡らせたが、引っかかるものは何もなくて、ため息をついて床を見つめた。
一護は自分を恋人だと言った。
松本もそう言った。
恥ずかしかったが、確かめておきたくて、朽木ルキアや阿散井恋次にも聞いてみた。
皆同じ答えだった。

『日番谷隊長は一護と恋人ですよ』と。

常識で考えて、男同士である自分たちがつき合うのはおかしい。
それに、認めたくはないが、自分はどう見ても子供だ。
同性同士がつき合うのは、最近ではたまに耳にする事もある。
だが、それはある程度成長してからなのではないだろうか。
こんな子供みたいな外見の自分が、そんな対象になるなんて考えた事もなかった。
更には自分は死神だが、一護は人間だ。
それこそ同性愛がどうという比ではない。

だが、何度聞いても、誰に聞いてもどうやら本当に自分と一護は恋人だったらしい。

日番谷は再び大きなため息をつくと考えるのをやめた。
いくら考えても答えの出そうな事ではないし、記憶が戻ればはっきりする事なのかもしれない。
気長に待った方が賢明というものだ。
それに…自分は一護とのこの関係は嫌では無いようだ。
どうしても確かめたくて、勢いで尸魂界を出て来てしまった。
松本には走り書きを残して来たから、探されているという事もないだろう。
今の自分は十番隊の隊長という仕事よりも、記憶を戻す方を最優先とされている。
少々さぼったところで問題はない…だろう。

『冬獅郎、おまたせ』
『!あぁ…すまない』
『ほら、どっちがいい?』

一護の手には二つのグラスが乗ったトレイ。
一つは白い液体。
もう一つはオレンジ色の液体。

しばらく眺め、一度はオレンジ色の方に手を伸ばした日番谷だったが、一旦手を引っ込め白い方を手に取った。
軽く礼を伝え、一口飲んだ。
不思議な味で、なんだか飲んだことのある様なないような飲み物だった。

『やっぱお前それ好きなんかな。いつもカルピス選んでた』
『かるぴす?』
『お前の飲んでるそれだよ。一回飲ませたら気に入ったらしくて、最近はいつもそれだったんだ…お前』
『そうなのか…』

ふと陰った一護の表情に少し胸が痛んだ日番谷だったが、何か気を紛らわそうと話題を降振る事にした。

『おまえ…一護のやつはなんだよ?』
『あぁ…これはふつーのオレンジジュース。冬獅郎オレンジは酸っぱくて苦いから嫌なんだって言ってた。シロップ入れれば飲めるから入れて来たんだけど…飲むか?』

傾けられたオレンジジュースのグラスを受け取り、一口飲んでみた。
確かに想像より甘くておいしい。

『ふぅん…でもこっちでいいや』
『あはは…やっぱりな』

笑いながらも少しだけ寂しそうな一護に、日番谷はまた胸が締め付けられる。
自分は一護の事を覚えていないのに、一護には自分の一挙一動が全て以前の日番谷につながるのだ。

ごめん

言葉には出さないが、日番谷は心でそう呟いた。
カルピスを飲み干し、グラスをトレイに戻す。
そうすると、待ってましたと言わんばかりに一護が日番谷の肩を抱き寄せた。

『冬獅郎…オレ…お前の記憶が戻んなくても…冬獅郎のこと好きだから…ずっと…すきだ…』
『………』

日番谷の方にまわされた一護の腕に力が入る。
そのまま膝の上に抱き上げられた。

『…おい…』
『ん?』
『…一つ聞くが、前もオレはこんなことされてたのか?』
『……えっと…その…』

日番谷は下からじろりと睨み、問いかけた。
こんな恥ずかしいことを自分がしていたのがどうにも不思議に思えたからだ。
自分の性格からして、こんな事を簡単に許せる訳がない。
いくらそれが…恋人でも…。

『どうなんだよ…』
『えっと…すいません…冬獅郎は、手くらいしか握らせてくれませんでした…すいません』
『……』

とりあえず、下からということで、一護のあごに拳を一発叩きこんでおいた。
そのままするりと一護の腕から逃げ出し、ベッドに座り直す。
先程よりやや離れた位置で。

『ってー…なんだよ!いーじゃんか!オレたち恋人じゃん!』
『うっさい…調子に乗るな!』
『だって冬獅郎さ…手握るだけでも一苦労だったんだぜ?もうちょっと進歩してもいーじゃん』
『…それ以上言ったら帰る』
『ちょ…それは勘弁してください…』
『じゃあ触るな』
『…はい』

がっくりと肩を落とした一護を横目にみつつ、プイとそっぽを向く日番谷。

『なーなー、冬獅郎』
『なんだよ今度は』
『明日さ、どっか行かないか?』
『どっかって…どこだ?』
『二人で良く言った場所とかさ、お前の好きな場所とか…なんか記憶戻るきっかけになるかもしんねーじゃん』
『別に…』

いい考えかも…と一瞬思った日番谷だったが、先程の一護の行動のこともあり、素直に受け入れる気にはなれず、素っ気ない態度になってしまう。

『やっぱお前はつれないなー…』
『なんだよ…』
『いや…それが冬獅郎だからな。それでいいのか…そうだそうだ』

一護は一人納得してうんうんと頷いている。
少しカチンと来た日番谷だったが、自分の性格なのだから仕方が無いだろうとあえてなにも返答せずにいた。
だが、この自分の性格はあまり好きではなかった。
もっと素直にいられたら…というのは昔から思っていたことだ。
特に自分に記憶がなくて、その無い記憶の部分を他人から聞く事になると、第三者から見たた日番谷の性格のそっけなさや、素直ではないところが強調されて聞こえてしまう。
少し気分が沈んでしまった。
せっかく一護があれこれと世話を焼いてくれようとしてるのに、自分はといえばとりあえず出てくるのは否定の台詞ばかりだ。
日番谷は一護に気づかれないようにため息をついた。
一護と自分は恋人なのであれば、もっと素直になっても良い気がする。
先程から聞いていると、一護に対する態度はずいぶんひどいのではないかとも思えて来た。
こんな自分のどこが良いのか…と一護に聞いてみたくもなる。
ちらりと一護の顔を伺うと、一護は日番谷の視線に気づくと、にっこりと笑った。
日番谷は自分の鼓動が高鳴るのを感じた。
ドキドキして、落ち着かない。
呼吸が苦しくなって、顔が赤くなっているのがわかる。
そんな表情を見られたくなくて、慌てて顔をそらしたが、一護はそんな日番谷にも慣れているようで、ふわりと笑うと日番谷の頭をぽんぽんとたたいた。

『まいっか、明日行く気になったら行こうぜ?ごろごろして過ごしてもいいし』
『あぁ…どっちでもいい』
『じゃあ…っと…お前飯は?』
『いや…いらない』
『そっか…じゃあ寝ようか。ちょっと早いけどお前も疲れてんだろ?』
『…一護』
『なんだ?』
『あの…オレ…お前にそんなにつれない奴だったのか?いつもこんな風だったのか?』
『んー…まぁ…そうだな。でもそれが冬獅郎じゃん。そりゃもっと甘えたり、抱きついてきたりしてほしいけど、冬獅郎が嫌ならオレはへーきだぜ?なんせ、オレは冬獅郎に惚れまくってるからな』

そう照れながら言う一護の顔はなんだかとても幸せそうだった。

『…ごめん』
『…は?なんで冬獅郎が謝るんだ?』
『…だって…なんか…オレ…すげーひどい奴みてーじゃねーか…』
『んなことねえって…その内きっとお前が甘えたくなる様な男にオレはなってみせる!』
『……』

日番谷はにこっと笑った一護の顔から目が離せなくなった。
きっと、記憶をなくす以前、自分は一護の笑った顔、優しい目、力強くも暖かい腕…全てを好きだったんだろうと思う。
先程までの不安や疑問は全て消え去り、自分が一護の恋人だという確信に胸は高鳴る。
なんとか一護の顔から目をそらし、日番谷はうつむいてじっと考えはじめた。

『さて、ほら冬獅郎寝ようぜ?』
『……むい…』
『ん?なんだ?』
『…さむい』
『は?なに言ってんだよ…今は夏だぜ?…ってお前風邪でもひいたんじゃ…』
『ちがう…ひいてない』
『じゃあ……』

突然寒いと言い出した日番谷に、一護はどこか具合でも悪いのかと慌てて聞くが、本人は違うという。
部屋は窓を開け放してあるので、風が吹き込み心地よい。
だが、熱帯夜まではいかないまでも、気温は高めだ。

『一護…寒いって言ってるだろ!』
『冬獅郎…?』
『………』

一護の方は見ずに手をぎゅっと握りしめ、早口にまくしたてる。
真っ赤になった日番谷に、一護ははっとした。
そして、満面の笑みを浮かべ、そっと日番谷に近づき、その小さな体を抱きしめた。
びくりと肩を震わせる日番谷だったが、すぐに力を抜いて、一護に体をもたせかける。
一護はそのまま自分の膝に日番谷を乗せて、頭を撫でた。
日番谷は羞恥で顔を上げる事が出来なかったが、じっとされるがままでは余計に一護を感じてしまい、更に恥ずかしくなってしまった。
それをごまかすように力任せに一護の背中に手を回し、思い切り抱きついた。
突然の出来事に、一護はしばらく放心していたが、我に帰るとそっと日番谷の体に腕を回した。
頬を寄せ、ささやくように問う。

『どした?冬獅郎?』
『べ…べつに…こう…したら、お前嬉しいのかと…おもった…から』
『うん…すっげーうれしい。うれしすぎてなんて言っていいかわっかんねー…』

耳元でそうささやかれ、頬がかっと熱くなるのを感じた日番谷は一護の胸に顔を埋める。
一護の鼓動が日番谷の額を通して伝わってくる。
すごくはやい。
自分のとどっちがはやいだろう…。
きっと同じくらいか…自分の方が速いように思う。

『やっぱり明日…でかける』
『冬獅郎?』
『お前と…一護と行ったところ…行きたい。一護とのこと…全部思い出したい…っ』
『うん』

いつの間にか日番谷は泣いていた。
でも、悲しくもつらくもない。
嬉しさなのか、安心感なのか…とにかくあったかい一護の体温を感じて涙があふれた。

ここに来るまでは戻らない記憶なんてどうでもいいと思っていたが、今はそれが悔しかった。
一護と過ごした時を全て思い出したい。
そしてこれからも一緒に思い出を作って行きたい。

ぎゅっと一護の服を掴む。
漏れてしまう嗚咽に、一護は優しく背中を撫でてくれる。

好きだ…と、自分は一護が好きだと日番谷は思った。
以前もこんな気持ちだったのだろう。
今ではもうそれは確信出来た。
そして、もう一度記憶喪失になっても、また一護と出会えば同じ気持ちになる気がした。
どんなところで出会っても、どんな境遇でも日番谷は一護を好きになるだろうと。
しかし、一護はどうだろうか…。
こんな自分勝手な…つめたい自分を何度も好きになってくれるだろうか……。

不安になった日番谷は、そっと一護の顔を盗み見た。
一護は日番谷の背中を撫でながら、目を閉じて『大丈夫…オレがついてるから大丈夫…』と繰り返し繰り返しつぶやいている。
その表情は穏やかで優しく、そしてとても幸せそうだった。

それを確認した日番谷は、一度は引っ込んだ涙が再び溢れ出るのを止める事が出来なかった。
そして、(明日目が腫れるかな…)などと、くだらない事を考えつつ、一護の首筋に頬を寄せた。



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