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拍手お礼SS 「コンクリート」  朱梨泉



「コンクリートでできた部屋に住んでみたい」
彼は唐突にそんなことを言い出した。賑やかな学生食堂、色とりどりのトレイやら食器やらが目の前を泳いでいくその空間の中で、彼の言葉はひどく場違いに思えた。
「いまどき鉄筋コンクリートなんて珍しくないでしょ」
彼の言いたいことは分からないわけじゃない。でも私はとりあえず、あさって方向な返事をする。
「そうじゃないんだ。違うんだよ。僕が住みたいのは、ね、もっとずっとコンクリートなんだ」
昼休みだというのにがらんどうな目をして教室の隅に座っていたこの幼馴染は、私に無理やり学食まで引っ張り出された今も、やっぱりどこかからっぽな目をしている。
「『コンクリート』が形容詞だったなんて私は初めて知ったよ、さて、そろそろ教室に帰るか」

学食を出ると、耳障りな高い声が等間隔に耳に響いてきた。そういえば、今日の私、ハイヒールだったんだっけ。足元を見て気が付く。灰色の堅いコンクリート。
「さっきの話だけど」
考えてみれば久しぶりに彼の口から出てきた貴重な話題なのだ。このまま放っておくのは惜しい。私に促されて彼は肩をすくめてぽつぽつと口を開く。
「思ったんだ、天井も、壁も、床も、全部コンクリートだったらいいのに、ってね。夏は蒸し暑いけど、床とか背中ぺったりつけたらひんやりしてるんだよ。冬は風とか入ってこなくてあったかいかもね、でも床も壁も触るとどうしようってくらいびんびんに冷たいんだ」
「普通の部屋の方が快適なんじゃないか」
「普通の部屋なんて、きらいだ」
「どうして」
「媚びてる」
彼の言いたいことがだんだん見えてくる。私は首を振った。
「媚びてないさ。そういう風にできてるんだよ」
「いらないよ、そんなの」
「断熱材は熱を通さないようにできてるんだ、絨毯は足元を柔らかくしたり部屋の保温をよくしたりするようにできてるんだよ、みんな、人間が暮らしやすいようにできてる、そういう風にできてるんだ」
「いらないよ、そんなの僕には」
コツコツ、コツコツ、ヒールの音がいやに耳に付く。
「……私じゃ駄目なのか」
コツコツ、
「別に。誰でも駄目だよ」
コツコツコツ、
「私でも駄目なのか」
コツコツ、コツコツ、
「みんな駄目だよ」
コツコツ、コツ。
私は溜息をつく。自分の足音は、こんなにも耳障りだったんだっけ。
「分かった。これからは出来るだけ世話を焼かないようにするよ」
奇妙な、宣言。
「そのかわり、食事くらいはちゃんととれよ」
彼は目を伏せ、無表情のままこくんと頷きそのまま私に背を向ける。なんて殻の固いヤツなんだ、アイツは。これだけしてやっても、まだ心を閉じるのか。この分からずや。
かつん、と違和感のある音がして私は足元を見る。いつの間にやってしまったのだろう、ヒールがコンクリートに打ちつけられて、ちいさく欠けていた。
「慣れないハイヒールなんて履いてくるんじゃなかった」
呟いて思い出す、今日わざわざこの初おろしの靴を履いてきた理由。
「……あ」
私は彼の背中を追いかけていた。








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