菫の花を砂糖漬けに


「ナタル?」
 いつもなら彼が帰宅すると玄関まで迎えに出てくる彼女が、その日は姿を現さなかった。
彼が廊下からリビングを覗くと、レースの薄いカーテンが風に揺れ、寄せては返すさざ波のように揺れていた。

「ナタル、居る…」
 リビングに一歩足を踏み入れると、彼は家具の死角に隠れていたナタルの姿を見つけることができた。彼女は窓際の椅子でまどろんでいた。化粧をしていない素顔の彼女はやや幼く見える。一体、どんな夢を見ているのだろうか。無邪気なほほえみを浮かべるその寝顔から、かつて彼女が鬼副長だクール・ビューティーだと呼ばれていたと誰が想像つくだろうか。

 いや、とノイマンはつぶやいた.
 彼女を鬼だクール・ビューティーだと呼んでいた同僚は彼女の素顔を知らない。
 知っているのは自分だけ。


 開け放たれた窓からは、晩秋とはいえ、南国特有の生温かく湿気を含んだ風が吹き込んでくる。
人工的な冷房を苦手とるす彼女は、この自然の風を好んだ。窓の向こうでは青い珊瑚の海がささやくかのように波音を立てている。どこかでかもめが二度鳴いた。

今という時間を止めることができたら。
この静かなひと時をとっておくことができたら。

この無邪気なほほえみを、留めておくことができたら。



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