五色の短冊
ファレナ女王国の新たな女王としてリムが即位して、すでに二年が経とうとしていた。
まだまだ不安定な情勢の中、リムはアルとリオン、ミアキスといった面々に支えられて職務をこなしている。
そんなある夏の日、アルのもとに一通の手紙が届けられた。
「またロイくんたちからですか?」
「いや、違うみたいだ」
二年前に旅立ったカイルからの便りだった。
“愛しの王子へ”から始まる文面は相変わらずハイテンションで、内容は旅の様子がほとんどと、思い出したようにこちらを案じる一言が添えられていた。
「カイルのやつ……」
「なんて書いてあったんですか?」
「これ、リオンの分だって」
「え? 紙?」
アルは同封された短冊を一枚、リオンに差し出して言った。
「北の方ではこれに願い事を書いて葉竹に吊るすんだそうだよ」
「願い事、ですか…?」
「カイルが、自分の分を書いて入れたから、みんなのと一緒に吊るして欲しいって言ってる」
呆れたような口調で言うが、アルの口元には楽しげな笑みが浮かんでいる。
同封されていたカイルの分とやらを取り出すと、アルは書かれた文字を読み上げた。
「“みんなが元気で笑っていますように”だそうだよ」
「……カイル様」
「リオンもちゃんと書いてね。これ、短冊を吊るした葉竹は今夜中に川に流さなきゃいけないみたいだから」
「今夜中ですか? もう昼になるのに」
「この手紙も結構遠くから出したみたいだ。書いたのは半月前だよ」
「うわぁ、間に合ってよかったですね」
「明日だったら手紙ごと水に流したんだけどね」
「カイル様泣きますよ……」
同封された短冊は五枚。黒い短冊にはカイルの願い事が書いてある。
リオンには、緑の短冊を渡した。
「じゃあこれ、リムとミアキスにも渡してくるよ」
「はい!」
カイルの手紙には、誰と書いてはいなかったが、アルは迷わずリムとミアキスのところに向かった。
これで四人。残りの一枚はもちろんアルだ。
そしてアルの願いは、改めて答えるまでもない。
女王の執務室には、ちょうどリムとミアキスが詰めていた。
リムのもとを訪ねるアルを遮るものは、もうこの宮殿にはいない。強いて言えば、ミアキスが「政務の時間ですぅ」と言って二人を引き裂こうとするくらいのもの。
「リム、入るよ?」
「兄上。ちょうど一息ついたところなのじゃ」
「王子はこの頃タイミングを見計らってくるようになりましたよねぇ」
ちなみにアルに近しい者達は、未だにアルを王子と呼ぶ。リムが結婚するまで、王子は他に存在しないので間違えようがないから、という強引な理由だ。
「息抜きになるんじゃないかと思って、持ってきたんだ」
アルはカイルの手紙を差し出した。
「カイルか、久しいの。一体どこにおるのじゃ?」
「どこにいたって、あの調子で女の子を口説いてるんじゃありませんか?」
「さすがミアキス、だてに付き合い長くないね」
「あら~、そんなに長くないですよ~」
「で、その付き合いの短いカイルから、これに願い事を書けっていう内容なんだけど、ミアキスも書いてね」
と、黄色い短冊をミアキスの眼前に突きつける。
「え~? 書いちゃっていいんですかぁ? 叶えてくれちゃうんですかぁ?」
「叶えるかどうかは中身次第だね。ミアキス、わかってると思うけど…」
「あらあら~、なんですか王子、真面目な顔で?」
「リムに結婚はまだまだまだまだ早いから」
「いやですねぇ王子ったら、どうしてわかったんですか~?」
「顔に書いてある!!」
さらさらさら、とミアキスがすぐに短冊に書き始める。
その横で、リムが眉間に皺を寄せて短冊を睨みつけている。
「願い事か……いまのわらわにはちと難しいのぉ……兄上はなんと書いたのじゃ?」
「まだ書いてないよ。でも、もう書くことは決まってる」
アルは執務机に肘をついて、リムの短冊を覗き込む。残っていた二枚の短冊のうち、リムは白い短冊を選んだ。
手を伸ばしてリムの額にそっと触れると、リムがすっと肩の力を抜いたのがわかった。
「どうも力が入っておるな。願い事一つ考えるのにこんなに力んでいては、肩が凝ってしまう。兄上、ありがとうなのじゃ」
「どういたしまして。かわいい眉間にシワがついちゃったら一大事だからね」
半ば、いやかなり本気で言ったのだが、リムはおかしそうにくすくす笑った。
リムが考え込んでしまったとき、追い詰められているとき、アルはこうしてリムに触れる。
アルが触れるとどうやら力が抜けるらしいのだ。
「あんまり触らないでくださ~い、姫様がふにゃふにゃになっちゃったら困りますよぉ」
「リムの餅肌がますますふにふにになって最高じゃないか」
「兄上……意味が違うと思うぞ……」
「そういえば王子、リオンちゃんは? 短冊、渡したんでしょう?」
「もちろん。後でまとめて葉竹に吊るすんだよ。で、夜中に川に流すらしい」
「北にはおもいろい風習があるのじゃのぉ」
「それじゃ、夕食前にみんなの短冊を集めるから、ちゃんと書いておくように」
「は~い!」
「わかったのじゃ」
果たしてリムは短冊になんと書くのやら、アルは最後の一枚を見つめながら、女王騎士の詰め所に向かった。
詰め所ではリオンがアルの帰りを待っていた。もちろん短冊は書き終わっている。
「お帰りなさい、王子。姫様のご様子はいかがでしたか?」
「考え込んでたよ。リムは真面目だからね」
「そこが姫様のいいところですものね」
「リオンは書き終わった?」
「はい。葉竹はこれくらいの大きさでいいですか?」
「ああ、ちょうどいい」
アルがリムとミアキスに短冊を届けに行く間、リオンは短冊を吊るす葉竹を取りに行っていた。
吊るす短冊は五枚。リオンが片手で持てるくらいの小さな葉竹だ。
「カイルのはここでいいか」
「なんか適当ですね」
「全体図を考えた結果だよ。リオンも吊るして」
「はい。じゃあこの辺に」
若い葉竹に、黒と黄の短冊が吊るされる。みんなの笑顔と王子の将来を願った短冊だ。
「王子は紅色なんですね」
「ああ、リムが白を選んだからね。ぴったりだよ」
アルの短冊には、リムの健やかな成長だけを願った文面がちらちらと見える。
「姫様、なんて書くでしょうね……」
リオンが葉竹に目をやりながら呟いた。
リムの願いは、おそらくこのファレナの安寧だろう。女王として、それは当然願うべきことだ。
そしてすでに女王であるリムは、小さな少女としての願いのすべてを押しのけてでも、女王としての願いを最優先にするだろう。
アルやミアキスがどんなにリム個人の幸せを願っても、リムは頑なに女王であり続けるのだ。
「いつか、姫様だけの願いを書けるといいですね」
「……そうだね」
その“いつか”が必ず訪れることを、アルもリオンも、ミアキスも、願っている。
遠慮した三日月が西の空に動く頃、アルとリオンはリムとミアキスを誘って城の裏手の川に向かった。
ここならば人目につくこともないし、流した葉竹もやがて海にたどりつくだろう。
「ちょっともったいないですねぇ」
ミアキスが名残惜しそうに笹を撫でる。
「でも、流さないと願いが叶わないそうですから」
そういいつつ、リオンも笹に手をやっている。
「それは困るぞ。縁起は担いでおいて損はないのじゃ」
アルが最後に吊るしたリムの白い短冊が、その通りと言わんばかりに揺れている。
「それじゃあ、流すよ」
アルの手にあった若い葉竹が、そっと川面に差し出される。
水に映った星空が、葉竹の流れていく先を導くように輝いている。
さらさらと川の流れに乗って、葉竹はあっという間に遠ざかっていった。
「……行ってしまったの」
「……そうだね」
「……願い、叶いますよね」
「……叶えるに決まってるでしょ」
五色の短冊に込められた願いは、天と地の川を流れ、やがて海にたどりつくのだ。
「ところで、リオンちゃんはなんて書いたの?」
「私は、王子の将来が明るいようにと。ミアキスさまは?」
「もちろん、姫様に素敵なお婿さんが現れますようにって!」
「ミアキス、わらわは当分結婚する気はないぞ」
「いいんだよリム。結婚なんて無理にするものじゃないからね」
「王子は姫様を行かず後家にするつもりですかぁ?」
「姫様の場合、もらわず後家になるのでは……?」
「リオンちゃんうまいこと言うわね~」
「王子は……訊くまでもないですね」
「そういえば、姫様は結局なんて書いたんですか?」
「わらわは……」
リムが言おうとすると、四人が急に押し黙って静かになった。
「なんじゃ、皆で黙りおって、恥かしいではないか」
「あら~~、恥かしくなるようなことを書いたんですか~?」
「ち、違うわ!!」
「じゃあ、なんて書いたの?」
「む~~~……兄上、おもしろがっておるな」
「そんなことないよ」
「秘密じゃ! 兄上でも秘密じゃぞ!!」
「あ、待ってください姫様ぁ」
頬を赤くして、逃げるように背を向けるリムを、楽しそうにミアキスが追いかける。
それを見送って、アルとリオンはくすくすと笑った。
「王子、本当は知ってましたね?」
「そりゃ、吊るしたのは僕だからね」
「それで、姫様はなんて書かれたんですか?」
「んー………おしえない」
「もう、王子まで」
「ようするに、本人は意外としっかりしてるってことだね」
「全然わかりませんよ」
リムの白い短冊を吊るしたとき、アルは安心すると同時に驚きもした。
女王としての責務に必死なリムは、国のこと民のことを願うとばかり思っていた。
しかし白い短冊に書かれた願いは、とてもとても小さな、リムにとって一番大切な願いだった。
また五人で短冊を書きたいというリムの願いは、来年きっと、叶えられることだろう。
2010.07.02 筆
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思いつきで二時間強で書ききったのは、久しぶりです。
拍手ありがとうございます。
皆様の願いが叶いますように。
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