『向後媚薬』(『高嶺と花』、2019/9更新・54話を読んだ直後に苦しみから書きだしたものの57話で予想外展開を迎えたためにお蔵入りにした中編)

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―――――朝起きたら知らない女が同じベッドの隣で裸で寝ていた。

なんだ、これは。どういうことだ。
俺も何も着ていなかった。

「…ちょっと待て」

混乱しながら起きあがって頭抱えながら状況を把握しようとする。
昨夜のことを思い出す。酒でも呑んでたか。いや、呑んでなかったはずだ。呑んでたからと言ってこんな知らない女連れ込むような真似するはずがない。
もう一度女の方を見れば、違和感があった。知らない女じゃない。
いや、知ってる女に似てはいるがイコールでは結びつかない。

「…野々村家の人間か…?」

それは、花にもその姉にも似ていた。が、姉とは雰囲気は違うし花はもっとガキだ。髪も短い。ここにいるのは長い髪の女。
あいつらの親戚が泊まりに来て間違えて入ってきたとかそんなのか。迷惑な。誰かに見られたら誤解される。
そう思い慌てて部屋を見渡す。―――――そこで別の違和感が生まれた。
知っている自分の部屋ではない。
家具のセンスなんかは完全に自分の趣味の部屋だが、自分の野々村家と同居している部屋とは全く配置などが異なっていた。
すぐさまその辺にあったガウンを羽織り、窓のカーテンを開ける。
―――――――前住んでたところに似た高層の光景だった。もちろん、野々村家は高層住宅ではない。ここはどこだ。

「…あ、おはようございますー」
「っ」
音で目覚めたのかベッドで寝てた女は体を起きあがらせてあくびをしながら言った。すぐさまその姿に目をそらす。
いつもならどこの誰ともわからない女がどんな格好していようが全く動じない自信があるのに、自分でも無意識だった。どうしたんだ。
「……?どうしたんですか?高嶺さん」
そう言う寝ぼけた声に聞き覚えがあった。どういうことだ。

「…だ」
「…だ?」
シーツを体に巻き付けた女は不思議そうにおうむ返しして近づく。来なくていい。来るな。
「…誰なんだ」
お前、と言うと、女はしばし固まった後額に手をやり俺の目を診た。
この行動に覚えがあった。まさか―――――
「風邪じゃない。まさか」
その後の台詞を言う前に女はそのままこちらの鳩尾を殴ってきた。

「何言ってるんですか高嶺さん。言っていい冗談と悪い冗談があるでしょ」

あなたの婚約者の野々村花ですよ、と言われて更に混乱した。
それこそ何の冗談だ、と思った。

客観的な現実判断をしたくてスマホをつかんで日付をみる。
見覚えのない年号と西暦が表示されていた。
自分の知っている時間とは三年ずれていた。
三年後の―――――――未来?
「ちょっとそこ座れ!」
「は?」
いつもの花に言うみたいに命令すると、いぶかしげな顔をしつつも女は素直に俺の前に正座した。

「…本当にお前、あいつなのか」
確かに顔立ちは花だ。だけれど髪は伸びてるし、全体的に何かが違ってる。
「…そうですよ。なんですか今更。いくら三十路になったからってボケるの早すぎませんか」
あきれながらもああいえばこう悪態が返ってくるあたり確かに花だ。

「ボケたんじゃない、時間を飛んだだけだ」
「…は?」
「俺は三十路じゃない。まだ二十六だ。お前は十六で…その時代から飛んできた。俺の記憶がそうである以上そうとしかいいようがない」
どうなってるんだ、と言う。
眉をひそめた女―――――花が困った顔で黙り込んだ後口を開く。
「とりあえず、服着て朝ご飯食べませんか?いつまでもこの格好で正座は寒いです」
別の部分で我に返った。


「…時間を飛んだ云々はさておき、十六のあたしで高嶺さんの中で止まってるって、どこら辺までですか?」
朝食を食べながら花がちょっとした世間話のように言う。
自分の知ってるこいつの料理と比べて上達していた。手慣れているあたりかなりまめにやっているようだ。
「どこら辺、てなんだ」
「たとえば…高嶺さんの中で自分が住んでる場所はどこの認識なのか、とか。そこわかんないと今ここにいること説明しづらいです」
なるほど。前の貧乏アパートか否かを訊いてるのか。
「お前と野々村家と同居しはじめて数ヶ月、てとこだ。…ここはどこなんだ」
「高嶺さん、あたしが高三の時に同居解消したんです。モニター制度終わって高嶺さんとの同居が必須条件でなくなったので。なんか色々屁理屈こねてこのマンションにまた一人こもっちゃって」
「屁理屈言うな」
「毎日のお見合いであたしの受験の邪魔にならないように距離置こうってことだと思ってますが、高嶺さん、ご自分の性格的にそう言うと思います?」
考える。言うわけがない、と思った。

「…じゃあ見合いはそこで終わったのか」
「いいえー。そうはいいつつも週一での食事とかで会ってましたし。続けてましたよ。で、受験終わったと同時に婚約することになりました」
「屈服したのか」
ついに落としたのか。その瞬間を知らないことが悔しかった。
それに顔をゆるませると、じっとこちらを見つめた。なんだ。
「…屈服は高嶺さんの方ですかね。あたしが受験合格ハイからあなたを手込めにしたのが原因での婚約ですから」

一瞬何を言ってるのかわからず固まった。
そういえばさっきも隣で裸で寝ていたが―――――

「あ、言っておきますけど高嶺さんの操はいただいてますからとっくに。昨夜もですし」
「なっ…!?」
しれっと言う花に思わず声が出る。それに笑いながら花が言葉を続けた。
「高嶺さんが泣きながら、責任とってくれーってことで仕方なく結納まで済ませて。で、今はここが大学から近いのであたしが泊まること増やして半同棲って感じです。以上の説明でいいでしょうか」
「よくない!どこまでそれ本当の話だ!?」
「どこまでって…概ね本当ですけど」
「嘘をつけ!」
さすがに認められるか。
「…まあ、泣いてはなかったかも。あ、でも結納は済ませてますよ、ちゃんと。証拠写真あります」
言ってスマホの写真を見せる花。
じーさんと、着物姿の花が結納品の前で並んでる写真だった。
…婚約、は嘘じゃないのか。
その事実には自分でも驚くくらい安堵していた。

「……じーさん、お前のこと怒らなかったか」
高校卒業したら花の正体を明かそうとは思っていたが、このショットを見る限りは問題はなかったのか。
「驚くくらいすんなりでしたよ。高嶺さんにもあたしにも」
「そうか」
何事もなく済んだのはいい事だ。
「あ、でも何事もなかったわけではないですけど」
「どういうことだ」
訊くが花はそれには答えない。おい。食べ終わるとその皿片づけながら言う。
「さ。これ片づけ終わったら行きましょうね」
「どこに」
決まってるでしょ、と呆れた顔をする。
「病院です。脳調べてもらわないと、ボケたおじいちゃん」

必死に抵抗したが負けた。


「…異常なしってどうしたもんだか…」
診断結果にため息を付く花。こちらもため息つきたい。
なんで診断表に年齢三十とか書かれなきゃならんのだ。
「だから言っただろう。ボケたんじゃない、時間を越えたんだ」
こうなったらそれしかない。
「あー、はいはい」
気のない返事。まだ信じてないらしい。
こんなに体が何も変わらないんだから歳をとってるはずがない。わからんのか。

「明日高嶺さん仕事なはずですけど大丈夫ですかね?」
言われて、そういえば、と思い立つ。
「雀部でいいのか、そういえば」
「今は鷹羽に戻ってますよ。詳しくは霧ヶ崎さんに訊いた方が早いと思います」
「そうか」
ちゃんと戻れたという事実は朗報だ。
「まあ今夜じっくり思い出せば。あたしも手伝いますよ」
「……泊まっていくのか」
別に同居していた位だから平気ではあるが、こいつのさっきの言動が気になる。
が、こちらの心配を知ってか知らずか肩をすくめて言う。
「日曜日は元々いつも泊まってます。明日大学のカリキュラム朝早いんで。…本当に忘れちゃったんですね」
「忘れたんじゃない」
「忘れてる方がいいです」
突然弱々しい声になった。思わず花を見る。
「…忘れてるなら、思い出す可能性もあるんだし…」
後半は消え入りそうな声。
―――――――心がざわついた。

確かに花なのだが、やっぱり何かが違う。
見てると、自分の知ってる花とは違う何かを感じる。
なんなのか。
遠慮せずもっと言え、と思った。



「…遠慮ってものはないのかお前には」

夜、花の思い出せ攻撃だので疲れて、シャワーを気分転換に浴びにいってでると花は先に寝ていた。
問題は俺の部屋らしき部屋にベッドに堂々と寝てることだ。
朝こいつが同じように寝てたところを見ると同衾している事実はほぼ間違いないらしい。けれど俺がこの状態でもそうするのかお前。
頭を抱える。一緒に寝ろというのか。
「……」

ここにいるのが三年前の花なら。
ガキなんだから問題ない。色気なんて全然生まれないのだから。
―――――――そう思えばいい。いや、けれど―――――。

寝ている隣のベッドの縁に腰掛ける。
髪に触れる。かき分けて髪を隠すと知ってる花に見た目近づいた。
けれどやはり同じではない。

―――――あなたを手込めにした。
こいつはそう言ったがそれはさすがに嘘だろう。
それでも同衾が事実なのであればむしろ逆ではないのかという疑問がわいてくる。
それをこいつは強がって―――――。

この時代の俺は一体どういうつもりでこのガキに手を出したというのか。
わからない。婚約まではわかるがその事実だけが。
わからない以上認められない。

自分が元の時間に帰れるか、どうしてこうなったのか、なんてことより花とのことばかり考えながら、その夜はリビングで寝た。







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