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「ふう」

重たい着ぐるみの頭部を脱いで一息つくと、向こうから幼馴染がやってきた。
無表情で機嫌が悪そうに見えるけど、あの顔は怒っているわけではない。
彼女は昔から、表情を素直に作ることが得意ではないのだ。
長い間一緒にいる私でもたまに解らない表情をする時があるので、不甲斐ないなって思っていたりするのだけど……
もっと長く一緒にいれば、もっと色々なことがすぐに解るようになるのかな。

「汗だくじゃない」
「うん。これ、着てるだけで凄く暑いね。着てみたいなってずっと思ってたけど、ここまで辛いとは思わなかった」

私はこの遊園地のマスコット『うっさぴん』の着ぐるみの頭部を改めて見てから、苦笑いを浮かべる。熱が籠らないように対策はされているが、それは最低限でしかない。着ているだけでも暑いのだから、動き回れば地獄のような暑さに襲われる。今が真夏だったらと思うと恐ろしい。

「お疲れさま。これ、ちゃんと飲んでおきなさい」

そっけなくペットボトルのお茶を渡される。喉が渇いていたから有難い。
お金を渡そうと財布を出そうとしたけど、首から下は着ぐるみを着たままなので指を上手く動かせず掴めなかった。彼女はお茶ぐらい奢ると言ってくれたのだが、後で返すと強引に約束しておいた。一応、私の方が二つもお姉さんなのです。格好つけたい時もあるのです。

「ほら、汗も拭いて」
「わっ」

肌に張り付いていた汗を綺麗なタオルでごしごし拭ってくれる。
口調は厳しいけど、なんだかんだで労わってくれるのがこの幼馴染の優しいところ。
意外と面倒見のいい彼女は、将来いいお母さんになるだろう。

「なに? 人のことジロジロ見て」
「ううん。なんでもないよ」

キャップを開けて、彼女がくれた冷たいお茶を一気に飲み干す。

「っはぁ、生き返ったよ。お茶、ありがとね。それと……付き合わせてごめん、陽織」

気遣ってくれたことが嬉しくて、でも迷惑をかけてしまったことが心苦しい。

今日、私たちはそもそも着ぐるみのバイトをする為にここまで来たわけじゃない。ただ普通に、二人で遊園地に遊びに来たのだ。習い事や勉強で忙しい陽織が年に数回だけ自由になれる日だから、普段行けない所まで遠出をして、時間いっぱい楽しもうねって、数日前から二人で色々計画したりして。
今まで一度も遊園地に来たことがないって言うから、じゃあ遊園地に行こうって決めて。
なのに、私のわがままに付き合わせてしまった。アトラクションにも乗らず、園内を周って風船を配る私のフォローをさせてしまい、せっかくの自由な日を台無しにしてしまったのだ。

「べつにいいわよ。もう小さな子供じゃないんだから、遊園地で無邪気にはしゃいだりしないわ。私は私なりに楽しんでいるから、気にしないで」

いつもの調子で彼女は言う。表情は変わらず、声は平坦。なんでもない態度に、安心しそうになる。
でも陽織は、いつもよりお洒落な服を着ていて、待ち合わせの時間よりも随分と早く来ていたみたいで、口数も普段より多くて、だからもしかしてもしかすると、楽しみにしてくれていたんじゃないかって思うのだ。

私が一人で落ち込んでいると、陽織はハアと息を漏らす。うう、不甲斐ない私でごめんなさい。

「まあ、気にしないでと言っても、貴女は気にするわよね。長い間ずっと一緒にいるんだから、嫌ってほど解ってるわ。だから貴女が困っている着ぐるみのバイトの人を、放っておけないことくらい解るわよ。ねぇ、お節介なお馬鹿さん」
「……あはは」

遊園地に着いて、さあさあどれから乗ろうか! って時にウサギの着ぐるみの中の人が、声を張り上げて誰かの名前を必死に叫んでいたのだ。あまりにも一生懸命だったから、気になって声をかけてみれば、どうやらずっと探していた家族を人混みの中で見つけたらしい。けど職務に忠実で真面目なバイトさんは着ぐるみを脱がず、諦めて家族を探そうとしなかった。だから、家族を見つけて話してくる間、自分が代わりに着ぐるみを着ると申し出たのだ。最初は渋っていたけど、やはり諦めきれなかったのか、すぐ戻ると言って私に着ぐるみを預けて駆けていった。
バイトの人、ちゃんと家族に会えたかな。会えてたら、いいな。

「そういえばさっき、転んだ女の子を助けるために風船を全部空に放ってたわね。喋れないから風船を手放した理由も言えず、職員の人に律儀に怒られて。ほんと、どうしようもないわね」
「…あ、あははー」
「貴女を見てると退屈なんてしないわ。だからつまり、今日は有意義だったってことよ」
「陽織」

私が行ったことを後悔させないように、彼女は肯定の言葉をくれる。
私の行動は正しかったのだと、後押しをしてくれる。
やっぱり陽織は、私には勿体ないくらい優しくて凄い幼馴染だと、改めて思い知らされた。

「それと」

ほんの少しだけ口の端を上げて、解りにくい笑みを作る。

「正直に言うけど、遊園地の乗り物なんて興味ないわ。くだらない」
「えー!?」

そ、そんな。行ったことないって言うから、喜んでもらえるかなと思って遊園地に行こうと誘ったのに。
まさか計画の段階から失敗だった……の? そうだとしたら、なんて間抜け。救いようのない勘違い馬鹿だ。

「でも遊園地には来たかったわ」
「え? それはどういうこと?」
「あ、貴女と……」

興味がないのに来たかったってどういうことだろう。あ、乗り物じゃなくて、パレードが見たかったのかな。
でもパレードがあるのは夜だし、門限の厳しい陽織は夕方には帰らないといけないから無理だよね。

「ふたりで……遊園地に……行く、意味くらい……っ」
「???」

ぼそぼそと何か呟いているみたいだけど、全然聞こえない。
はっきり物を言う彼女らしくないので不思議に思いつつ首を傾げていると
「察しなさい鈍感お人好しミラクル馬鹿!」と怒鳴られてしまった。相変わらず陽織さんはお厳しい。

でも彼女らしいから、思わず笑ってしまった。
そんな私の態度が気に食わなくて、彼女はまた拗ねてしまうのだけど。
拗ねた顔も可愛いなぁなんて思ってしまう自分は、相当な幼馴染馬鹿なんだろう。

「ほらもう休憩終わり! そろそろ行くわよ、椿!」
「うん!」

バイトさんが戻ってくるまでの代役だけど、仕事は仕事。
お客さんを笑顔にするためにもうひと頑張りしよう。

遊園地でやりたかったことは全然できなかったけど、二度と来られないわけじゃないから、また次でいい。
私たちはまだ子供で、これからがある。だから、焦らなくていい。

未来の時間は、まだまだ沢山あるのだから――――








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