明日世界が終るとしたら(野良犬)
「明日世界が終るとしたらどうする?」
美香がまた唐突に変なことを言い出した。
この子はいつもは普通のいい子なのに、突発的に不思議なことを言い出したりする。
「何急に」
「そういう映画見たの。後20日位で世界が終るから昔の恋人に会いにいくーって映画。楽しかった」
今度は映画か。
何も答えられない私たちをしり目に、美香が楽しそうに
「私はどうしようかなー、綺麗に死にたいからおしゃれしてー、おいしいものたべてー、お母さんとお父さんにありがとうっていって、読んでない漫画読んでー」
「ゆ、雪下」
まったく名前が上がらないことに焦った隣の彼氏が、泣きそうな顔で彼女にすがりつく。
想像の話なのに随分必死だ。
美香は朗らかに笑ってそんな彼氏の肩をぽんぽんと叩く。
「あはは、勿論藤原君にも会いにいくよー。最後は一緒にいたいかなー。お父さんとお母さんはきっと一緒にいるもんね」
「雪下」
今度はぱあっと表情を輝かせた。
最近なんか藤原君、美香の前にいると犬っぽいなー。
そんな二人を見てから隣にちらりと視線を移す。
「………」
眼鏡の男は真剣な顔で口元に手をあてて考え込んでいた。
まだなんかロクでもないこと考えている気がする。
「真剣な顔して何を考えてるの」
「今三田を家の中に閉じ込めようとしている悪魔の俺と、家族の元へ返そうとする天使の俺が戦ってる」
やっぱりロクでもなかった。
「うん、そんなことだろうと思った。そしてその言い方は若干痛い」
「これは難しいな」
私のつっこみはものともせず、野口は苦悩して眉間に皺を寄せる。
美香もそうだが、野口も本当にアホだな。
「家族のもとへ返してあげたいと思うんだけど、でもやっぱり一緒にいたいな。三田の目に最後に映るのは俺がいい。最後まで抱きしめてたい。最後の一言も最後の表情も、聞き逃したくない。見逃したくない」
「………おい」
「あはは、通常運転だね、野口君」
変態臭い言い方に、顔が熱くなってくる。
藤原君と美香がいるのに。
いやもう二人ともこれくらいじゃ動じなくなってきてるけど。
「あ、あんただって、家族いるじゃん」
「うちの母さんはその事態じゃたぶん俺のこと思い出さなそうだしなあ」
「………」
それは、確かにそうかもしれない。
あの人は最後の最後まで、野口のお父さんのことしか、見ていなさそうだ。
「じゃ、じゃあ、一緒にうちにくればいいじゃん」
「え?」
「母さんも、妹も、あんたのこと、その、気に入ってるし、最後は、一緒にいれば、いいよ」
お父さんやお母さんには悪いけど、野口と二人きりでもいいななんて思ってしまった。
ここで、二人きり、なんて恥ずかしくて言えないけど。
ていうか二人の時でも言わないけど。
「三田」
「な、何よ!」
「いますぐ押し倒したいんだけどいい?」
「いいわけないだろ!」
「嬉しい」
野口がやっぱり真面目な顔で、私の手を握ってくる。
ああ、やっぱり言うんじゃなかっただろうか。
でも、無表情ながらも本当に嬉しそうに笑うこいつに、胸が痛くなってしまう。
ああ、もう、くそ。
「由紀は優しいなあ」
「だろ。俺の彼女は本当に最高」
「うん。そうだね」
だからやめろ。
二人ともやめろ。
ああああ、もう。
「じゃあ、俺その時は、憧れの『お父さん、お嬢さんを俺にください』やるね」
「わー、素敵」
「あほか!」
まったくもう、本当に二人は馬鹿ばっかり。
まあ、しんみりしちゃうより、全然いいけど。
ていうか私も想像の話で、何真剣に考えちゃってるんだろ。
「最後まで三田といれるならいいなあ」
「そうか」
「うん、幸せ」
仕方ないから私は世界の終りまで、寂しがりのこいつを寂しがらせないように傍にいてあげなきゃいけない。
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