明日世界が終るとしたら(その手)
テレビを出てきたフレーズに、ふと隅で何か考えながら書いていた先輩に問いかける。
鷹矢のために買ったテレビだが、食事の用意などのBGMとしては最適だ。
「先輩はどうします?」
「ああ?」
「明日世界が終るとしたら何をします?」
「くだらねーな」
先輩は顔をあげて顔を顰める。
くだらないなんて、百も承知だ。
「世間話の八割くだらないことでしょう。コミュニケーションですよ」
「九割かもな」
「ええ、で、どうします?」
軽くため息をついて、先輩が面倒臭そうにペンを放り投げた。
それから後ろに手をついて、ふんぞり返る。
「お前はどうするの?」
「俺は、どうしようかな」
聞き返されると結構困るな。
明日、世界が終るとしたら、か。
「コースケさんのところに帰る?」
先輩が面白そうににやりと笑って聞くが、俺は即座に首を横に振る。
「いえ、耕介さんは息子さんがいるし、最後はご家族と過ごした方がいいだろうし」
「へえ?」
明日世界が終るとしたら交通網もぐちゃぐちゃだろうし、どうせ帰れないだろうな。
電話ぐらいは、したいかな。
電話通じるといいな。
じゃあ、後は何がしたいだろう。
絵を描きたいだろうか。
友達に会いたいだろうか。
きっと違うだろう。
「多分、先輩の側にいたいんですけど、先輩はどうします?」
先輩は少し考えて、予想通りの答えを返してくれた。
「なんか作ってんだろうな。死ぬ前に、最後何を作りたいか、作れるか興味ある」
「ですよね」
思わず顔が緩んでしまった。
きっと先輩は最後の最後まで作っているだろう。
この人の世界を表現し続けるだろう。
だったら俺がやることは、やっぱり一つ。
「なら、俺は、そんな先輩見て過ごします」
「最後までか」
「ええ、最後まで」
この人の最後の作品を目に焼き付けて、最後まで過ごす。
それはなんて素敵な終わり方。
ああ、想像するだけで眩暈がしそうだ。
そう考えれば明日世界が終わっても怖くないかもしれない。
少し楽しみですらある。
「ま、どうせ死ぬなら普段できないプレイを楽しむのもありだな?」
先輩はにやりと笑って、歯を見せる。
性格の悪さがにじみ出る獰猛な笑い方は、本当に先輩らしい。
「どんな?」
「首絞めプレイとか?」
「ああ、切断プレイとか」
「そうそう」
「それも素敵ですね」
お互いを傷つけあって食らい合って終わるのもいい。
この人の腕を切り取って、食べてしまっても素敵。
でもきっとそんなこと言っても、この人はきっと何かを作っているだろう。
俺なんて見向きもせず、ただただ作品に向き合っているだろう。
俺の存在なんて、その瞬間にすべてを忘れ去る。
俺はきっとそれがとても寂しくて、とても嬉しい。
「どちらにせよ、俺は最後まで先輩を見てますね」
「ま、好きにしろ変態」
きっとあなたを見ている、この世界が終るその日まで。
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