明日世界が終るとしたら(白青)
明日世界が終るとしたらどうする?
岡野が急にそんなことを言い出した。
「急になんかファンタジーなこと言い出してどうしたんだよ、岡野」
「うっせーな、そういう本読んだんだよ」
藤吉がまぜっかえすと、岡野がちょっと顔を赤らめて言い訳するように言う。
そのちょっと照れた様子の岡野が可愛くてにやにやしてしまいそうだ。
なんとかこらえて、聞いてみる。
「へえ、どんな本?」
「一週間で世界がなくなるからって、恋人のもとに徒歩で向かう女の人の話。途中旦那さん食べちゃう女の人とか、受験ないのに勉強し続ける女の子とかに会うの」
「え、こ、怖い」
「いやまあ、怖いんだけどさ」
なんだろう、怖い話なのだろうか。
でも、岡野は困ったように首を傾げて、ぼそぼそと続ける。
「なんか怖いけど、綺麗で面白い話だったよ。チエに借りたんだけど」
「そうなんだ」
本当に何か心に残ったんだな。
ちょっと照れた様子の岡野が、が新鮮に感じる。
じっと見ていたのに気付いたのか怒ったようにそっぽをむく。
「で、私は何するかなーって考えてたの!」
「うーん、何するかな。積んでるゲームどこまで崩せるかな」
藤吉は今度はまぜっかえすことなく考えながら答える。
それに槇がにこにことしながら、返す。
「寂しいねえ藤吉君」
「やめて槇、傷つく!」
いやでも俺もちょっとそれは寂しいと思った。
佐藤も考えて腕を組んで首を傾げる。
「私はダイエットで我慢してるもの全部食べちゃうかな」
「それも悲しいねえ、千津」
「ひどいよ、チエ!そういうチエはどうするのよ!」
「うーん、最後までどれだけおいしいもの食べれるかな」
「一緒じゃん!」
「だね」
美味しいものを食べるか。
それもいいかな。
何が食べたいかな。
そういえばこの話題を切り出した人は、何を考えているんだろう。
「岡野はどうするの?」
「私は、どうしようかな」
岡野はなんだかいつもより少し静かな感じだ。
よっぽど小説が心に残ったのだろうか。
「やっぱり、家族と、いるかなあ」
「そっか」
「あんたは?」
「俺は」
何が、したいだろう。
明日、世界が終るとしたら。
家族。
うん、家族といたい。
一兄ともっと話したい。
双兄とももっと遊びたい。
四天とも、最後は後悔ないように、話したい。
思っていたことを伝えたい。
父さんとも母さんとも、まだ話したりない。
まだまだ全然、話したいことがある。
「………やだな」
「え?」
でも一日なんかじゃ足りない。
だって、家族だけじゃない。
他の人とも話したい。
藤吉と、岡野と、槇と、佐藤と。
それに志藤さんとも話したい。
数少ない近しい人たちと、たくさんたくさん話したい。
一日じゃ、足りない。
「一兄とも双兄とも、それに四天とも、いっぱい話したい。一緒にいたい。でも、皆とも一緒にいたい。もっと、話したい。時間、足りない。もっと話したいのに」
まだ何もしていない。
まだ何も話していない。
「いやだな………」
それなのに、終わるなんていやだ。
「泣くなよ?」
「な、泣いてねーよ!」
岡野が俺の顔を覗き込んでくる。
慌てて顔をあげた。
まだ泣いてない。
まだセーフ。
ちょっと想像で哀しくなっちゃったけど、まだ泣いてない。
「お前ほんっとに、泣き虫だな」
「だから泣いてねーって!」
泣いてない。
泣いてないはずだ。
ちょっとうるんだけど零れてない。
「仕方ねーな。じゃあ、みんなで一緒にいればいいだろ」
「え」
岡野がやや強めの力で俺の頭を叩きながら言う。
すると槇が楽しそうに手を叩く。
「あ、いいねえ。おいしいものいっぱい持ち寄って、まあ、ゲームも持ってきて、家族みんなで集まって、広い所で皆で集まって、最後まで全員で楽しくしゃべって食べて過ごすの」
佐藤も楽しそうに手をあげる。
「あ、いいね。私甘いものいっぱい持ってくね!」
「じゃあ俺は仕方ないから積みゲーを諦めて、人生ゲームでも持ってくわ。人生の終わりに人生ゲームってかなりシュールだな」
「あはは、確かにそうだねえ」
藤吉もそれにのって、佐藤と槇が朗らかに笑う。
ああ、それなら、なんて楽しそうなんだろう。
とても、楽しくて幸せな光景。
大好きな人がみんないる。
岡野がちらりとこちらを見る。
「それならいい?」
「うん、それいいな。それならいいな」
「まったくもう」
呆れたように肩を竦めて、それで猫のような目を少し緩ませてにっと笑う。
「皆、一緒だから泣くなよ」
「だから泣かねーって!」
ちょっとだけ嬉しくて、泣きそうになったけど。
世界の終りが来ても、皆がいれば、きっと寂しくない。
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