「昔から思ってたけど、志藤さんって、いい匂いするよな。なにこれ、蜜柑?柚子っぽい。おいしそう」



隣に立っていた志藤さんから、ふわりといい匂いがした。

少し近づいて嗅ぐと、さっぱりとした爽やかな匂いが強くなる。

うん、やっぱりおいしそう。



「はは、おいしそう、ですか。朝日さんらしい表現ですね」



志藤さんはくすくすと笑って皿を拭いている。



「これって香水?」

「はい。一応控えめにつけているつもりですが、不快ではないですか?」

「いや、へーき。結構好き」

「ありがとうございます。私もシトラス系の匂いが好きなんです」



シトラスってなんだっけ。

なんかよく聞くけど。

あとで忘れなければ調べてみるか。

うーん、やっぱりいい匂い。



「お前は香水の匂いが好きなのか?」



反対隣で食器を片付けていた水垣が聞いてくる。



「ん?いや、別に。でもこのおいしそうな匂いは好き。バニラエッセンスみたいな甘い匂いも結構好き。ムワってするのは嫌い」

「なんだそれ」

「なんていうかこう、ムワってする奴」

「まったく説明になってないが、なんとなく分かるような分からないような」



しかしいい匂いだな。

蜜柑が食べたい。

グレープフルーツ剥いて食べてもいいな。



「えーと、朝日さん、恥ずかしいので少し離れていただけると」

「あ、ごめん。つい、おいしそうで」



茶碗を洗いながらつい近づきすぎてしまっていたらしい。

志藤さんが苦笑している。

しまったしまった。

志藤さんから体を離すと、今度は近づいた分だけ水垣の匂いが強くなる。



「お前もいい匂いするよな」



水垣も基本的にいい匂いがする。

こいつの匂いも好きだ。



「そうか?ごく稀にしかつけないが。今も何もつけてない」



水垣が不思議そうに首をかしげる。

いい匂いでどんどん近づいてしまう。



「んー、これもおいしそうな」



伸びあがって、水垣の首元を嗅ぐと、やっぱりとてもいい匂いがする。

甘い甘い、カルメ焼きのような、百花蜂蜜のような。



「あ、そうか、俺、お前の体の匂いが普通に好きなんだ。おいしそう。舐めたい」

「やめろ!!!」



水垣がすごい勢いで飛びのく。

そんなに逃げなくてもいいじゃないか。

減るもんじゃねーし、一舐めぐらいいいじゃないか。

ケチだ。



「男の匂いを嗅ぎ分けるなんて朝日はえっちだなあ」



ソファに座って俺たちの様子を見ていた四天サンが、くすくすと笑いながらそんなことを言ってくる。

なんかヒトギキが悪いこと言ってる。



「なんだそれ」



男の匂いを嗅ぎ分けるというと、途端になんかビッチな感じがする。



「そういえば、同じように男の匂いを嗅ぎ分けてる人がいたなあ」



四天サンが独り言のようにつぶやく。

男の匂いを嗅ぎ分けるビッチ。



「あ、それ、あの噂の魔性のビッチさん?」

「朝日さん、その、ビッチという言い方は…」



隣の志藤さんが悲しそうに眉を顰めている。

そういえば一応志藤さんの初恋の人らしいし、ビッチというのは失礼かもしれない。

なんかもっといい言い方があるだろうか。



「えーと、じゃあ、悪女さん?男タラシさん?」



悪女だと余計に失礼だろうか。

男タラシさんがいいだろうか。



「それもちょっと…。あの方はそんな方じゃないですし。とても清廉で純粋な方です」



またなんか難しいこといってる。

セーレンってなんだ。



「相変わらず夢見てるなあ。なんかどんどん美化されてない?大丈夫?ビッチはビッチでしょ」

「……四天さん」

「はい、ごめんなさい」



ビッチさんの話をするときだけ難しい顔をする志藤さんが、四天サンに怒ったように言う。

おお、喧嘩が始まってしまうかもしれない。

話をそらそう。



「四天サンはなんかつけてるの?」



四天サンもたまにいい匂いがする時はあるが、別に近づいて嗅ぎたくはない。



「うーん、つけることもあるけど、あんまりつけないかな」

「へー」



聞いたはいいけど、そこまで興味もない。



「そういえばビッチさんは、俺の匂いがするって言ってたっけ」



そして、四天サンが志藤さんに悪戯っぽくクスクス笑いながら言う。

おお、なんかえっちっぽい言い回しだ。

さすが魔性のビッチさんだ。

男をマドワス美人っていうのは、そういうこと言うんだな。



「………」



隣の志藤さんがますます眉を顰める。

あ、なんか怖い。

しかし四天サンはひるまずくすくすと笑う。



「志藤さんは柑橘系だって。あの人はお香の匂い」

「四天さん」



あ、声が怖い。

この二人、ビッチさんのことになると微妙な空気になるよな。



「ケンアクな空気だなー。やめてよ、家の中でそういうの。俺の見えないところならいいけどさ」

「えー。朝日が話をふったんでしょ」



いや、俺はそんな話はふってない。

ケンアクな空気にしたのは間違いなくこの男だ。



「四天、縁、喧嘩はやめてくれ……」



そこで水垣が、とても悲しそうな声を出す。

こいつはこいつで、2人の前だとほんとガキっぽいよな。



「……すいません。司狼さん」

「ごめんね、司狼」



俺の説得には耳を貸さなかったくせに、2人は水垣に謝る。

なんでだよ。



「朝日は誰の匂いが一番好き?」



四天サンが話をそらすためかなんなのか、そんなことを聞いてくる。

誰のっていうか、おいしそうな匂いなら何でも好きだが。

炊き立てご飯の匂いとか、焼きそばの匂いとか。

まあ、でも、やっぱり。



「俺はやっぱり水垣だな!」



一番のごちそうの匂いはこれだ。



「だから一舐め」

「絶対いやだ!」



そして水垣はまた俺から一歩離れる。

やっぱりケチだ。






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