優しい手




ブラッドとぬいぐるみと言う異様な組み合わせは周囲の注目を浴びまくっていた。

どんな人混みの中でも、待ち合わせの目印にしたら絶対大丈夫だと断言できる程度には…。

「私が持つから…」

沢山の人間が集まる場所で、武器をアリスに持たせ、ぬいぐるみを片手にもう一方の腕をアリスのそれと絡めるなど、危険だとは思わないのだろうか。

「持ったらはぐれるだろう」

ぬいぐるみの背丈はアリスの半分以上。ふくよかなお腹は両腕がやっと回る位。

軽くてもかさばるぬいぐるみを持って歩いたら、動きにくいし、視界も遮られる。自ずと歩みが遅くなり、はぐれてしまう確率があがるのは事実だ。

何度も言ったのに、結局屋敷に着くまで両方共離す事はなかった。



ぬいぐるみは、そのままアリスの部屋に持ち込まれた。

ブラッドから受け取ったぬいぐるみを暫定的に備え付けの椅子の上に置くと、椅子から身体がはみ出し、少し居心地が悪そうだった。

「君がぬいぐるみ好きとは知らなかったな」

バランスを取る為に、微調整を繰り返すアリスの背後で呆れ混じりに言う。

「嫌いじゃないわ」

素直に「好きだ」とは言えないが、見れば可愛いと思うし、貰えば嬉しい。

「大量に欲しいとは思わないけど…」

肯定するとぬいぐるみ責めにあいそうなので、さりげなく釘を差しておく。

ぬいぐるみは嫌いではないが、大量のぬいぐるみに押しつぶされるのも、部屋を追い出されるのも勘弁して欲しい。

クローゼットの中には袖を通した事の無い服や装飾品の数々が眠っている。

一時期は毎時間帯のように贈られたが、散々抗議してようやく落ち着いた。最近は時折『土産』と言って稀少本やお菓子、紅茶を持ってくる程度。

ブラッド自ら足を運んで選んだそれらを受け取り、一緒に楽しむのが嬉しいのだと気づいているのだろうか。

ダーツの商品として並んでいた商品の中で、大きさ的にも一際目を引いた。

視線が止まったのは否定しない。だが、「あれが欲しい」と強請ったわけでもないのに、貰ったのはブラッドだ。

欲しがっているように見えたのか、それとも別の考えなのかは分からない。だが、アリスの事を気にして取ってくれたのは間違いない



お風呂から上がって、濡れた髪を拭き、ぬいぐるみをベッドへ移動する。

ぽふぽふと肩や腹、足等を触ったり撫でたりした後ぎゅっと抱いてみた。

頬を撫でる毛の感触が心地よい。

「君はそれには自分から抱きつくんだな」

アリスの部屋ですっかり寛いでいたブラッドが頬杖を着きながらアリスを眺める。

「だってこの子は悪戯しないもの」

大きなぬいぐるみを抱きしめるのは子供っぽいかもしれないが、このふわふわもこもこした感触は、一度味わってしまうとなかなかやめられない。

そのままベッドに寝転がる。

「風邪を引くぞ」

髪はわずかに湿っている。乾かして寝ないと起きた時に、跳ねたり絡まったりして大変なのは分かっている。

乾かさなければ…と思うのだが、起きあがりたくない気分だ。

ブラッドは椅子にかけてあったタオルを持ってベッドに浅く腰掛けると、アリスの髪を拭き始めた。

「私にこんな事をさせるのはお嬢さんだけだぞ」

そう言いながらも、とても丁寧な拭き方だ。タオルで髪をはさんで軽く叩いて水気を取った後、髪をすき始めた。

何だかとても気持ちよくて目を閉じる。

「こんな物ではなく私に抱きつけばいいものを」

ぬいぐるみを離さないアリスに溜息混じりに言われると、子供っぽいと笑われている気がする。

だが、眠気でぼんやりし始めているのでまともな反論が出来ない。

「ぬいぐるみに嫉妬してるの?」

ふと思いついた考えがそのまま口を出る。ブラッドが小さく笑った気配がした。

「いけないか」

冗談のつもりだったのに、真に受けられて答えられると反応に困る。

人間とぬいぐるみを比較するのがどうかと思う。

赤くなった顔を見せたくなくてぬいぐるみに顔を埋めた。

「今日は私に抱きついたらどうだ」

タオルを脱衣所の籠の中に入れて戻ってきたブラッドはアリスの背後に横になり、アリスの背後から腕を回した。

アリスのベッドはぬいぐるみとアリスが横になるなら充分広いが、大人一人が加わると若干狭い。

「あなたが抱きついてるんじゃない」

ぬいぐるみを抱いたアリスを抱きしめて眠るなんて親子みたいだ。

「なあ、お嬢さん」

「…何?」

赤面するような想像を慌てて打ち消す。

「こうやってるとまるで親子のようだとは思わないか?」

その言葉を聞いた瞬間、本気でブラッドの腕から逃げ出したくなった。





お題『恋花お題』

優しい手   by 恋花




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