【第二回】



 陽気な音楽にパチパチと拍手の音が交じる。

『タイガー&バーナビーの! ぱちぱちラジオー!』

 ワー、と入る歓声は演出である。
 昔はあの歓声は実際にブース周りに観覧席かなんかがあるんだと思ってた。
 それを豪快に笑い飛ばしたのは、このラジオのパーソナリティの片割れだ。うるせえ、お前だって少し前までは知らなかったくせに!

『タイトルが「ぱちぱちラジオ」でよかったらしくてほっとしてる方、ワイルドタイガーと!』
『「パティパティレイディオ」でなくて納得がいかない方、バーナビー・ブルックスJr.です』

 こいつら、まだタイトルで揉めてたのか。
 トレーニングセンターでいつまでも言い合ってるから、最後にはファイヤーエンブレムに尻を焼かれかけていた。

『このラジオは、えーと、「毎日がんばっているみなさんというヒーローたちを励まし、拍手で応援する番組です」!』
『棒読みですけどよく噛まずに言えましたね偉いです』
『生温い笑顔だけど褒めてもらえて嬉しいですありがとうな!』

 互いを褒めながら喧嘩をするという器用な真似をしている。
 おいおい、虎徹もバーナビーも、どうしてそう不穏なんだ。あんまりハラハラさせてくれるなよ。

『正確に言おうとすると難しいんだもんなー。でも、主旨はちゃんとわかってるぞ! 市民ひとりひとりがヒーローだ! ってことだよな! なっ!』
『よくわかってるじゃないですか。そうです。みなさんの努力や勇気、ときにはがんばれなかったことも、拍手で応援していこうという番組です』
『そう! 拍手!』

 ワー、とひとりで言いながら拍手をしている。

『あのなー、これ、前回の放送を聞いたら拍手の音って結構聞き取りづらくて。練習してきましたっ!』

 パチパチパチ!
 と、確かになかなかいい音が出ている。

『あんまり強すぎると耳が痛くなるってバニーが言うから、ちょうどいい音が出るまでがんばりました』
『録音して何度も聞きながら練習したので、おそらく綺麗な拍手の音になっていると思います。収録音声ではありませんよ』
『バニー、ウインクしてもこれラジオだから。俺にしか見えてないから』

 ああ、ふたりしてシミュレーションルームでうずくまって拍手してたのはそれだったのか、とようやく思い当たる。ヒーロー仲間たちはみんな「不気味だ」「怖い」と目くばせしていたのだ。だって、暗くて狭い部屋をわざわざシミュレータで再現してたんだぞ。怖いだろ普通に。

『前回の放送からは少し間が開いてしまいましたが、今週もよろしくお願いします』
『爽やかなウインクしても、やっぱり見えてな~いぞっと! ってことで、お便りを紹介していくぞ! 前回の放送のあと、いっぱいお便りもらえたみたいでほっとしました!』
『いろんなヒーローのみなさんがいるんだなと実感しましたよね。ありがとうございます。それでは一通目。「タイガーさん、バーナビーさん、こんばんは。レイディオネィーム(笑)ささらです」こんばんは。この(笑)ってなんですかね?』
『お前の発音が面白くて真似してみたんじゃねぇ?』
『別に面白くしてるつもりはないんですが。「実は先日転職したのですが、環境が変わって大変すぎて癒しがほしいです。励ましの拍手お願いします」ということです』
『なるほどなー! わかる! わかりすぎる!』
『環境が変わると、心身ともにストレスがかかりますからね。いい方にも悪い方にも』
『そうそう。俺も職場が変わったらいきなり相棒ができてたりヒーロースーツまで変わったり』
『ストレスでした?』
『そりゃあなー、相棒はツンツンしてるし、スーツは使い心地も性能もよかったけど、やっぱ慣れるまではいつも通りには動けないし』
『ツンツンしててすみませんね。タイガーさんは何か癒しになるものなどありましたか?』
『うーん、癒しかあ。しいて言えば、バニーが毎日ちょっとずーつ懐いてくるのは癒しだったかもしれない』
『僕そんなことしてません』
『してたよぉー、最初はコーヒー買ってってやっても口もつけなかったのに、ようやく好みの味見つけたら一口飲んでさあ。兎のくせに猫みたいだなーって思ってたよ』
『……』
『お、照れてる? ってことで、猫カフェにでも通ってみるのはどうでしょーかっ! 癒されること間違いなし!』
『……僕からは、癒しといえばオルゴールということで、来週発売になるBTBオリジナルソング「春のホッピング・スプリング・ラブ」オルゴールバージョンはいかがでしょう。こんな感じの曲になります。どうぞ』

 心地いいオルゴールの音が流れ始めた。サビの「ホッピン!スプリンラー♪」の部分だ。ここはライブでも盛り上がるところで、ホッピン! に合わせてみんなでジャンプする振付になっている。
 静かで落ち着いた感じのオルゴールの音とは、微妙にテンションが合ってない気もするが。
 ワンフレーズ流れたところでフェードアウトし、バーナビーの声が聞こえた。

『いかがでしたか? ささらさんには、こちらのオルゴールをプレゼントしますね。癒されてください』
『お前はまたウインクなんかして……見えてないっつーの! ささらさん、仕事大変だろうけど、がんばってて偉いぞ!』
『がんばる人のことも、もうだめがんばれないって人のことも、僕たちは応援してます。ささらさん、こうして「励まして!」って言えることは大事なことですよ』
『そうそう! 俺らも、助けを求めてもらわないと助けに行けないからな。偉い!』

 パチパチパチ、ともう一度大きな拍手音。

『では次のお手紙はさっきのオルゴールが流れてる間バニーに怒られてた方、ワイルドタイガーが読みまーす』
『あなたが悪いんじゃないですか! どうしてわざわざラジオでそういう』
『はーいはい悪かったって。お手紙いきます!「Tiger&Barnabyのおふたりこんにちは!」こんにちはー!「皆さんの活躍を長く応援するには健康でいなければと、運動が苦手な私ですが一念奮起してジムトレーニングを始めました! モチベーションを保てるように励ましてもらえたら嬉しいです」だって!』
『健康は大事ですね。ジムトレーニングなんて、本格的じゃないですか!』
『な! 偉い!』

 パチパチ、と拍手の音。

『しかも僕たちの活躍を長く応援するためだなんて、嬉しいことを言ってくれますね。僕たちも負けずに頑張ります』

 確かに、なかなか照れることを言ってくれる(「皆さん」の中にはヒーロー・ロックバイソンも含まれているはずだ。たぶん)。こっちもそろそろ十年選手だが、まだまだ頑張るぞという気持ちになった。

『でも、無理しすぎないようにな。自分の限界を伸ばしてくイメージで! 最初は腕立て一回もできなくても、毎日頑張ってるとできるようになってくるからな』
『無理をして怪我でもしたら大変ですからね。少しずつがんばりましょうね。僕らも応援してます!』
『してまっす! フレッフレ!』
『タイガーさん、僕にはウインクなんかしても見えてないとか言ってますけど、今めちゃくちゃ腕振り上げてます』
『あっ、そうだ、見えてないんだった』

 くすくすと二人分の笑い声が聞こえた。楽しそうで何よりだ。
 虎徹とバーナビーはコンビの気安さからか、出動後の現場でもトレーニングセンターでもちょっかいを出し合っている場面が多い。コンビ結成直後の仲の悪さが嘘みたいだなと思った。「うまくやれてんのか?」なんて気にしていたのももう昔のこと。

『それでは次のお便りを紹介しますね。こちらは励ましが必要なヒーローの方ではなく、感想のお便りです。「こんなラジオがあるなんて! 毎週楽しみにさせていただきます♪ OBCじゃない局には私も抗議したいです!!!」ですよね! ……ではなくて、気持ちはわかりますが、あまりご迷惑にならないようにしましょうね』
『バニー、怒ると結構怖いんだもんなあ』
『そんなことないですよ、なるべく粛々と抗議しようと思ってます』
『それが怖いんだって! 一見笑ってるのに威圧感すごかったり、無表情のまま淡々と怒ったりするのコワイ』
『だって我慢ならないんです。あなたが軽々しく扱われるの』
『そりゃあ……嬉しいけどさ。でも、それでお前が嫌なやつみたいに思われるのは俺だってやだよ』
『……ありがとうございます』
『……うん』

 なんだかいい雰囲気になっている。
 マリオが言うところの、麗しきバディ愛ってやつだ。思わずラジオの前で頷いて、こっちが拍手してしまった。

『あわ! すんまっせん! ……えっと。ラジオなんだから黙るなって怒られちゃいました』
『無音の時間ができてしまったこと、お詫びします』
『バニーちゃんってほんと律儀だよな。今、バニーは立ち上がってお辞儀してます。えー、そしたらどんどん次のお手紙! 「タイガーさん、バーナビーさん、聞いてください」おう聞く聞く! 「今夜はエビフライを作ったんですが、あまりにもおいしくできてしまい、一瞬でなくなりました。慰めてほしいです」だそうです! え、え、慰めんの? おいしく作れてすげぇなあって褒めるんじゃなくて?』
『がんばって作ったものが一瞬でなくなったら、やっぱり悲しいじゃないですか』
『そんなもん? 俺は炒飯作ったときにバニーが一瞬で食ったらやったー! って思うし、うまかったかー、よしよし、おかわりすっかー? ってなるけど』
『え……僕は、あなたが一瞬で食べるともうちょっと味わってくれればいいのに、と思いますけど』
『えっ、そうなの? 悪い。あ、ってことはお前がいっつもゆっくりゆっくり食べてんのは、おいしいからなの? 俺、まずいからゆっくりしか食えないのかと思ってた』
『まずいわけないじゃないですか。まずいわけないじゃないですか』
『に、二回言うほど』
『ほどですよ! おいしいからです! 僕はおいしいものはゆっくり食べたいし好きなものは最後まで取っておく方です!』
『わー、なんかおじさん感動だわ。バニー、俺の作るものうまいって思ってくれてるんだなあ』
『……』
『おっとお。バニーちゃんが黙っちゃったので俺がワイルドに喋るぜ! おいしいエビフライ羨ましい! 俺も食いたい! うまいものはつい勢いよくバクバク食っちまうけど、ゆっくりの方が身体にもいいらしいので次はゆっくり食ってください! おいしさ噛みしめてこう! 俺も次にバニーが何か作ってくれたときは味わって食います!』

 パチパチパチ!
 少し強めの拍手だ。
 バーナビーはうんともすんとも言わないでいる。きっと、いつものように固まっているんだろう。最近はそういう場面を見ることも多い。「完璧な王子様もいいけど、隙のあるハンサムの方がそそるわァ」とはネイサンの言だ。まあ、そそるかどうかは置いておいて、以前のようにつんけんした態度よりも親しみやすいのは確かだった。

『ってことでぇ、バニーもほら、固まってないでこれ読んで』
『別に固まってないです。こちらは僕らへの質問みたいですね。「タイガーさん、バーナビーさん、こんばんは。タイガーさん好きの息子とバーナビーさんファンの娘の母です」こんばんは。光栄です。「お二人への質問なのですが、お弁当の具は何がお好きですか? 明日のお弁当の中身が決まらなくて泣きそうです!」とのことです。頑張り屋さんのお母さん、どうか泣かないで』
『このお手紙が届いた日付的に、「明日」はもう過ぎちゃってるよな。ごめんなあ』
『無事にお弁当の献立は決まったのでしょうか。次回困らないように、僕たちの好きな具をお教えしますね』
『俺はウインナー! あとからあげ! 肉団子もいいな!』
『肉ばっかりじゃないですか』
『だって、ハンドレッドパワー使ったあとって腹が減るんだもん』
『僕は卵焼きが好きです。甘いのもしょっぱいのも、あとは中にホウレン草やシソを入れたものなんかもいいですね。バリエーションがあると、毎日でも飽きないと思います』
『ちっちゃいころは、星型にカットした人参も好きだったな』
『僕は、トマトの丸かじりにはまっていた時期がありますね』
『……弁当の話だよな?』
『お弁当の話ですよ? 丸ごとトマトを布にくるんで持っていくんです』
『……』

 そうだ、バーナビーは確か幼いころにご両親が……と、思い出してしまうエピソードだった。
 虎徹もそのあたりを慮っているんだろう。
 と、慌てたようにバーナビーが騒ぎ出した。

『あっ! 違います、違いますからね。ちゃんとお弁当を作ってくれる人はいたんですけど、僕が我儘を言ってどうしてもトマトを丸かじりしたいと強行しただけです。トマトが好きだったんです!』
『よかったー、しんみりしなきゃいけないのかと思った。確かに子供って、変なところで変なこだわり発揮したりするよな。俺もそういえば、バナナばっかり食べてた時期があったかも』
『フルーツなら僕はリンゴですね。これもやっぱり丸かじりで』
『お前、そのころから赤が好きだったんだなあ』
『……そういうわけでは、いや、でもそうだったのかな。僕のファンだという娘さんは、なんでもおいしく食べれるかな? お母さんのお弁当、おいしく食べてくださいね』
『俺のことが好きだっていう見る目のある息子さんもな! いっぱい食べて大きくなるんだぞぉ!』
『でも、子供のころに僕のような偏った食生活をしていてもこうして丈夫に育っているので、お子さんの偏食に困っている方もどうか心配しないでくださいね』
『おっ、出た、ウインク。なんで今日そんなにウインクすんの?』

 確かに、リスナーには見えてないことなんてバーナビーならわかっているだろうに。

『いいですか、僕がウインクしたことをあなたがみなさんに伝えることで、僕のウインクはみなさんに伝わるわけです』
『え? え? うぇ?』
『僕のウインクを待っているみなさんのために、あなたはそうやって「バーナビーがウインクした」と逐一アナウンスしてくれればいいんですよ』
『んん? んんん?』
『さて、ぱちぱちラジオ、残念ながらタイムリミットのようです』

 さらっと置いていったな。首を捻ったままの虎徹が目に見えるようだ。

『さ、タイガーさんも、首を捻ってないで終わりの挨拶をしてください』
『んー、なんか誤魔化されてる気がするけど、おう! 今週も聴いてくれてありがとうな! お手紙いっぱいきて嬉しかったです! 全然こなかったら、ロックバイソンでもゲストに呼ばなきゃと思ってるとこだった!』

 ゲホ、と思わずむせてしまう。突然自分の話題が出るのは心臓に悪い。
 まあ、呼ばれたら前向きに対応するけどな? 社長が喜ぶけどな? と、そわっと身体が揺れた。

『本当に、たくさんのお便りありがとうございます。引き続き、何か悲しいことや悔しいことがあって慰めてほしい、あるいは励ましてほしいというとき、これから何かにチャレンジするので応援してほしいとき。それにチャレンジした結果を褒めてほしいときなどにお便りをいただけたら嬉しいです。もちろん、僕たちへの質問も受け付けています』
『バニーちゃんすげぇ、長いのにちゃんと覚えてるんだな~』

 パチパチ、と小さな拍手の音。
 フッ、とバーナビーの気障な声が聞こえた。

『あー、みんなにも見えたかもだけど、バニーは今例の気障なポーズを取っています。人差し指と中指で、フッ、ってやるやつ』

 あー、確かに見えた。見えたな。

『そんで、お便りは下のフォームから受け付けてまっす! 投稿や質問は、次回以降の放送で紹介するぞ! あと二通もらうと、次とその次の放送までできるって! よろしく!』
『感想もお待ちしています。それとタイガーさん、気障なポーズってなんですか。決めポーズって言ってくださいよ』
『ええー、だって、気障じゃん。ハッ、まさか気障だって自覚がないのか』
『えっ、そんなに嫌味な感じですか』
『あー、いや、別に、かっこいいよ』
『やめてくださいタイガーさんのくせにおかしな気を回すのは……!』
『くせにってなんだよ! じゃあはっきり言うけど、おじさん的にはあれは気取ってて嫌味な感じかな!』
『きっぱり言われるとそれはそれで傷つきますね』
『でも大丈夫、今日のお前の子供のころから赤が好きエピソードでちょっと好感度上がったぞ!』
『なんですか、それ』

 バーナビーがくすくすと笑う。
 本当に、こいつも丸くなったよなあとしみじみしてしまう。おじさんくさいだろうか。

『なーんか、いかにも完璧ですって顔しておいてオムライス好きとか、そういうギャップがあるのに弱いんだよな。ってことで、そろそろ本当に終わりの時間だ! 赤が大好きバーナビーさんと!』
『ギャップ萌えの気があるタイガーさんでお送りしました』
『っだ!』

 軽快な音楽が鳴って、そのまま番組が終了する。
 完璧ですって顔してオムライス好きだったのは確かアマミヤだったなあとぼんやり考えているうちに、気づくと次の番組が始まっていた。

 久しぶりに虎徹を誘って飲みにでも行くか。
 アマミヤとの話を、笑ってできるくらいになったことを、少しだけからかってやろう。それから思い出話を聞いてやるのだ。「しんみりしなきゃいけない」かどうかはともかく、積もる話を聞いてやれるのは俺だけだろう。ラジオなんかでは話せないくらい、たくさんあるんだろうから。







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